表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Replica  作者: 根岸重玄
記憶喪失編
1/216

儀式

 2036年5月28日午後6時53分


「さて,準備はできたかな? 天乃(あまの)(しん)君」


 アロハシャツのような派手(はで)薄手(うすで)のシャツに(たん)パン,サンダルという非常にラフな格好の40代くらいの中年男性が『天乃(あまの)(しん)』と呼ばれた少年に呼びかける。

 『天乃(あまの)(しん)』と呼ばれた少年の格好は,この特区――浅木(あさき)区にある国立大学法人浅木(あさき)大学付属第三高等学校指定の学生服姿であった。

 そして,彼の足元には10歳くらいの人形のように整った見た目の幼い少女が,少年――天乃(あまの)(しん)の脚を背もたれにして,二人の会話には興味なさげにこの区間のフロアの床にぺたんと座っていた。

 その少女は赤い着物を羽織(はお)っており,その髪型はサイドテールで,その黒髪の根元は薄い黄色のリボンで結ばれている。


「なんか,いろいろ知った後だと何とも言えない感情になるな」


 天乃(あまの)(しん)は,質問には答えずにそう返す。


「はっはは,それはお互い様さ。

 でも,僕はこのスタンスで行かせてもらうよ。

 さんざんいろいろあったけどね。

 こればっかりは僕の落ち度だ。

 予想しておくべきことだった」


 中年男性はあくまでも軽薄(けいはく)に,飄々(ひょうひょう)と,感情を隠すように言い放つ。


「まぁ,そうだな。今更(いまさら)って感じもするから,手っ取り早くいこう。

 オレの準備なら問題ない。

 むしろそっちの手抜かりがないかが気がかりだ」

「もう根回しは済んでいるさ。

 後は君と()次第だ」

「彼ねぇ。

 そっちはちゃんと()()()()のか?」

「言ったでしょ。

 ()次第さ」


 (いぶか)しげに(たず)ねる天乃(あまの)(しん)に,あくまで飄々(ひょうひょう)と答える中年男性。



「もう確認はよいじゃろ。

 一番大変なのはわっちなんじゃ。

 さっさと始めんかい」



 天乃(あまの)(しん)に寄りかかっていた黒髪の少女は,その容姿(ようし)に似つかわしくない口調で二人に不満をぶつける。

 もっとも,その表情は無表情からほとんど変化しておらず感情の起伏(きふく)が読み取り(がた)い。


「だいたい,わっちらは今ここまで侵入してきておるのじゃ。

 いわば敵地じゃぞ。

 そこで呑気に会話なんぞしおって,まったく。

 その度胸はわっちも見習いものじゃな」

「はっはは,これは悪いねぇ。

 ついつい愉快(ゆかい)に話が弾んじゃってね」

「いや,そんな愉快(ゆかい)雰囲気(ふんいき)ではなかったろ。

 まぁ,悪かった。

 無駄口を叩いたのは主にオレの方だ」

「わかったならよい。

 まぁ,いくら主殿(あるじどの)でも無駄口を叩きたくなる気持ちはわからんではないのだがな。

 経験済みのわっちから言わせればあんなもんは大したもんではないぞ。

 では,とっとと()()()とやらを始めてくれ」


 ほぼ真顔の赤い着物姿の少女に(しか)られた2人は,大人しく会話しながらフロアの床に描いていた()()()の上に移動する。


「いやぁ,この歳になってこんな小さな()に叱られることになるとは思わなかったよ。

 はっはは」

「まぁ,普段はここまで不機嫌じゃねぇんだがな。

 今回はちょっと損な役回りで気が立ってんだろ。

 っつうか大したもんじゃねぇとか……改めて常識の違いを感じる」

「じぃぃぃぃぃぃぃ――」


 雑談(ざつだん)を再開した2人を再び不機嫌(ふきげん)そうな眼(それでも表情の変化は(とぼ)しい)で見つめる少女にさすがに苦笑しながら,そのフロアにあるひときわ大きな門を背に儀式は始まる。

 そう,運命を変える儀式が――


「えーっと。なんだっけ。たしか。

 『我は選ばれし十三人が内の一人。

 仲介を業と為す者。

 今宵条件は成就する。

 隠された四つ目の法則に従い,我が駒を天上へと導け

 ――成り上がり(プロモーション)

 ……だっけ」

「なんだその適当さ。

 棒読みだし,そんなのでいいのか?

