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媚薬の研究  作者: 枕木悠
2/9

第一幕

【1】


 ピアンネの中等部の校舎の一階、職員室、校長室ときて、一番東側には保健室がある。生徒数がマンモスと形容するよりもウルトラサウルスと比喩した方がふさわしいほどにピアンネは女子で溢れかえっているから、保健室にはベッドが二十台設置されていた。が、ピアンネの天衣無縫の女子たちが温いベッドに二十人も寝そべる光景は学園創立以来なく、当初は三人勤務していた保健医はいつの間にか一人になっていた。

 その仕事内容も主に水質検査と、ときたまやってくる女子たちとのカウンセリングとは名ばかりの雑談と、最近よく運ばれてくるゴールド&シルバーの介抱くらいになっている。

 だだっ広い保健室にたった一人の保健医は窓際に並ぶ白百合を突っつきながら嘆息する。

「……暇すぎて死にそう」

 暇すぎて、白衣の似合う保健医、(あい)(ぞめ)(みささぎ)、二十六歳はセーラー服がピッタリと似合いそうな童顔を苦痛で歪めていた。暇すぎて、先月結婚したばかりの彼のことを思い出していた。その結婚は互いの両親が画策したいわゆる政略結婚だった。陵の両親と彼の両親はそれぞれ財閥系の素材メーカーの重鎮で、というわけだ。彼は二歳年上で、ピアンネの初等部の社会の教師をしていた。ドラマで考古学者の役を当てられそうな渋めの顔を、陵は嫌いじゃなかったし、山岳用のリュックサックが似合う髭も中々素敵だった。彼は人当たりがよく、表面だけじゃなくて本当に優しくて、生徒たちからも人気があった。結婚相手として、これほどの人はいない、両親は陵にそう言ったし、陵もそう思った。だから三ヶ月の交際期間を便宜的に執り行ってから、事務的に結婚した。だからといって感慨が何もなかったというわけではなくて、陵は泣いたし、嬉しかったし、羽が生えたような気がした。

 しかし、彼には問題があった。

 彼は男が好きだったのだ。彼は土下座して陵に謝った。初夜のベッドの上で謝った。『ごめん、すまない、実は俺は男が好きなんだよ、お願いだ、ごめん、待ってくれ』

 ホモと、ゲイと、同性愛者には格別に理解のある陵もさすがに戸惑った。戸惑い過ぎて、先に下げた頭を上げたほどだった。ホモで、ゲイで、同性愛者の彼に『待ってくれ』といわれたらなんと言えばいいだろう。

 答えは未だ出てこない。「……暇すぎて死にそう」

 誰か、彼のことを忘れさせてくれるような厄介ごとを持ってきてはくれないかしら。

 陵がそう思ったときだった。

『せんせー、今日はゴールドです』

 志が保健室に運ばれてきたのだ。いつも通り、気を失い、オーバーヒートしている。

「毎度、ご苦労様」

 陵は志を担架に乗せて運んできた二人の女子にラーメンの食券を渡し、労った。二人は保健室の時計を見て、まだ食堂におばちゃんが待機している時間だということを確認してから、『せんせー、ありがとー』と言って、一目散に駆けていった。彼女たちは運び屋をして毎日の食事を豪奢なものにしているのだった。

「さて、」

 陵はベッドに横たわる志の服を脱がせた。下着まで汗だくなので、すっぽんぽんにする。陵は志の綺麗な体を濡れたタオルで拭き、新品の下着を穿かせ、もう既に志専用になったタオル地のパジャマを着させる。まるで着せ替え人形みたいで、気を失っている志には悪いが、陵は楽しんでいた。綺麗な女の子を愛でるほどの幸福な時間はそうそうないだろう。

