すべてはここから始まった...............
風呂上がりの陽太郎のスマホに、一件のLINE通知が届いていた。
タオルで髪を拭きながら、画面をタップする。
真由美「今年も、いとこ同士で集まりましょう。今年は白木屋でやります。」
「ああ……そんな季節か。」
年始恒例の「いとこ会」。
いとこ同士で酒を酌み交わし、年に一度語り合う会だ。
親戚グループLINEにも連絡が流れていた。
妻・優子のスマホにも同じ通知が来ていた。
「いとこ会だって。今年どうする?」
ソファでドラマを見ながら、優子が声をかけてくる。
「今年も出席するよ。親戚に会う機会って少ないし、年一だしな。」
そう言いながら、陽太郎は冷蔵庫から缶ビールを取り出し、プルタブを開けた。
「優子も行く?」
優子は社交的なタイプではない。
親戚づきあいは気疲れするし、いとこ同士が結婚して子どももいるので、会場はいつも騒がしい。
お年玉、子どもの相手、親戚同士の空気の読み合い……正月くらい静かに過ごしたいのが本音だった。
ちょうどテレビでは、連城悟主演のドラマ『君がいない町』が流れていた。
ドラマの登場人物が言った。
「……それが、早苗の本当の気持ちなの?」
「わからない……でも、俊くんから離れたくない……」
優子はドラマを見ながら、そっと自分の気持ちにも向き合っていた。
(私……ほんとは行きたくないのに……)
それでも陽太郎は言う。
「うちの母方の家系は、この地域の地主だったから、親戚づきあいは大事にしていきたいんだ。」
優子はその言葉を飲み込み、いつものように答えた。
「……うん。私も行く。」
陽太郎はすぐにLINEに返信を打つ。
「夫婦で出席します」
翌朝。
陽太郎は仕事のため、いつもより早く起きてトーストを焼いていた。
今日は大切なプレゼンがある日。
スーツに着替え、出勤の支度をしていると、優子がパジャマ姿でリビングに現れる。
「はぁ~あ。今日は朝早いのね。」
「ああ。会社のプレゼン資料の打ち合わせでな。」
優子がトースターにパンを入れながらうなずく。
「行ってくるわ。」
陽太郎は、都内の大手企業でシステムエンジニアとして働いている。
この日は、新規取引先への技術提案という大役が任されていた。
「今日の取引先はPower Wind。海外資本のIT企業だ。プレゼン、頼んだぞ。」
「はい。任せてください。」
資料を手に、会議室に入る陽太郎。
パソコンを設置しながら、名刺交換の準備をする。
「株式会社テクニカル・ソデックの佐藤陽太郎です。」
お辞儀をしながら名刺を差し出した瞬間――
ふわりと、甘い香りが鼻をかすめた。
視線の先には、洗練されたスーツ姿の女性。
「株式会社Power Windの社長、山本まどかです。よろしくお願いします。」
彼女の瞳は、猫のようにしなやかで、どこか吸い込まれるような魅力があった。
スタイルの良さがスーツ越しにも伝わり、陽太郎の思考が一瞬、停止する。
「さっきから……ここばっか見てるわよ?」
不意にまどかが、挑発するように微笑む。
「え……なんで……?」
彼女はジャケットを脱ぎ、ノースリーブのシャツ姿になる。
「もっと見たいなら、見せてあげる。さあ……こっち来て?」
「佐藤陽太郎さん!!」
現実に引き戻された。
すでにプレゼンは始まっていて、上司の怒声が飛ぶ。
「早くパソコンつなげてくれ!時間ないぞ!」
「あっ、はいっ!」
慌ててプロジェクターのケーブルを拾おうと、陽太郎は机の下に潜り込む。
そこには、まどかの美しく揃えられた足が……。
すると、机の下から彼女も覗き込んできた。
「……もう、どこ見てるのよ。そんなに興味あるの?」
「す、すみません……机の脚が、意外と立派で……」
「ふふ、机の話よね?じゃあ、許してあげる」
その瞬間――
ガンッ!!
「痛っ!!」
「ちょっと陽太郎くん、マジメにやりなさい!」
怒られてもなお、頭の中は整理できない。
まどかの“あの表情”が焼きついたままだった。
「では、プレゼンを始めます……」
なんとか資料を映し、陽太郎は説明を始める。
まどかは、にこやかに、そしてどこか試すような眼差しで、それを静かに見つめていた。
そのときはまだ、
このプレゼン相手の美女社長・山本まどかが、「いとこ会」を修羅場に変える張本人だとは、誰も知らなかった。