呼び起される記憶
レコーは迫るエネミーを矢で射る。
放たれた矢のうち、いくつかがエネミーに掠ることなく岩場に跳ね返った。
舌打ちを隠すことなく近づく相手に魔石で作られた矢を突き立てる。
距離が近すぎたためにレコーの顔に返り血がかかった。
彼女はそのまま離れる。
貫かれたエネミーは派手な粒子をまき散らして消滅した。
滅茶苦茶な戦いだった、計算も練られた戦術もまるでない、酷い言い方なら野蛮な戦い方だった。
そんなレコーの中は自己嫌悪、何もできなかった無力感で溢れている。
さっきの光景が過った。
「はぁぁぁ」
中身を空っぽにしようとするかのように荒い息を吐いてしまったことで彼女の意識の外から別のエネミーがとびかかる。
「危ない」
横から黒い影が乱入してエネミーを殴り飛ばす。
派手に回転してエネミーは消滅する。
「何しにきた?」
睨むように乱入者、黒いコートを羽織った少年を睨む。
よくよく考えれば自分がおかしくなったのはこいつに原因があるだろう。
今までと違う相手、計算通りなのに、どこか違う感覚。その根源はおそらく目の前にいる男だ。
「迷宮攻略するんだろう?手伝う」
「要らない。私一人で行える」
「さっきみたいな危ない動きをしていたのに?」
「偶々だ」
「キミの武器からして後方で支援するタイプだろ?そんな子が前で戦うなんて無茶にも程がある」
「うるさい」
レコーは叫ぶ。
「私のことを知った風な口で語るな」
「・・・・気分を害したなら謝る。けれど」
そこでぐぃっと彼が距離を詰める。
「命を粗末にするような戦い方をするな」
「うるさい、私の命なんかどうでもいい」
「やめろ」
「誰も私の命なんか心配なんか」
「やめろ!!」
放たれた言葉は力が篭っていた。
重い。
とてつもなく重い。
何かを経験した者だけがだせる威圧感、ナオヤは塔攻略で仲間を失っている。ある意味、命を重さというものを知っている。
それを知らないレコーは困惑した。
恐怖が彼女を包む。
しかし、次の言葉でレコーは混乱した。
「頼むから」
彼はどこか泣きそうなほど小さな声で言う。
「命を粗末にしないでくれ」
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我ながら恥ずかしいことを言ったなと思う。
彼女がエネミーと戦っている姿が不思議とあの時の自分と重なった。
塔攻略で強くなりたいと考えて骸骨エネミーと無謀な戦いを行ったあの時の自分に。
ザフト達が助けてくれなかったら命を落としていた。
その時の光景と彼女の戦い方が俺と似ていた。だから自然とあんな言葉が口からでてしまったんだろう。
絶対にいわない。
その証拠にレコーは何とも言えない表情でぬいぐるみを抱きしめたまま俺を見ている。
「あー、コホン」
場の空気をごまかすために空咳をする。
そうすることでようやく彼女も今の状況を理解したんだろう、慌てて、俺から離れた。
「め、迷宮攻略を続ける」
「わかった」
何とも言えない空気をごまかすために互い、大きめの声を出し合う。
それから、
「あなたはさっきと同じ前衛、私は後方で支援するから」
「了解」
「ところで、武器は大丈夫なの?さっきのエネミーの攻撃で破損していたみたいだけど」
「ん、まぁ、使える」
籠手は部分的欠損を抱えているが使えないわけじゃない。
応急処置を施しているから戦闘に問題は出ないだろう。
「そう・・・・計算が狂うかもしれないから何かあればすぐにいって」
「なぁ、何でそんな計算通りにこだわるんだ?」
少女の戦い方はどこか練った戦い、計画通りに終わることを望んでいる節があった。
どうしてなのか、気になった。
いや、気になりつつあるというのが正しいかもしれない。
俺は、この子を他人としてみることができなくなりつつあった。
どこか似ているから。
「私は・・・・完ぺきを求められたから」
「どういう、ことだよ」
「所属する拠点は完ぺきさを求めていた。完ぺきな防壁、安全な住居、誰もが幸せでいられる空間、そしてすべてを守り通す完ぺきな女神であり七徳姫でなければならない、その為に様々な教育を受けた。語学、数学をはじめ、天文学、古代学、薬学、すべてを完ぺきにマスターするまで私は外に出ることを許されない、それらをすべて吸収することで私は、七徳姫の証である知樹の聖弓の所有者になった。七徳姫になった私に求められたのは完ぺきさ、すべてを計算通りに、難なくこなせること、迷宮攻略も私は計算通りにこなさないといけない」
長い告白、といえばいいのか。
目の前の小さな少女から告げられた話は想像を絶するものだった。
この世界に来てから常識というものが失われつつある。
それがここにきてさらに欠如したかもしれない。
完璧さを求める人間というのは存在する。
芸術であったり、自分の目的達成のためといったことで完璧は出てくるだろう。
けれど、これは違う。
レコーという少女に押し付けられているのは半ば拷問に近い。
完ぺきな七徳姫になるために学んだ知識、それを全て取得するためにどれほどの苦しさがあっただろう。
「だから、私は計算通りに迷宮攻略を完遂する、だからアテナのようなヤツに邪魔されたくない」
「アテナと何かあったか」
「何もない、だから邪魔だと思う」
「わからないんだけど?」
「アテナは他の七徳姫と違う、彼女は拠点、迷宮ではなく、時々しか姿を見せない塔の攻略に執着していた。それ以外に眼中はなかった。そんな奴が迷宮攻略に出てこられても迷惑でしかない」
「戦力にはなるだろ?」
「何を考えているかわからない相手を仲間にしたら計算通りに動く?」
難しいだろうな。
アテナの動きが予想できない意味ではない。アテナとレコーの二人が連携をできるかという点だ。
レコーはアテナを嫌悪している。逆に彼女はなんとかしたいと考えているが持ち前の不器用さのためにうまく意思の疎通ができない。そんな二人が一緒に行動できるかといえば、Noというのが正しい。
でも、俺は。
「じゃあ、俺は一緒に行動できるな」
「なんだと」
「自分で言うのもなんだが、俺の行動は単調だ。お前の計算通りに動けるだろ?一人よりも二人なら攻略もやりやすいだろ」
「一理ある・・・・」
「だろ」
「でも、条件が一つある」
レコーがビシッと指を一本つきつけた。
「私の命令は絶対、それに従えないなら後ろから射る!」
「・・・・了解」
なんか、俺の命が余計に危なくなった気がする。
「そういえば、ちゃんと自己紹介していなかったな、俺の名前は赤城ナオヤだ」
「レコー、レコー・ニャンニャという」
「よろしく」
変わったファミリーネームだな。
まるで猫みたいな。
「ちなみに」
差し出された手を握っている力が強くなる。
あ、いやな予感がするぞ。
「ニャンニャの方で私を呼んだら容赦なく射る、そのつもりで」
「い、イェッサー」
爆弾をつついた気がする。
気を付けよう。




