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4勝手目 八十禍津日神からのお返し(3)

「そんなに我の呪いが信じられないか?」

「だからそう言ってんだろ! 証明もできな――ヴッ!」


 八十禍津日神が沖田に問いかけてすぐ、乾いた発砲音がした。


 思わず顔を上げる。


 八十禍津日神は沖田へ銃のように手を作り、指先を差し向けていた。沖田は倒れ、頭から血を流し、畳に鮮血が染み渡る。


「起きろ。貴様は呪われているんだぞ? 不死のな」

「沖田!? おい、沖田!」


 足首を掴む晴太の手を振り解きたかったが、彼の力は強い。沖田をフィアンセだと言っておきながら、助ける素振りすら見せないのか?


 転ぶ覚悟で勢いよく飛び出し、持っていたハンカチで倒れた沖田の頭を押さえる。


「無駄だ」


 重圧のある声が、鼻で笑う。まるで本当に発砲したかのような焦げた匂いに、焦りが募る。


 沖田は眉頭をぴくりと動かした。信じられないが、脳天をぶち抜かれ、出血も激しいにも関わらず、寝起きのような顔で起き上がる。


「何? 撃たれた? でも……死んで、ない? 気のせいか?」


 戸惑う沖田が俺を見る。


 首の脈を触って確かめるが、確かに生きている。死んでいない。本人はきょとんとしている。

 致命傷を受けても死なない沖田。


 安心はしたが、これでいいのか?


「めっちゃ血が出てる……痛いし……」

「見た目は手でも、銃だからな」

「邪神がアタシにかけた呪いって……」

「今回だけ、特別に酷い痛みは消してやったぞ」


 八十禍津日神は、また笑う。


 目の下に黒いクマ、気だるげな目、青白い肌に薄い唇――不気味な顔だ。沖田が「金持ってなさそう」という理由で嫌う男性の特徴、そのままだ。


 彼は突然、漫画のように「ブフッ」と吹き出し、沖田の驚いた顔を見て高笑いした。外の雷も激しくなる。

 ひとしきり笑い終えると、手に持っていた銃は一瞬で消えた。そしてその手を傷口に翳すと、小さな銃弾がぬるりと血を纏って出てくる。


「生きている人間は死を恐れる。死から遠ざけることが救いだと信じる馬鹿がいる。その馬鹿は神をも敵に回し、自らが真の神だと血を通じ、いつの時代も正義を貫く――神へ喧嘩を売る馬鹿達の尻拭いをするのが貴様だ、洋!」


 馬鹿というのは沖田の先祖のこと、つまり沖田家のことだろう。

 いや、待て。さっき別の苗字が出ていなかったか?


「我が貴様にかけた呪いは二つ。ひとつは不死。お前は決して死なない」

「感情の欠落……地震もそのせい?」

「どうだか」


 お前なんかに教えてやらない、と言いたげな顔。憎たらしくて仕方がない。


「そして二つ目、苗字の復活だ。貴様の先祖らは我からもらったアリガタァイ名を消そうと必死だったが、今から“幸災楽禍”と名乗れ。四十九番目の証だ」


 嫌味たっぷりで、嫁をなじる姑のようだ。


 沖田は神相手に平手打ちを喰らわせようと、腕を振りかぶった。俺と沖田以外は、神を見ないよう下を向いたまま黙っている。


 止めようとするが、八十禍津日神の方が早い。


「とんだじゃじゃ馬が」

「アタシは沖田洋! 新撰組と同じ沖田で、コイツ――土方と一緒にいる沖田なの! そんなダッサい苗字なんか、誰が名乗るか!」

「勘違いするな。貴様の事情などどうでもいい。貴様はあくまで尻拭いをさせるためだけの存在。永久に死ねない苦しみを味わえばいい。そして先祖の望み通り、救い続ければいいじゃないか」


 その苗字は「他人の不幸は蜜の味」という意味を持つ。


 沖田がこの熟語を知っていたかは分からないが、漢字の並びだけでも良い名前ではないと分かるだろう。


 しかし、他人の不幸を味わっているのは神の方だ。本をつまみ、沖田にひらひらと見せつけて、呪ってやったと馬鹿にする。

 俺はそれが堪らなくなって、本を払い投げてやった。


「なるほどな。土方と沖田。いつの世も救うだ変えるだって、躍起になる馬鹿がいるものだ」

「沖田の呪いを解いてくれ。何をどう詫びればいい」

「詫びる? ご先祖代々、詫びの一言もなかったのに、無縁の人間から詫びられても何とも思わん。無論、このじゃじゃ馬から今さら詫びられても、赦す気など毛頭ないわ」


 もし片目のひとつでもやれば赦すと言われれば、黙って差し出すつもりでいる。


 人間にとっては大層なことでも、神にとっては謝罪の一部にもならないのかもしれないが、それほどの覚悟はある。


 それからというもの、前髪を掴まれた。


 荒々しく頭を揺さぶられ、神と目線が合う。目の奥の鋭く冷徹な視線は、本来なら恐るべきものだ。

 しかし俺は興奮しているらしく、その目を真っ直ぐ見ることができた。沖田が沖田でなくなる方が、神に罰せられるよりも嫌だった。


「神の顔を見ると、本来ならばとっくに殺されている。貴様の勇敢さに免じて今回は赦す。二度はないと思え」

「そのご尊顔、見たくて見たんじゃないがな」


 挑発的に言うと、邪神は「コイツもか」と言いたげな顔をしながら、前髪を引っ張った。


「禁忌は“間違った”で済まされないことを知らな――」

「邪神! アタシは絶対に呪われないからな! 不死はいいけど、ダサい名前は嫌!」


 話の途中で沖田が割って入ると、神は喧しいと頭を掻いた。不死だって呪いなのだから、よくないだろう。


 沖田は自分の異変を身をもって体験しても、非現実的な状況を理解しきれず、ハイになっているのかもしれない。


 死なないことや感情の欠落よりも、苗字にこだわるあたりが沖田らしい。


「もう呪ってんだよ、クソガキ」


 そう吐き捨てると、神はこれ以上相手にするのが面倒だと言いたげに、霞のように消えていった。


 場は再び鎮まったが、重苦しい空気は消えていた。


 ――俺は神を見た。


 見た目は俺たちと変わらない人間そのものだったが、神が消えると、雨と雷は役目を終えたかのように止んだ。


 沖田の感情は戸惑いや恐れではなく、いつもの沖田に近い状態に落ち着いている。それからは小さな揺れも起きない。


 本殿は半壊し、落雷で御神体付近は壊滅的に黒焦げだ。場にいる人々は言葉数が少なく、疲れ切った様子でいる。

 義理子も「力が入らないから、明日話しましょう」と顔色を悪くしながら本殿を去っていった。


「やっと終わった……」


 疲れ切った沖田に肩を貸し、自宅へ帰ろうと参道へ向かおうとした、その時だ。


「洋ちゃん! 守!」


 晴太が、何か言いたげな顔で俺たちを呼び止める。


「洋ちゃん! 僕も新撰組なんだけど、覚えてないのかい!?」


 疲れた体を休ませてはくれない。

 神云々の話より、晴太にはどうしても問い詰めたいことがあるようだ。



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