後編
小東 叶 です。
前編に評価、ブックマーク等して下さった皆さま、ありがとうございます。
目に見える形の評価は大変嬉しく、執筆の励みになりました。
後編もぜひお楽しみください。
※後編では『同性愛』について、嫌悪感を示すキャラクターが登場しております。あくまで作中表現であり、作者の考えではございませんのであらかじめご了承ください。
「事の始まりは、女王陛下がご即位された20年前。我が王国の魔導研究所で、新型魔法陣の開発が着手されたところからはじまりました……」
前王陛下が崩御され、女王陛下がご即位された当時。
王国は他国と比べ、突出した強みに欠けておりました。
それはそもそもの国の成り立ちが、隣国から独立した属国であったことも関係しておりました。
我が国特有の、特産物や観光地などがなく、国としての魅力が足りていなかったのです。
口さがない他国の者からは『グロリア王国は隣国の出がらし』とすら言われておりました。
実際、国際会議の場での陛下の立場は低く、あまり良い待遇とは言えない位置に甘んじておりました。
若くして即位された陛下はその立場を良しとせず、先見の明を持って、我が王国を建て直しを図られました。
……わたくしはここで一度話を区切ると、レオンハルト様のお顔を見ました。
目の前に立ちすくむレオンハルト様は、困ったような表情をしており、なぜわたくしがこのような話をしているのかわかっておられないようでした。
わたくしは、そのまま彼の理解を置き去りに、話を続けました。
「陛下は、我が王国の強みを考えられました。そしてそれこそが、わたくしたちの母校でもありました学園と……学園付属の王立魔導研究所だったのです」
陛下の世の流れをいち早く見極めるご慧眼は物品や観光ではなく、優秀な人材と彼らの生み出す研究成果を武器に各国と勝負することを決められました。
当時の陛下は、まだどこの国からも注目されていなかった魔法陣へと着目されると、魔導研究所に多額の融資を行ない、様々な新型魔法陣の制作を指示されたのです。
古の魔術師たちが力を奮っていた時代は、何百年も昔に終わりを告げておりました。
現代においても魔力を有している者は少なく、そしてその数も徐々に減りつつありました。
しかし魔法陣は、魔力のないものでも簡単に扱うことができる、画期的な発明です。
20年の時を経て、徐々に魔法陣の有効性が囁かれたはじめましたそんな折。
学園に所属しておりましたとある研究者が、新たに開発した魔法陣が、世の話題を攫いました。
それは、生命の神秘に足を踏み入れる発明でありました。
その魔法陣を身体に直接発動すると、術者と使用者のお互いの遺伝子情報を使って、子をつくることができるようになったのです。
「新型魔法陣の発明は昨年の出来事ですし学園の講義でも耳にしたはずなので、てっきりレオンハルト様もご存知でいらっしゃるかと」
「し、知らない……!俺は、そんなのは聞いていないぞ……」
わたくしは、学園の講義内容すらまともに把握しておられないレオンハルト様にすっかり呆れてしまっておりました。
誇り高き我が学園は、成績優秀で学習に意欲的な生徒しか在籍を許可されない狭き門のはずでしたから。
かつて、共に学園に入学したときに語っておられた夢は、矜恃は、いったいどこへ行ってしまわれたのでしょうか。
あのころのレオンハルト様はもう存在しないのだと、はっきりとわかりました。
「その新型魔法陣は多数の先進国より求められ、非常に高価な価格で取り引きをされております」
昨今の先進諸国は発展を遂げていくなかで、少子化が進み出生率が大幅に下落、大きな社会問題となっておりました。
性別や年齢を問わず使うことができるこの発明は、貴族や王族、跡取りを必要とする人々にとってひとすじの希望の光となっていたのです。
もちろん生命を悪戯に弄ぶことは神の理に反する行為。
心ない者に悪用されぬように、作られた新型魔法陣は、解析して複製が作られないように仕掛けた上で、許可を得た者のみへの販売。
他者への譲渡や販売を禁じ、国際会議の場で新型魔法陣に関する法を定めました。
他国は、新型魔法陣を購入するためには王国へ配慮せざるを得ず、王国の立場は急激に浮上することとなりました。
「こうして、女王陛下の鋭い見識と洞察力は国を豊かにしてくださいました。かつて、『隣国の出がらし』とまで呼ばれた我がグロリア王国を、世界屈指の先進国へと押し上げたのです」
話をすべて終えると、満足そうな表情を浮かべた女王陛下が、わたくしに向かって拍手をしてくださいました。
わたくしは羞恥の思いから、また顔を赤らめてしまいました。