 陵は志の綺麗に染められた金色の髪を指で梳きながら、透き通る頬を突っつきながら、スヤスヤという息遣いを聞きながら、志をじっくりと眺めた。

 そうしていると、結婚した彼のことも忘れられた。

 やがて、そろそろ日が沈み始めた頃合に、「んあっ」というとぼけた声を上げ、志は目を覚まし、上半身を持上げた。陵は志のよだれを拭い、

「気分はどう?」と聞いた。

「……さいてーです」志は額を押さえながらそう言って、枕に顔を埋めた。エルに負けたことが鮮明に思い出され、堪らないようだった。「うー、うー、うー」

陵は彼女たちが交代に運ばれてくる理由を知っている。しかし、どうしてそう不毛な争いを行っているのか、陵にはすんなりと理解しがたいことだった。しかし、十四歳ってそういう年頃だよね、振り返ってみれば恥ずかしいことばかりに夢中になっていたような気がする、と理解がないわけではない。

 だからだろうか、志の視線が近頃陵に甘えてくるように小動物っぽく見える。気のせいだろうか? 志が陵の愛撫を求めてくるように見えるのは?

 陵は、ものは試しにと、ぎゅっと志を抱きしめた。

「な、なんですか、急に……」といいながらも志は抵抗しなかった。陵の腕の中で目を閉じる。十秒経って、志はふっ切れたように陵にうずまってきた。

「静まった?」

 志はぴくぴくと頷いた。

「よし、じゃあ、」陵は携帯電話を白衣のポケットから取り出した。「保護者に迎えに来てもらいましょうか」

「なっ!?」志は途端に慌て始めた。「駄目、駄目、駄目、駄目!」

 まだ愛撫され足りないの?「ごめんね、志ちゃん、もう私たち公務員は帰宅する時間なのよ」

 針が定時を指した腕時計を見せる。

「いや、一人で帰れますから、保護者は呼ばなくていいですから!」

 志はふらふらとベッドから降りると、案の定、陵の支えが必要だった。コレはお迎えが絶対的に必要である。志を寮まで運んでくれる人材が必要だ。陵は寮に立ち入ることは出来ないから、出来れば志のお姉さんなんかが丁度良く、志にはあまり似ていない高等部のお姉さんがいることを陵は知っていたから、そのお姉さんに電話を掛けようとしていたのである。というか、既にダイヤルしていた。

「もしもし、(たま)ちゃん」

『すぐにお伺いしますわ』

 さすが十九回目だけあって、皆まで言わずに伝わったらしかった。

「あうはぁう、あうはぁう、あうはぁう」

 なぜか志はお姉さまが迎えに来てくれるというのに呻き声を上げている。「あうはぁう~」

「そんなにあうはぁうしてどうしたの?」

気が触れてしまったのだろうかと心配になる陵だった。しかし、返ってきた答えは至極単純なものだった。

「昨日喧嘩して、まだ決着が、心の準備的な儀式がぁ」

 なるほど、確かにそれは深刻な問題だ。陵にも二人の双子の妹と一人の弟がいる。兄弟喧嘩の深刻さはそれなりに熟知していた。兄弟喧嘩は時間が経てば経つほどに、処理が難しくなることも経験で知っていた。

「コレを機会に謝りなさい、」先生らしくピシャリと言って、人差し指を立てる。「仲直りすることに理由なんていりません。先延ばしにして苦しむのはあなたであり、あなたのお姉さまであり、迷惑を被るのは第七(だいなな)軽音楽部(バンド)のメンバーでしょう」

 天姉妹は同じバンドで活躍していた。ゆえに、志は中等部二年の秋をエアロバイクでぶっ倒れることに費やすよりは、ギターを奏でる方がはるかに生産的で健全であるのだ。しかし彼女は才能溢れるシンガーソングライター。プレッシャーに弱く、情緒がすこぶる安定しないのはご愛嬌というべきか。年がら年中姉と対立しては、様々な部活や遊びに逃避して、舞い戻っては対立して、そんな感じにぐるぐるとしていた。それは必要悪なのかどうか、毎度のサイクルを経ることにより、志からとてつもなくいい楽曲が生産されるのも確かだった。

