それぞれの生活?
まどかのスマホが鳴る。
薄く光る画面を、寝ぼけ眼で見つめる。
まどか「……もしもし。」
すみれ「おはようございまーす!恒例、すみれのモーニングコールでーす!
朝からまどか姐さんのセクシーボイスが聞けて幸せでーす」
まどか「……。」
すみれ「ちなみに今日のリップは『クリオ』がオススメでーす。
シャンプーは私が“椿”の詰め替え買っときました!会社に取りに来てくださーい!
あ、それとチークは『コーセーの……』」
──電話が切れた。
毎朝6:30の恒例行事。遅刻防止という名の、美容情報爆撃。
優秀な秘書……なのか、それともただの変態か。
まどか「はぁ……」
化粧台に立ち、鏡の中の自分と目が合う。
並んだコスメのほとんどが、すみれの“支給品”だ。
まどか「……リップ、クリオね。」
気になってる自分が、ちょっと悔しい。
そのとき──
「朝ごはんできたよー!」
陽太郎の声が階下から聞こえる。
まどか「化粧終わったら行くわ~」
背後からは赤ちゃんの泣き声。
「おぎゃあ、おぎゃあ……」
まどか「はいはい、ミルクの時間ね。」
そっと胸元に赤子を抱き、授乳を始めたその瞬間──
ガチャ。
陽太郎(金髪)がドアを開けて突入。
陽太郎「おいっ、朝ごはん……って……」
止まる。時が。
陽太郎「………………」
釘付け。
まどかは、枕を手に取り、全力で投げつけた。
まどか「ちょっと!子どもがびっくりするでしょ!出てって!」
階段をバタバタと降りる音。
キッチンでは、目玉焼き、レタス、トースト、そしてミルクの湯煎が完了していた。
まどかは赤ちゃん──さくらちゃんを抱いて階下へ。
バウンサーに寝かせ、陽太郎がミルクを手渡す。
陽太郎「さくら、飲もうな~」
まどか「冷めたらちゃんと飲みましょうね、さくらちゃん」
二人は並んで朝食を囲んだ。
この朝が、どれだけ奇跡か。思わず笑い合う。
まどか「……ここまで来るのに、いろいろあったわね。」
陽太郎「……ああ、ホントにな。」
──時は、過去にさかのぼる。
まどかと陽太郎。翔太と優子。
ふた組の男女は、いつしか指輪を外し、名前で呼び合う関係になっていた。
優子「あれ?結婚指輪は?」
陽太郎「ああ……どこだっけな。たぶん、タンスの中。」
優子「そっちもしてないじゃん」
陽太郎「言われてみれば……そうだな。」
笑いながら交わしたやりとり。
永遠を誓ったはずのリングも、ダイヤモンドという素材に過ぎなかった。
会社、Power Wind社長・まどかの元。
すみれ「まどか姐さーん!お待ちしてましたーっ!」
いきなり抱きつこうとするのを、秒でかわす。
まどか「ちょっと……やめて。」
すみれは顔を近づけて、クンクン。
すみれ「あれ?今日、チーク変えました?……香りが違う……」
──まどか、微かにビクッ。
陽太郎の好みに合わせて変えたコスメ。さすが、すみれは鋭い。
まどか「ええ、気分転換にね。」
すみれ「ふーん……」
そう言いながら髪の毛をチェックし始める。
さらに追撃。
すみれ「シャンプーも変えまし……」
──バンッ!
まどか「すみれちゃん!!今日の予定を言いなさい!!」
すみれ「は、はいっ!!」
すみれが予定を読み上げている間も、視線はまどかの左手へ。
(あれ……指輪……?いつもと違う……?)
普段の赤いダイヤじゃない。今日は、白い石。
すみれはまどかを見た。
まどかは睨み返す。
まどか「タクシー、呼びなさい。」
すみれは退出。
まどかはゆっくりと立ち上がり、社長室の窓際に立つ。
指に目を落とす。
左手薬指のそこに、光る指輪。
──それは、かつて陽太郎がつけていた婚約指輪だった。
まどか「……陽太郎さん……」
朝の陽光の中、彼女はそっと目を閉じた。