「私のことを散々持ち上げてくれたが、そなたの方がよほど優れた功績を出してくれたじゃないか。なぁ、フォーサイス研究員よ」
「えッ……? 母上、今なんと……」
「聞こえなかったか、大馬鹿者。 この王国へ、莫大な富をもたらした新型魔法陣を発明をした研究者こそ、このアメリア・フォーサイス侯爵令嬢だ」
そうなのです。
陛下のお言葉のとおり、わたくしがこの新型魔法陣を発明した研究者でありました。
学園に所属しながら新型魔法陣を発明したその功績によって、飛び級で学園を卒業することを認められ、その後は王立魔導研究所の研究員をしておりました。
「いえ、わたくしは陛下とのお話の際に聞いたご意見から着想して、それを形にしただけですから……まことに素晴らしいのは、優れた発想力を持つ女王陛下ですわ」
「そう謙遜するな。アメリアの名に相応しい、勤勉さと努力が身を結んだ結果、我が王国に栄光ある繁栄をもたらした……本当に素晴らしい才能だ」
「わたくし如きに、もったいないお言葉でございます」
敬愛する陛下の労いのお言葉に、わたくしは天にも登る心地でした。
この方のためならば何でも頑張れる、それがわたくしの本心であったからです。
しかし、そんなわたくしの心を刺すように、周囲の人々から甲高い悲鳴が上がりました。
悲鳴の先を見るとすっかり忘れ去られていたシャーリー嬢が、大きな声でなにかを叫びながら、わたくしの方へと向かってきておりました。
「さっきから聞いてりゃ、いったい何なのッ!? 意味わかんない!レオンが廃嫡されるなんてストーリーなかったし、アメリアはどうしようもないクズだったじゃんッ!」
「シャーリー、落ちついてくれ!……君は一体、何の話をしているんだ?」
レオンハルト様が興奮するシャーリー嬢を宥めようと華奢な肩に触れましたが、彼女はその手を振り払いました。
「触んないでよッ!廃嫡王子なんてアタシに相応しくない!せっかく教授に賄賂を送ったり色仕掛けまでして学園に潜り込んだっていうのに……ぜんぶ水の泡!」
「シャーリー……君は、なんてことを……」
レオンハルト様は頭を抱えて、その場に崩れ落ちました。
一方シャーリー嬢の放った衝撃的な告白に、会場全体に衝撃が走りました。
平等と礼節を重んじる学園において、そのような卑しく不実な行為が許されるはずないためです。
「……アタシは、このゲームのヒロインなんでしょうッ!? どうしてアタシの思いどおりにいかないのよ!レオンと結婚して、祝福されて、贅沢して……アタシがこの国の女王になるはずだったのに!」
「それにエリザヴェータがレズだなんて、気持ち悪い……ッ!そんな設定、攻略本のどこにも書いてなかったもん!そんなバグ早く消してよッ!」
「こんな展開、ゲームじゃなかったのに!もうなにもかもめちゃくちゃ!どうして悪役令嬢なのにちゃんと動いてくれないのよ!」
シャーリー嬢は長い髪を振り乱しながら、何度も怒鳴り声を上げておりました。
そのときのわたくしは、彼女が言っていることが少しも理解できず、ただ怯えるばかりでした。
「アンタのせいで……ッ!アンタが悪役令嬢をちゃんとやらないせいでこうなったんだ!」
彼女の怒りは治まることなくついに頂点に達し、わたくしに掴みかからんと、その手を伸ばしてきました。
恐ろしさのあまり、わたくしの身体は固く強ばり、悪魔のような形相をしたシャーリー嬢を前に、瞼を瞑ることしかできませんでした。
しかし、次の瞬間。
わたくしの身体は、柔らかく温かなものに包まれておりました。
シャーリー嬢を突き飛ばす形で、間に割って入ってくださった陛下に、優しく抱きしめられていたのです。
陛下の温かな体温で強ばった身体の力が抜け、徐々に緩んでいくのがわかりました。
「この者を捕らえよ!王たる私への偽証、学院教授への収賄、……そして私の愛する者への暴行。どれも決して許さぬ」
尻もちをついたまま、暗い瞳で陛下を睨みつけるシャーリー嬢。
現れた憲兵の方々は、それでも抵抗しようとする彼女を取り押さえ、これ以上暴れぬようにと彼女の身体を床に押し付けておりました。
「絶ッ対に許さないッ!」
なおも叫びつづけるシャーリー嬢の姿をご覧になって、陛下はため息をついておられました。
「大丈夫だ、安心しておくれアメリア。私が、あの女に引導を渡してやろう」
そう呟くと、陛下は彼女の元へと歩みを進め。
床に引き倒された彼女の耳元で、何かを囁かれました。
「え、………?」
わたくしの位置からは遠すぎて、陛下がおっしゃった内容を聞き取ることは叶いませんでした。