この点、姉のもどかしさも募るというものである。

「……その通り、すごく正論なんですけど、」

 陵には素直な志は素直に反省の意志を見せる。志も自分の感情の起伏が他人よりもちょいとオーバードライブなのを分かっているのである。

が、しかし、

「でも、」志はすがりつくように腰に纏わりついて、陵の尻をなぜか鷲掴み、必死の記号を瞳に浮かべて、母性本能をくすぐるいたいけな顔をする。「あの鬼にココにいることが知れたらヤバイんですよ、昨日もエアロバイクを漕ぐ漕がないで喧嘩したんですけど、それがどうにかこうにか二転三転して、なぜか『あなた、もし、次にエアロバイクしたら、あなた、テルミンですわよ、テルミンしながら歌ってもらいますわよ』って激昂してからに、」

「そのテルミンを小ばかにしたような玉ちゃんの発言と志ちゃんの嫌がりようの方が気になるわね。テルミンはいいものよ。まあ、あのかゆくなる音のよさは二十二になるまでは分からないかしらね」

「バカにはしてませんよ、あの創造的な音色が欲しくなるときもあります、あるんです、でも、観客の前でテルミンは死んでも嫌ぁ。まるで無駄毛処理を公に披露するみたいで」

「考えすぎよ。それに、まだこの国にはプロのテルミン奏者はいないという話を小耳に挟んだのだけれど」

「……立候補しろってことですか?」

「志ちゃんの年なら可能性はいくらでもあるってそういう大人みたいなことがちょっと言いたくなっただけよ」

「…………エアロバイクも私にとっては可能性の一つなんです」

「ふむふむ」

「ソレを言っても、玉姉は理解してくれないんです」

「ふむふむ」

「バンドもエアロバイクもベースボールもサバゲーも油絵も空手も溶接も美容師も、全部私の可能性なんです。なのにあの鬼ときたら、」

「誰が鬼ですって」カーテンからうにゅっと志になんとなく似た、しかし似てない、姉の玉の顔が覗いた。

「ひぃ!」

「やあ、玉ちゃん」

「先生、お世話掛けましたわ、さあ、志、さっさと帰りますわよ」

 玉は志の襟首を掴んで、連行していった。志がテルミンを演奏する羽目になったのかどうかは、陵にはあまり気になることではなかった。


【2】


 最近、比呂巳の様子がどうもおかしい。

 とある日の放課後、ホームルームが終了し、カバンに教科書やお弁当箱や少し汗を吸ったピンク色の体操着とブルマを詰め込んでいるとき、弥恵ははたと比呂巳の様子がおかしいことに確信を持たざるを得なかった。

 今に始まったことではない。

 比呂巳が担任の藤原(ふじわら)と仲良く話していることは今に始まったことではない。が、黒板脇で何やらしゃべっている比呂巳と藤原を遠目で見ていると、まるで、まるで、その関係は互いに秘密を共有しあった仲に見えるというか、生徒と教師の垣根を越えてしまったような関係と言いますか、私と会話をしているときよりも溌剌としていて楽しそうと言いますか、女子って恋をするとキラキラしちゃうのなら、まさに比呂巳は先生に恋をしてキラキラしているように思えて…………、

「はうあぁう、はうあぁう、はうあぁう……」

 弥恵はプシュケーと頭に血を上らせ、悶えていた。ひしっと頭を抱え、悶えていた。その奇行の周囲には、訝しげに見守る四人のクラスメイトのお嬢様たち。彼女たちは弥恵の『はうあぁう』を聞くのに慣れっこであったので、『どうなさって?』なんて問わず、『弥恵さんたら、また始まってしまいましたわね』と少々食傷気味にジト目を浴びせ、クスクスと微笑むだけである。