 っていうか不安しかねぇんだけど」

「いいはずだよ。

 根回しは済んだって言ったでしょ。

 陣だって反応しているし,あとは条件成就だけさ。

 勝算はどうだい?」


 中年男性の言う通り,白のチョークで描かれた陣はどれだけ足先で(こす)ろうとももはや消えることはなかった。


「勝てない戦いは,勝たない。

 来い,()()()()()()

「ようやくわっちの出番か」


 その東洋人のような容姿には全く似つかわしくない西洋風の名前で呼ばれた少女が魔方陣(まほうじん)の中に入り,天乃(あまの)の傍までやってくる。

 そして,背伸びするようにつま先立ちになり,目をつむる。

 天乃(あまの)はそのまま少女の顔に手を近づけると,そのまま少女の髪を結わえていたリボンをほどく。

 少女はそのリボンを天乃(あまの)から受け取り,(そで)の中に仕舞い込む。

 すると,少女の黒髪が根元から金色に変化していき,顔だちも西洋風という形容がふさわしいものに変化していく。

 瞬きをするほどの時間のうちに,少女の容姿は,服装こそ和服であったが,エリザベートという名がむしろしっくりくるものと変貌する。

 見開かれた眼の色は金色であり,発光しているようにもみえる。


「あぁぁ,この感覚も久々じゃぁ。

 では,()()()()めと()こうかのぅ」


 無表情だった人形のような容姿のときでは考えられないほど残忍な笑みを浮かべた少女は,瞬く間にトンという擬音が似合うような軽い手つきで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「――っがは。

 な,に,してやがる,エリ,ザ,ベート……。

 こ,こで,死,ぬのは,()()()(),の,はずだ,ろ?」


 天乃(あまの)の表情が苦痛とともに驚愕(きょうがく)(いろど)られる。

 その疑問の答えは,同じく胸元を拳で突き破られている中年男性から返される。


「はっは,は。

 僕が頼んでおいたのさ。

 知らなかったかな?

 『()』の交代は旧神(きゅうしん)の,死によって生じる事象なのだよ」


 中年男性の方は多少苦しそうに呼吸しているものの,飄々(ひょうひょう)とした態度は(くず)れない。


「らしいぞ。

 この男が最期(さいご)まで黙ってろというのでな。

 (きょう)が乗った故,黙っておった」


 エリザベートは興が乗ったという割には不服そうに天乃(あまの)に告げる。


「そ,かい。お優しい,ことで。

 なぁ,割と,痛,いんで,早めに,頼むわ。

 あと,()()()(),お前には,絶対,仕返し,してやる」

「はっはは。期待しているよ。

 天乃(あまの)く――」


 そう中年男性――カササギが言い終らぬうちに,エリザベートは両手でそれぞれの心臓を勢いよく掴みだす。

 周囲に血の雨が降り,むせかえるような鉄臭い香りが周囲に(ただよ)う。

 エリザベートの全身も血の色に染まるが,床に落ちた血は白のチョークで描かれた魔方陣(まほうじん)を赤黒く染めるように規則的に移動するだけで周囲に広がったりはしない。

 エリザベートが血の(にお)いに恍惚(こうこつ)とした表情を浮かべ,手や口の周りについた血を舌で()め取っているうちに,二人分の死体は魔方陣(まほうじん)()()()()()()()()


「さて,と。

 どうやってここから脱出したものか」


 全身の皮膚(ひふ)から体と服に付着した血を吸い取りながら,エリザベートは(ひと)()ちる。

 もはやここには隠せないほどの血の臭いと血の色をした魔方陣(まほうじん)以外に,2人の男がいたという痕跡(こんせき)はなくなってしまっていた。


「うむ,やはり,事前の打ち合わせ通り,強行突破(とっぱ)しかないかの。

 上質な魔力(にく)をちょうど喰ったばかりじゃしのぉ」


 上機嫌(じょうきげん)に大きな笑みを浮かべた少女は,そのまま来た道をまっすぐに突破することにする。

 ちらりと魔方陣(まほうじん)を振り返ると,そこにはもう血の色をした魔方陣(まほうじん)は失くなっていた。


「これは上手くいったのかのぅ?

 わざわざ,()()()()()()()()()を選んだ甲斐はあったかの。

 とはいえ,死ぬときは案外あっけないもんじゃし,死んどるかもな。

 ――いや,ないな。

 パスが切れておらん。

 ということは,奴隷(どれい)生活続行ということか。

 やれやれ,世話のかかる主人じゃな」

活動報告にも書きましたが,作中の疑問,質問について募集しています。

これから読んでいくなかででこの部分がわからない,などありましたら,今後の展開に関わらない限り,答えていきたいと思います。

今後ともよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