……これは後日、陛下になんと囁かれたのかをお尋ねしましたが、「内緒」そうおっしゃると悪戯な笑みを浮かべ、ついに教えてくださることはありませんでした。
その謎めいたお言葉を、唯一聞くことができたシャーリー嬢は、顔を真っ白にして呆然と陛下を見つめておりました。
恐らく彼女にとって、かなり衝撃的な内容だったのでしょう。
その表情は感情が抜け落ちており、まるで人形のようでした。
それはつい先程まで、怒りを露わに激高されていたとは到底思えないほどの変化だったのです。
「……さて、憲兵よ。この愚かなふたりを牢へと連れて行け。沙汰は追って伝えよう」
陛下の命令を受けた憲兵隊の方々が、ふたりを拘束し会場の外へ連れ出そうとしました。
「……クソ!その手を離せ、憲兵どもめ!俺は、この国の王太子だぞッ!?」
「い、いや……嘘よ…、ウソ、こんなのアタシの現実じゃない……こんな、はずじゃ……」
陛下は抵抗を続ける王子と、すっかり気力を失い繰り返し呟いているシャーリー嬢を一瞥すると、憲兵たちにはやくこの場から連れ出すように、と手で指示を出しておられました。
扉が完全に閉まり切ると、ふたりの声は聞こえなくなりました。
ざわついていた会場の空気は、事の元凶であったふたりが去ったことで徐々に落ち着きを取り戻しておりました。
「そもそも私は、そなたとレオンハルトの婚約には反対だったのだ。……あの名ばかりの夫が余計なことをしたばかりに、そなたには辛い思いをさせてしまった。大変申し訳なかった」
「そんな……。顔を上げてくださいませ陛下。わたくしは気にしておりませんわ」
頭を下げようとする陛下のお姿に、わたくしの方が慌ててしまいました。
わたくしが謝罪を受け取ると、陛下は美しい微笑みを向けてくださいました。
「ありがとう、アメリア。それで、すでに伝えたが……私との婚姻は受け入れてくれるだろうか? 本来ならば母と娘となるはずではあったが、そなたとは別の形で家族になりたい」
そうおっしゃると、陛下はわたくしの前に膝をつき、改めて求婚をしてくださったのです。
恐れ多くも跪き、手を差し伸べてくださる女王陛下。
お召しになったドレスが皺になってしまうというのに、まるで気にも止めず。
陛下の瞳は、ただ、わたくしだけを見つめておりました。
周りを囲む方々も、わたくしの返事を固唾を飲んで見守っています。
「アメリア。そなたの心の声を聞かせてほしい」
わたくしは胸に手をあてて、考えました。
わたくしの、心の声。
……答えはとうに出ておりました。
陛下に求婚をされたその瞬間から、わたくしの心はすでに決まっていたのです。
差し伸べられたその手を取るとわたくしは、こう答えました。
「女王陛下……いえ、エリザヴェータ様。謹んでお受けいたしますわ」
………なぜならわたくしもずっと、エリザヴェータ様だけをお慕いしていたのですから。
・
ーーー以上、《アメリア王配の手記》より引用。
常に時代の先を行く革新的な賢王として知られ、後世でも根強い人気を誇る、グロリア王国エルダー朝 第4代女王
エリザヴェータ・アレクシア・オブ・エルダー。
エリザヴェータ女王は、後に王国随一の才女として名を馳せたフォーサイス侯爵家令嬢アメリアを王配とし、彼女との間に3人の子をもうけた。
当時禁忌とされていた同性間での婚姻を、王家自らが先駆者として実現。
万国に人類の新たなる進歩を見せつけ、世界最大の先進国としての矜恃を示した。
そして、アメリア王配の研究に惹かれた近隣諸国の優秀な人材が次々と指導を求め、王国へ移住。
王国はこの時代多くの魔導研究者を擁し、飛躍的な成長を遂げていった。
アメリア王配とその弟子たちの研究により、魔導学の発展は少なくとも100年以上は早まった、と言われている。
また、ふたりは王国屈指のおしどり夫婦としても知られていた。
ふたりの長男として誕生し、女王引退後の王国の発展を支え続けた エルダー朝 第5代国王アダム は、
『ふたりは常に寄り添って過ごしている。あまりにも一緒にいるものだから、正直目のやり場に困っている』
と、日々臣下に漏らしていたという。
国王のその発言を裏付けるように、アメリア王配の死後、波乱の婚約破棄やその後の結婚生活について鮮明に記したアメリア王配直筆の手記が見つかる。
女王への愛に溢れたその内容が国民に知れ渡ると、それを原作とした小説や戯曲が数多く生まれることとなった。
愛のない不幸な婚姻をするはずだった侯爵令嬢の人生を変えた、情熱的なロマンス。
ーーーふたりの物語は、今なお人々に愛され、語り継がれている。
読了してくださり、まことにありがとうございます。
また、別の作品でお会いできたら嬉しいです。