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ポイズンアンデッド


 迷宮14層、じめじめした空気が漂う中でアテナは希飛翔の光剣をふるう。


 道を阻もうとしたエネミーを一撃で屠る。


 彼女から発する闘気を本能的に察知しているのか、近づくどころか離れて様子を伺うエネミーの姿もある。


 呼吸を整えながらアテナは索敵スキルを発動した。


 彼女の持つスキルはかなりの熟練度を持っているため、トラップの位置も難なく発見することができた。


 だが、いない。


「ここにも、いない」


 焦る気持ちを抑えながらアテナは歩く。


 マッピングされたエリアを確認しながら次の階層を目指す。


 1階層からここまでくるのに数時間程度、普通の探求者なら短時間でここまで訪れることはできないだろう。


 七徳姫ゆえになせることだ。


 だが、その彼女の心は揺れている。


「私の不注意だ」


 光剣を地面に突き立てながらアテナは休憩する。


 今のペースなら残りの階層もすぐに終わるだろう。だが、ここまで調べて彼がいないというのなら。


「どうすればいいのだろう」


 1階層で姿を消した、おそらく他の階層に落ちたと考えるべき、だから迷宮攻略を進めていた。


 だが、ふたを開ければどうだろう。


――彼の姿が見つからない。


 これより下の階層だというのならさらに速度を上げて攻略しないといけない。


 次階層の入口が見えてきたことでアテナの歩く速さが増す。


「私は絶対に彼を見つける」


 そのためにまずは、


「ここを攻略する」


 目の前の階層を攻略して、索敵スキルを使う。


 そのためだけに彼女は迷宮攻略をしていた。


 攻略中にお目にかかれない素材をたくさん手に入れていたがそのことに気づいていない。


 アテナは次の階層に踏み出した。


 余談だが、この時のスピードと鬼気迫る雰囲気から韋駄天の鬼女現るという記事が各拠点に配られたらしいがその真意は定かではない。










 迷宮攻略を続けているといずれ、他の探求者と遭遇することがあるだろう。そう予測はしていた。


 けれど、悪い方の意味で遭遇してしまう。


「おや、久しぶりですね。赤城ナオヤ君」


 20階層の開けた空間にたどり着いた俺と少女の前に姿をみせた二人組に自然と表情が険しくなる。


「相良・・・・カズキ」


「僕の名前を覚えておいででしたか。嬉しいですね」


 薄暗い洞窟の中でさわやかな笑みを浮かべる相良に不快感しか浮かばない。


 塔攻略の時と比べて装備が豪華なものになっている。


「他所の拠点へ渡ったんじゃないのか?」


「てめっ、ここまでこれたからって調子のってんじゃねぇぞ」


 相良と話している横で割り込みが入る。


 神原タカト、相良と同じで塔攻略以降、別の拠点で活動している。こいつと決闘をして負けたことは苦い思い出だ。


 神原の奴も装備が少し重装甲になっていた。持つ槍もどこか荒々しい雰囲気を放っている。


「やめなさい、タカト君、彼と争っても手に入る素材などありませんよ」


「そ、そうっすね」


 二人と迷宮で遭遇するとは思っていなかった。


「勿論、僕達は別の拠点で活動しています。ですが、次の攻略まで時間があるんでね。それまでに武装の強化などで迷宮に挑戦していたのですよ・・・・みたところ、赤城君の装備は前と変わっていないみたいですね」