「はう!」

 弥恵は突然奇声を放った。それに『なにごと!』とビクつくクラスメイトたち。

『一体弥恵さんの心の中ではどんなエマージェンシーが発動していますのっ!』

 いくらお嬢様といえども、『はう!』の原因を聞かずにはいられなかった。

「そういえば、」弥恵の声音は神妙だった。だったけれど、次第に声のトーンが家賃の振込みを忘れていたくらいのあっけなさになっていく。「今日、鼓笛隊の練習だった」

『え? ……それだけ?』

 お嬢様たちは不満げである。弥恵はもっととてつもないことを考えているように『はうあぁう』していたから。例えば、実は私レズなの、そういう重大なカミングアウト的なことを四人のクラスメイトは思ったわけである。ちなみに弥恵本人からレズのカミングアウトはまだない。『本当にソレだけ?』

「え? うん、」お嬢様たちの不満そうな表情に戸惑いながら弥恵は返答し、

「って、ソレだけってどういうことよ、私が鼓笛隊のコルネット奏者であることに何か納得できない点でも?」

と最近膨らみ始めた胸元に手の平を当てて、仏頂面を見せ、異議申し立てる。

 弥恵はピアンネの初等部四年から六年の生徒で構成される聖歌隊と並ぶ由緒正しき鼓笛隊に所属していて、コルネットを担当していた。コルネットとはトランペットを小ぶりにしたような楽器であり、いわば鼓笛隊の花形である。弥恵は鼓笛隊の中で最も人気の高いポジションをオーディションで勝ち取ったのであり、それを妬む生徒もいるとかいないとか。そんなわけでの、

「私が相応しくないとでもっ!」という立ち振る舞いのわけである。

 若干十歳にして、弥恵には譲れないものが人一倍多かった。

『いや、そういうんじゃなくて、』クラスメイトたちは両手を振ってあわあわと、弥恵のご機嫌をお伺いする。『弥恵さんの腕前に一抹の疑問も不満もありません、けれど、ただ、弥恵さんの最近膨らみ始めた胸に秘めた壮絶な思いは、鼓笛隊の練習のことではなくて、もっと別の、重大なことではなかったのですか、ということをお聞きしたいと思ってのぶしつけな質問で御座いまして、』

 そう言われ、弥恵はあからさまにギクッとした。その態度にクラスメイトは色めきたった。『やっぱり弥恵さん、おっぱいの中に一物お抱えだったんですわ』とはやしたてる。しかし、弥恵の心で点灯していた『ギクッ』は、別のところにあった。

 もしかして、私が憧れのお姉さま目当てで鼓笛隊に入ったことがバレちゃったの?

 それは今後の進退にかかわる重要機密である。例え、悟られているとしても、自分の口からいうなんてバカな真似は決して犯してはいけない。今まで築き上げてきた、崇高なイメージが東京湾に沈んでしまう。

それに、それに、ソノ恋はもうおわったんだから……。

 弥恵はソノ失恋を思い出して苦しくなった。そして、また藤原としゃべり続ける比呂巳を視界の隅に見てしまって、また「あうはぁう、あうはぁう、あうはぁう」となってきた。

 しかし、いつまでものうのうと発作を繰返し、へタれているばかりではいられない。

 ココは、比呂巳に対して横柄な態度を取るべきだ。例えば、さよならを言わずに教室から出て行ってやるとか。

 ぷいっ。

 弥恵は発作を引き起こす困りものの感情を勢いよく振り払い、『ぷいっ』と比呂巳には及ばないまでも可愛いクラスメイトのお嬢様たちに、自分の魅力と思想の奥深さを連想させ、「ではでは、皆さん、ご機嫌麗しゅう」とカバンを手にとり鼓笛隊の練習が行われる第三音楽室へと歩き始めた。

すたすたすた。

クラスメイトたちは弥恵の安っぽい神秘的な振る舞いに『はぁー、弥恵しゃまぁ』と掠れた声を上げている。

 高貴なロリ顔、初等部の四年生にしては大人びたものの考え方、自らの喉元に鋭いナイフを常に宛がっているような厳格で流麗な振る舞い、その他諸々の属性はクラスメイトのお嬢様に所有欲を抱かせるほどの魅力がある、と弥恵は自分自身をそう自覚していた。自覚させるほどの雰囲気が弥恵を取り巻いていることも確かだった。

