二姫の亀裂
レコーは圧倒的な差をみているだけしかできなかった。
ポイズンアンデッド、ステータスを確認した時、彼女は即時撤退を考える。
だが、最初に闘っていた二人組の探求者からこちらへ標的を切り替えた。
計算外の展開に顔をしかめる。
――あれの相手は危険だ。
体を覆う粘液のようなものは毒素で満たされ、触れるだけで体に害を与えるだろう。
そして、腐敗している手足、あれはアンデッドの特徴だ。
迷宮に出現するアンデッド系統のエネミーの全てに腐敗している部分がある。そこは厄介なことに痛覚を一切感じないという欠点であり最強の盾といえる部分。
どれだけ殴る、魔法でダメージを与えても敵は痛がらない。それどころか進軍してくる。
強大な範囲魔法や全身を潰せる威力を持つ魔法や武器ならば対処できるだろう。
だが、ナオヤのような初心者、ポイズンアンデッドのような巨体では対処は不可能だ。
逃げることを考えながら応戦したが、結果は惨敗。
それどころか自身の武器が一切通用しないということに彼女は焦りを感じる。
籠手を使う少年の危機に気づいたのはそんな時だ。
いつものように敵の動き、特徴などのデータを収集していたことで共に組んでいた彼のことを意識していなかった。
慌てて弓を射るが間に合わない。
彼が殺されるというところで攻撃を防いだ人物がいた。
――アテナ。
近くの拠点で活動している七徳姫の一人であり、他社との交流を一切もたない。塔攻略のことしか考えない独りよがりな姫君。
七徳姫の一人、迷宮攻略などに一切興味を持たなかった彼女がどうして?
計算外の出来事に顔を歪める。
そんな疑問の前でさらに驚く展開が起きた。
――あのアテナが笑った。
驚くべき事実だ、レコーが呆然としている前でポイズンアンデッドとアテナの戦いが始まる。
圧倒的だった。
自分が苦戦していた相手を属性による弱点があったという事実を除いてもあそこまで圧倒したことに信じられない。
どうして、彼女は勝てたのか。
どうして、彼女は笑ったのか。
どうして、彼女はあそこまで。
わからない、
わからない、
わからない、
わからない、
わからない、
わからない、
わからない。
思考の海にただ沈む。
どれだけ考えても答えは出ない。
▼
「彼女は・・・・・どうして」
話をしているとアテナが驚いた表情で座り込んでいる少女を見ていた。
「知り合いか?何か、お前のことを知っていたような感じだったけど」
「互いに面識ある」
そういってアテナは尋ねる。
「どうして、レコーと一緒にいるの?」
「レコー?」
「彼女の名前、知らないで行動していたの」
「まぁ・・・・な」
詳しい経緯をアテナに説明する。
落ちた先でもみ合ったことは省いて、攻略を手伝ってもらいながらアテナを探していたということ、道中で相良と神原の二人のことは伝えない。
話したらアテナの機嫌が悪くなる。どうもあいつらを毛嫌いしている様子があるからな。
「とにかく、ここから外へ戻る。さっきのようなエネミーがまた姿を見せないとも限らない」
「そう、だな、彼女のところへいってくる」
座り込んでいる彼女のところへ近づく。
地面へ目線を下してしきりに何かを呟いている。
少し、怖いなと感じながら俺は口を開けた。
「ここは危険だ、外へ出よう」
「私はいい、あなたとアテナだけで出ればいい」
「さっきのエネミーを見ただろ?装備を整えるべきだ」
「一理ある、しかし、私はこの迷宮攻略をしないといけない。余計な手助けは不要」
「・・・・」
がしがしと乱暴に髪をかきむしりながら少女を抱きかかえた。
「離せ!」
「やかましい、とにかく外へ戻るぞ」
じたばたと暴れる少女を無視する。
戻ると半眼でアテナが睨んでいた。
「なんだよ?」
「別に、戻る」
アテナが懐から緑色の手のひらサイズの石を取り出す。
「それって」
「転移用のアイテム、設定している場所へ戻ることが可能・・・・これは1階層の入口へ設定している」
石を地面へ置いてアテナが言葉を紡ぐ。
「転移≪ワープ≫」
その瞬間、足元に魔法陣が現れる。
これで転移するのかと思った瞬間、光がはじけ飛んだ。
「・・・・?」
首をかしげておいてある石をアテナはつつく。
「どうした?」
「転移しない」