 相良の横で神原が小馬鹿にしたような笑みを浮かべる。


 仕方ないかもしれない。


 俺の持っている装備はボロボロだ。


 籠手もエネミーの返り血などで汚れている、ミスリルブラックコートも前の騒動のままで余計に破けている箇所が多い。


 傍からみたら貧相にみえるだろう。


「申し訳ありませんが、僕達も先を急ぐのでここで失礼させてもらいますね」


「・・・・せいぜい、死なないように気を付けるんだな」


「あぁ、最後に」


 去ろうとした相良が振り返る。


 笑顔を張り付けたまま、声は馬鹿にするように冷たく。


「命の危険を感じたら彼女の指示に従うことです。そうすれば死ぬことはないでしょう」


 余計なアドバイスを!と叫ぶべきだったのだろうか。


 去っていく相良達の背中を見送り、俺は何とも言えない表情を浮かべている。


 かつて、塔攻略が終わった直後、相良が告げた言葉がよみがえる。


 この世界がゲームだということ、アテナは本来ならボスエネミーとの戦いで命を

落とすはずだった。


 だが、実際のところ、アテナは生きている。


 この世界がゲームだという証拠は見つかっていない。


 彼らの言葉が本当だといえるものはなに一つなかった。


「何をしているの、先を急ぐわよ」


 隣の少女が言葉に意識を戻す。


「あぁ、ごめん」


 謝罪して、ふと、先ほどの言葉を思い返す。


 何かあれば彼女の指示に従えということ、相良はこの少女が何者か知っているということだ。


 この世界がゲームだと考えている相良の言葉からして、重要な人物ということに。


「考えすぎだな、バカバカしい」


「急ぐ、あんなのに先を越されるつもりはない」


「わかった」


「あと・・・・」


 少女は俺に小さな布を差し出す。


 なんだ?とみているとおずおずと説明してくれる。


「こ、この布はエネミーの返り血とかを洗い落としてくれる。使い捨てアイテムだけど、便利だからこれで籠手の汚れを落とす」


「・・・・ありがと」








 迷宮攻略は面倒なところが多い。


 左右に分かれ道があればどちらを選択、そこから分岐点に目印を残しながらいくつかのルートを検索、その中で出口、危険な場所を削除していく。


 話すだけならすぐに終わると考えるだろう。


 だが、この迷宮、階層が下がるにつれて迷路の規模が大きくなっていく。


 一つの階層を探索し終えるのに最初は一時間だったが、二時間は使っている気がした。


 疲労を感じてきたことから少し休憩していた。


 休憩はしているが、空気は重い。


 俺と少女の間に会話がなかった。


 こっちから話しかけようとしても相手する気がないのか沈黙だけが漂う。


 ボトルの水を飲み、アイテムの具合を確認する。


――消耗してきている。


 悪化するようなら修復してもらう必要があるな。


 終わったらトラーのところへ行こう。装備の修復などをする必要がある。


 そんなことを考えていると奇妙な音が聞こえてきた。


「なんだ?」


「・・・・これは」


 飲んでいた水を閉まって、地面に耳を向ける。


 武器を構えて、周囲を警戒する。気のせいか音が近づいてきていた。


「なん・・・・」


 近くの岩場へ相良と神原が着地する。


「おい、なんだありゃ!」


「想定外ですね、一時撤退です」


「くそったれ」


 悪態をつきながら二人は層の入口へ逆走していた。


 何が起こっているのか尋ねる暇もなく姿が見えなくなる。


「なんだ・・・・」


「緊急事態」


「っ!?」


 何が起こったのか確認するよりも早く、衝撃が俺達を襲う。


 土煙で視界がおおわれる。


 身構えていた途端、視界がぶれた。


「ぐはっ!?」


 煙を引き裂くように巨大な手が飛来する。


 痛みが体を襲う。


 派手な音と共に地面を転がり、岩へ叩き付けられる。


 激痛で背中が痛む。


 何が起きたのか確認しようと顔を上げる。


 現れたエネミーはドロドロした外見というのが印象だ。


 未確認物体ともいえる姿に腐敗漂う手足のついたエネミー。


 ドロドロしたエネミーへ少女は弓を構える。


「巨大エネミー・・特殊能力持ちの可能性がある」


「そうかもな」


 ふらふらと体を起こす。


 痛むがどこか骨折や捻挫はしていない。


 籠手の纏った両手を構える。


「私が援護する。指示通りに動いて」


「わかった」


 少女を守るように前へ踏み出す。


 エネミーは巨大な手を振るう。


 左右に展開して攻撃から逃れる。


 ドロドロした体に向かってアクティブスキル【インパクト・ドレッド】を打つ。

強力な一撃を受けてもエネミーは後退せず、ドロドロした流れに阻まれてしまう。


「うわっ、気持ち悪!」


 籠手を通して感じるドロドロに嫌悪感を表す。


 効いている様子もない。


 ドロっと手を引き抜く。


 籠手が部分的に溶けていた。


 後ろから飛来する矢もエネミーの体にあたるも半分以上消えて、地面に落ちる。

 ネミーが振るう手を躱す。


――ドロドロの本体がダメなら手足を狙うしかない。


 再び振るわれる腕へ向かって【クライ・クライ】を狙う。


 部位破壊が起これば上々、両手を前へ繰り出す。


 普通なら直撃していただろう。


 そう、普通なら。


「ぐぁっ!?」


 突如、右手に激しい痛みが襲い掛かる。


 スキルが不発に終わり、地面に落ちた。


「何をしているの?」


 離れたところで弓を構えている少女が叫ぶ。


「くそっ・・・・急に手が」


 ステータスを確認する。


 【バッドステータス(毒)】と出ていた。


 敵の攻撃で毒らしきものを受けたことはない。なのに、バッドステータスが表示されるなんて言うことはあり得ない。


 ならば、どういうことか?


 そこで俺はエネミーの体に攻撃をしてきたことを思い出す。


 ドロドロの体で籠手が溶けたこと。


 あれに毒素がついていたと考えるならば?


