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7勝手目 幸災楽禍洋は呪いを受けている(2)

「こんにちは、幸災楽禍こうさいらくか洋さん。大崎八幡宮、壊したのはあなたですよね?」

「はあ? なんのこと? それにアタシ、沖田なんですけど」


 呼ばれる忌み名は知らぬ間に浸透している。不貞腐れた声を出しながら立ち上がり、尻の砂を手で払った。


 そして俺の隣にいた晴太は咳払いをしながら屈伸し始め、違うんだよ、違うと誰に言っているのかわからない弁明をしている。


「幸災楽禍さんでも沖田さんでも良いです。とりあえず、洋さんですよね」


 男は沖田のフードを掴み、紙ペラ1枚を顔の前に差し出した。


「洋さんが神と対峙したおかげで、八幡宮の本殿が見るも無惨な姿となりました。あと、あなたが雷を落として破壊した鳥居、それから参道の灯籠複数個……請求はこちらです」

「……はァ!? 何この金額! 壊してないんだけど! あの邪神がやったことだろ!」

「でも洋さん。その邪神に呪われてるみたいなので、関係者ということで請求しますね」

「理不尽過ぎる!」


 沖田は請求書を見ながら涙目で慌てふためいた。


 おかげでグラグラと大きく揺れ始めたので、隣に行き請求書を見ると、これは揺れても仕方ない額だった。


 俺は慌てて今までの話を説明し、沖田がやったことかもしれないが、沖田が悪いのではないと訴える。コイツは理不尽の呼び込みでもしてんのか。


 男は相槌を打ちながら腕を組みつつ、時々顎を摩りながら考えている様子だ。

 そして、誰が見ても閃いたとわかる顔をした。


「話はわかりました。ではこうしましょう。洋さんには大崎八幡宮の修繕費を神霊庁が出す代わりに、救った魂の報告をしていただきます」

「働けってこと?」


 働きたくない病の沖田は顎を引いて男を睨む。


「簡単に言えばそうですね。神霊庁からすれば、呪われている洋さんが監視下にないって一大事なんですよ。神に一番近い人が働いていない一般人なんて、プライドも許さないでしょうし。でも洋さんは縛られたくない。そして先祖から死者を救わなければ苦しめられる呪いもある……ならそれを仕事にすればいいんじゃないですか?」

「救い方もわからないのにですか?」

「ぶっちゃけますと、私はあんまり期待していませんから。ただ監視するための提案に過ぎません。ただ、断るのなら……ま、断れませんよね」


 男は沖田の質問に頷いて、ツラツラと神霊庁側の事情を話してくれた。

 期待されていないとは言うものの、生憎沖田は素直にハイと言える人格を持っていない。


「ニートが急に働けるわけないだろ! バイトも1日続かない、そもそも面接だって通らないんだぞ! アタシが働けるもんか!」


 何を威張ってんだバカ。


 沖田に社会的常識がないのは事実であり、例え永遠に生きて返したとて、地球が無くなる日にも返しきれないような額だ。


「洋ちゃんって学生じゃなかったんだ……僕が養ってあげようか? 趣味とか無いから、結構余裕あるんだ。沖田じゃなくて、近藤でもいいんじゃないかなぁって――」

「では近藤さんが払うこととなるのはこの額です」


 沖田にはいい顔をしたい晴太は鼻の下を人差し指で擦り、照れくさそうにしているが、男は予備の請求書を懐から出して見せた。


「いち、じゅう、ひゃく、せん、まん、じゅうまん、ひゃくまん、いっせ……ねぇ! 無理だよ!」


 そう、真面目に働いている晴太さえ無理な額だ。紙を丸めて地面に叩きつけるが、男は同じ紙を手品のようにパッと出す。


「億単位のお金、払えないんですよね?」

「払えないってか、アタシは関係ないから払わないだけ」


 払えないだろ。


「まぁまぁ、お互いにとって最善じゃないですか? 神霊庁は行動を制限せずとも動向を把握できるわけですし、貴女は先祖の呪いも遂行させながら、給与から天引きという形でお金を払う。それ以外の給料や必要な経費は私から払いますよ。どうです?」

「縛られないで、お金もらえるなら、まぁ……意外に悪くないよな? 土方」

「話だけ聞いていればな」


 沖田はそれもそうかと、納得したようだ。


「はい、決まりです。あぁ、申し遅れました。私、伊東秀喜いとうしゅうきです」


 丁寧に名刺を差し出されると、沖田は勢いよく片手で取った。教養のなさがバレる。

 そして名刺を見つめ、頭を傾けて疑問符を浮かべる。名刺には聞き慣れたのか、ありきたりなのか、会社の名前が記載してあった。


「伊東グループって、なんか聞いたことあるような……」

「伊東さんは超大企業の社長の息子さんなんだよ。ほら、全国チェーンのスーパーとか、コンビニとかやってる会社! そこの社長さんと会長さんが神霊庁に献金してくださってて、お金の流れや使用用途の決算をするのが伊東さんらしいよ。外部の人だけど、神霊庁の金庫番って呼ばれてるんだ」


 晴太は「この人もレアキャラだよ」と言うと、伊東はニコッと微笑んだ。


「皆さんとほとんど年齢は変わらないですから、気軽に秀喜って呼んでくださいね」


 いくら年齢が近いといえど、多額の金を請求され、さらに御曹司と来れば住む世界が違い過ぎる。

 おかげで本来なら返すべき笑顔がうまく作れない。


 沖田は嫌でも神霊庁に縛り付けられ、死者を救う義務を課せられる事になってしまった。義理子やその他の職員が伊東に感謝している姿を見れば、沖田の自己中は敗北したとも言える。


 沖田はぶるぶると肩を震わせ、叫ぶ。


「アタシはアタシの好きなようにしたいのに! 邪神の悪魔――ッ!」


 青天の霹靂。


 まさしく文字通り、晴天なのに雷が沖田に落ちた。悪口を言われた八十禍津日神が、沖田に解らせるために落としたものだろう。

 体に雷が落ちても、ちょっと焦げただけで不機嫌そうな顔をしている沖田だが、雰囲気が変わった。


「なんか……洋ちゃん、目の色……」


 晴太がそう言うので、近づいて瞳を見る。


「黄色?」


 沖田は今まで茶色い瞳をしていたが、黄色が強いヘーゼル色の瞳に変わっていた。

 これも神の悪戯なのか?


 海外のスピリチュアル本か何かで読んだことがある。

 瞳の色が変わるのは、チャンスや平和、そして混乱と不安を巻き起こす暗示だと。


 まさに今の沖田のことだ。


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