なんだと、
アテナはおいてある石を触り、もう一度言葉を紡ぐ。
「転移≪ワープ≫」
今度は魔法陣すら発動しない。
俺はアテナへ向ける。
「発動しない」
「壊れているんじゃないのか?」
「それはない、何か魔力的な妨害がある」
「妨害?」
「考えられるのはそれしかない、でなければ、転移できないなんて言うのはおかしい」
転移を封じる何か、アテナの言葉の通りならその原因がどこかにあるということだ。
「転移を妨害している何かをつぶさない限り、外に出られない訳か」
「そうなる」
「原因はどこにあるかとかは・・・・」
「わからない」
「だよなぁ」
「・・・・転移アイテムの妨害をするとなると広さが限定される」
どうするかアテナと話し込んでいると、レコーがぽつりと呟いた。
「そろそろおろして」
「あ、すまん」
軽いからつい抱えたままだった。
地面に降りるとレコーは置かれている転移アイテムを指す。
「これに内蔵されている魔力の内包量からして、これを阻めるものがエネミーや設置してある罠ならここ、もしくは次の階層に設置されていると考えるべきだ」
レコーの言葉通りならこの階層を調べ尽さないといけない、そうなると。
「迷宮攻略を続けるしかないわけか」
「大丈夫、私がいればすぐにできる」
アテナの言葉にぴくりとレコーが反応した。
それに気づかない彼女の言葉は続く。
「私は、希望だから必ずナオヤを外へだしてみせる」
「あぁ、そうだな」
ぽつりと呟かれた言葉は暗闇の中に酷く響いた。
俺とアテナはレコーを見る。
「おまえは希望の七徳姫だ。全ての人の象徴でいないといけない、そのためなら強力なエネミーだろうと楽々潰せるだろうな」
纏わりつく言葉はどこかねっとりとした何かを含んでいた。
アテナは表情を変えることなくレコーをみている。
「今まで塔攻略しか興味を見せなかったお前が今度は迷宮攻略の希望となるのか、ふん、流石、塔攻略を成し遂げたことだけある」
アテナはただ、ただ、沈黙だった。
レコーの攻撃的な言葉は止まらない。
彼女のドロドロした感情をアテナは真っ向から受けていた。
俺はただ見ているしかできない。
どうして、レコーがアテナに敵意を向けているのか、なぜ、彼女が一言も反論しないのか。
何か理由があるのかもしれない。
「レコー、どうして貴方がここに」
「七徳姫としての役目を果たすため、迷宮攻略だ、塔攻略を終えたあなたなら楽々できるだろう」
「私はまだ、塔攻略を」
「一つだけ伝えておく!これ以上、私の邪魔をしないでくれ。お前が希望の七徳姫であるように、私は知識を司る七徳姫、ここの攻略が私の役目」
「・・・・私も、貴方の邪魔をする気はない。でも、ここは一時的とはいえ、協力」
「不要だ」
アテナの提案をレコーは拒絶する。
「私は私だけの力で迷宮を攻略する。あなたはここでおとなしくしていろ」
どこまでも拒絶の言葉を紡いでレコーは奥へ歩んでいく。
残されたアテナは彼女の背中を見ているだけだった。
「・・・・前に、何かあったのか?」
「何もない」
アテナは無表情だがどこか思い詰めている感じがした。
これで何もないなんて言うことがおかしい。
「お願いがある」
ふと、彼女が俺を見上げる。
「レコーと一緒にいてほしい」
「彼女と?でも」
「私はこの階層を調べる。レコーはあのままだと一人で奥まで行きかねない。お願い、彼女を支えてほしい」
「・・・・お前じゃ、ダメなのか」
「私の言葉は彼女に届かない」
その一言はとても重たいものだった。
彼女はレコーを助けたい。どれだけアテナが手を差し伸べても彼女は拒絶するだろう。
二人の間にどんな溝ができる事件があったのか想像なんてできない。
でも、
「俺でもなんとかできる保障はないぞ」
「大丈夫」
アテナは弱々しい俺の言葉に否定しない。それどころか手をつかむ。
「貴方は私を助けてくれた。あのダークエルフの子も助けた・・だから、レコーのことも必ず助けてくれる」
そんなことはない、という言葉を飲み込む。
不思議と今のアテナの前で弱音を吐いてはいけない気がした。
むしろ、強くあるべき。
いや強くなりたいと考えているから、俺は、
俺は強くなるんだ。
「わかった、やってみる」