「攻撃したことで体に毒がついたのか?」


 体から嫌な汗が流れるのを感じながら起き上る。


 籠手は部分的な破損以外ない。アイテムカードからポーションを取り出す。


「下がる、援護頼む」


「後ろ!」


「っ!?」


 振り返るとエネミーの足が迫っていた。


――失念していた!


 エネミーは動けるんだ。


 体を動かそうとしたところでバランスが崩れる。


 毒の浸食が早い。


 動けない俺へ迫る足。


 籠手でも防ぎきれない、それどころか潰される。


 迫る死をみていることしかできないのか?


「大丈夫」


 絶望しかけた俺の前に銀色の光、流星が舞い降りる。


「貴方は死なない」


 エネミーの足を光の刃で斬りおとす。


「だって、私は希望だから」


 ブンと血を振り落し、アテナは光剣を構えた。


「アテナ、なんで!?」


「見つけた」


 バランスを崩して倒れるエネミーを一瞥しつつ、アテナは安堵の表情を浮かべている。


 少し、いや、かなり心配させてしまったようだ。


「ごめん・・・・」


「大丈夫、それよりも」


 無理やり口内へ瓶を押し込まれる。


「ぶぐぅ!」


 あまりの苦さに吐き出したくなった、だが、それが解毒薬だとわかると我慢した。


「どう?」


「少し気分がよくなった・・・・けど、乱暴だろ」


「休んでいて、あのエネミーを退けるから」


「気を付けろ、ヤツのドロドロは毒だ」

「わかった」


 アテナは頷くと光剣を構える。


 毒の回復で体力が少し消耗している。ふらふらと後退する。


「・・・・おい?」


 下がったところで呆然としている少女の姿がある。


 信じられないものを見ているような目だ。


 エネミーと戦うアテナの姿を見ている。


「おい、どうした?」


 事切れた人形のように動かない。


 よくわからないがこのままにしておいてはまずい気がする。


 彼女を抱きかかえた。


――無茶はするなよ。








 アテナは希飛翔の光剣をエネミー“ポイズンアンデッド”に振り下ろす。


 どんなものも通さない呪いの体はナオヤの籠手をはじめ、すべての武器を溶かす力を持っている。


 そう、どんな武器も通さない力を持っていた。


「無駄」


 しかし、アテナの武器は普通ではない。聖なる加護が付与された七つしかない特別な武器の一つ。


 故にポイズンアンデッドの呪いも光剣には通用しない。


 斬られ体を揺らすのを横目にスキルで追撃を仕掛ける。


 自身の体に傷を与える存在へ脅威を感じたポイズンアンデッドは手で牽制しようとした。だが、軽々と躱され体に一撃を入れられる。


 さらにいえば、アテナの持つ希飛翔の光剣は属性:光を持っている。エネミーの中には一定の属性による攻撃を受けることで瀕死の重傷を負うことがあり、ポイズンアンデッドは光系統による攻撃が弱い。


 故にアテナとの相性は最悪だった。


 自分の天敵が相手だとわかったポイズンアンデッドはその場から逃げる選択をとる。


「逃がさない」


 しかし、アテナは“確実”にポイズンアンデッドを倒すつもりでいた。


 逃走を図るポイズンアンデッドを倒すべく剣を前に突き出す。


 ズリュンとドロドロした体から別の手が姿を見せる。


「っ!?」


 驚いたアテナは剣を戻そうとするが間に合わない。


「うぉらぁああああああああああ!」


 下方からアクティブスキルを放つナオヤがポイズンアンデッドの腕へ攻撃を放つ。


 アンデッドに痛覚はない。


 だが、ナオヤの不意打ちによって攻撃の軌道がずれ、アテナに直撃しない。


「このまま、仕留める!」


 空中で回転するナオヤの足を踏み台にしてさらに飛翔する。


 羽ばたくように舞う彼女の刃が迷宮内で輝きを放つ。


 闇を照らそうとするような輝きにポイズンアンデッドは慄く。


――光ノ旋律。


 振り下ろされる一撃はポイズンアンデッドを飲み込む。


 聖武器の持つ固有スキルにおいて、強力な一撃を受けたエネミーの体は結晶をまき散らして消滅する。


 くるくると回転しながらアテナは着地した。


 手の中で剣を回転させ、地面に突き刺す。


「やったな」


「無茶をしすぎ」


 近づいてきたナオヤへアテナは注意する。


「お前だけにあんなデカブツまかすわけにはいかないだろ?」


「問題ない、私だけで対処できた」


「それはそれ、これはこれだ。俺が納得できないからな」


「・・・・頑固」


「うっせ」



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