 その立場に不満などない。皆、お姫様のように私を見てくれている、その立場に不満などあるはずがない。可愛い女の子に見境のない弥恵は、来るもの拒まず、抱いて、キスして、舐めたりしてあげることも一度や二度のことではない。

 しかし、どうして、と弥恵は下唇を甘噛んだ。どうして、比呂巳に私の魅力は届かないだろう、と自意識過剰に弥恵は肩で空気を裂いて、教室を後にした。その後ろ姿は気品漂いキラキラと輝いていて、長らく血を吸っていない妖刀のようだった。


【3】


 藤原(ふじわら)正史(まさふみ)、初等部で社会を教える二十八歳の最近の悩みは最近夫婦の誓いをかわした彼女のことに尽きる。彼女は二歳年下の二十六歳で中等部の校舎の保健室に勤めている。政略結婚だった。が、彼女は気さくで、保健医という身分にそぐわず優しさに満ち溢れていたし、断る理由もなかった。女子高に勤務してから、ホモで、ゲイで、同性愛者になりつつあった藤原は、これを機に普通に女性を愛しようと決め、結婚を承諾した。だからといって、藤原は無機質に、抑揚乏しく結婚という儀礼を事務的に済ませたのではなく、世のカップルが経験するであろう、感動を得ていたことは事実で、背中に羽が生えたように思えたものだった。

 しかし、彼女には問題があった。

 彼女は女が好きだったのだ。彼女は土下座して藤原に謝った。初夜のベッドの上で謝った。

『ごめんなさい、実は私は女の子が好きなの、お願い、まだ、心の準備が出来てないの』

 レズと、百合と、同性愛者には格別の理解のある藤原もさすがに戸惑った。女の《子》というところもちょいと気に掛かった。俺の嫁はロリコンなのか、いやいや、そんなことよりもまずはレズビアンということに驚いて、どうして男の俺と結婚したのかと問いたくなって、とりあえず自分がホモで、ゲイで、同性愛者であることを咄嗟にカミングアウトしてしまった。当然、その告白に彼女も度肝を抜かれたらしく、藤原と嫁の間には重厚な壁がそびえ立った。

 ホモとレズの夫婦に未来はあるのだろうか?

 その悩みの相談に乗ってくれたのは、今年からピアンネに勤め始めた根っからのホモで、藤原とプラトニックな関係を持っていた理科教師の森川(もりかわ)利洋(としひろ)ではなく、藤原が担任を勤める四年E組の生徒、広瀬比呂巳だった。

比呂巳は成績もトップクラス、スポーツ万能、ピアンネの天衣無縫な生徒の中でも一際天真爛漫で、いわば、最強の女子だった。

その最強の女子が、どうして藤原の相談事に乗ってくれるかといえば、男同士が乳繰り合うことを想像して素晴らしい快楽を得る、という行為に多少なりとも興味があるからだった。

きっかけは階段の踊り場で森川とのプラトニックな関係を目撃されてしまったことに端を発している。

その光景は比呂巳にとっての洗礼であったらしい。

その日から、比呂巳は初等部四年の授業では求め難い刺激を求め始め、藤原に様々なことを聞いてきた。藤原も溢れ出る好奇心を咎めるのは良くないと思い、包むところはオブラートに包み上げ、様々な大人の世界を比呂巳に伝えた。いつしか二人は年と性別を越え、長い間戦火をともに掻い潜ってきた友のように互いを思い始めていた。

そして今日という日の放課後、戦友は藤原に大事な手帳を渡してくれた。

「せんせー、一度、試してみなって」

 敬語も使わず、ニヤニヤと邪気のない笑みをこぼしながら比呂巳は言うのだった。その手帳には二〇三高地を前になす術のない藤原を救う、起死回生の手段が書かれているのだという。




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