集団戦 反撃の狼煙
ウーロン視点
「よく持たせてくれました。もう大丈夫ですよ」
通路から出た私が目にしたのは、大量の魔力消費のため疲労困憊で膝をつくダージンさん、【血気盛ん】のおかげで表面上は元気そうに見えるが実際にはスキルのせいで体力、精神力両方が削られているペッパー。そして二人をこんな状況まで追い込んだ原因、一目見ただけで肌が泡立つ気配を纏った一匹の鬼。
これほどの力を持った鬼を相手にして、よく二人とも私達が駆け付けるまで五体満足で生き残れたものだと素直に感心してしまう。
「クスス、待たせ過ぎですわ。
ウーロンさん女性を待たせるなんてマナーがなっていませんよ」
「あなたのような素敵な女性が待っていると知っている身でしたので、それ相応の準備が必要かと思いましてね。その準備に少し時間がかかってしまいましてね。申し訳ありません」
私達が来た事で安堵したのだろう。疲労が浮かぶ顔にそれでも目を奪われるような笑みを浮かべ、彼女なりの感謝の軽口が送られる。
だが感謝を言いたいのはこちらの方だ。
「あなたのスキルのおかげで準備は万端です」
ダージンさん達を追いかけダンジョンの出口に向かっていた私達。
ようやく出口と思しき光を視界におさめ、すぐに駆けつけようと足に力を入れ踏みだそうとした瞬間、発動していた彼女のスキル範囲に入った私の耳に声が届く。
《現在敵と戦闘中。
その場から出口付近までの物音は全て誤魔化します。全員最大出力の攻撃ができる準備をしてから来て下さい》
耳元に直接届くダージンさんの声。
これは彼女のスキルの一つ【幻聴】の力だ。
妖精族が得意とするこのスキルは、魔法使いの詠唱を封じるために使われる一定範囲の音を消す【消音】とは違い、音を消すことの代わりに音をまったく違う音として相手に届かせることができる。
例えば、お金を落とした「チャリン、チャリン」という音を食器の割れる「パリン、パリン」という音に変えたり、「おはよう」と言った言葉を「さようなら」といった言葉に変えたりすることができる。
以前街にある銭湯屋の主人が女子風呂を覗く輩を捕まえて欲しいとドリンク隊に頼んできたとき、ダージンさんがこのスキルを使い誰もいない女子風呂で流れ出る水音を若い女性の話し声に変え若い女性が何人も風呂に入っているように見せかけ、それに騙され女子風呂を覗きこんだ男を見事捕まえた事がある。(ちなみにその覗き魔は、ドリンク隊の女性陣に二度とこんなことをする気を起こさなくなるほどの折檻を受けることとなった)
「普段から私達って意外に無意識で音を聞いて生活しているんですよ。
だから音が聞こえているだけで安心してしまい、それが違う音だと気付かないと隙ができるんですよ」
覗き魔を捕まえた時、彼女は笑いながらそう教えてくれた。
確かにその通りだ。
姿が見えない今、相手が俺達が近付いていると判断するのは臭いか音だけだろう。
臭いは先程の怪我のせいでみんな怪我をしており、そこら中血の臭いがするのでばれる事はない。
音はダージンが【幻聴】で誤魔化している。
ダージンが作ってくれたこのわずかな隙、その隙がこちらの反撃のチャンスだ。
「初撃はウオッカの魔法攻撃、その後私とブランが仕掛けます」
駆けつけようとしていた脚を止め、素早く三人に指示を出す。
魔法で攻撃をしようとしたとき、どうしても詠唱中無防備になってしまうので詠唱している最中は誰かに守ってもらう必要がある。
威力が強い魔法ほど詠唱時間が長くなり、その分人手を守るために取られてしまう。
だが今回はウオッカでも誰にも守られず呪文を詠唱することができる。
「ウーロンさん、攻撃に使う魔法は何にすればいいですかね?」
「後の事は考えなくていいです。魔力切れを起こしても構いませんのでとにかく一番強力な魔法をお願いします」
「……いいんですか?
僕が使える一番強力な魔法だと、広範囲魔法になって結構周囲にまで被害が及ぶことになりますけど?」
「構いません。それぐらいの威力は必要でしょうから」
そう、わざわざダージンさんは駆けつけられるのを止めて、最大出力の準備をしてから来て欲しいと言ってきたのだ。
つまりそれだけの強敵がこの先にいるという事。
「わかりました。では僕の持てる最大の魔法を使用します」
ウオッカはそう言い、目をつぶり呪文を詠唱し始める。
「ミントさんは援護魔法の準備を、聞いた通りウオッカの魔法は広範囲です。
おそらく敵の近くにいるダージンさんとペッパーもその範囲にいると思うので、すぐに二人が離れられるように二人の援護をしてあげて下さい」
「わかりました」
ミントは自身の速さが増す【俊敏】の援護魔法をかけ、それから二人に掛けるため援護魔法を準備する。
「腕が鳴るな」
ブランは背負っていた鎚を手に持ち、気合を込めるように握りしめる。
そうして一分ほど時間がかかったウオッカの詠唱が終わり、私達の準備は整った。
待たせましたね、ダージンさんペッパー。
今から反撃の時間ですよ。
「それでは遅れた分の謝罪を込めて主賓にご挨拶を」
私の合図で背後にいたウオッカが上空に向け魔法を発動させる。
「上級広域攻撃魔法【雷雲酸雨】」
その言葉と共に部屋の上空に黒い雷雲が生まれ部屋を覆うように広がっていく。
「雷か」
帯電しているせいで時々光を発する雷雲を見て、すぐさまそこから何が起きるか理解したのだろう。
鬼は持っていた鉄の棍棒を地面に突き差し、その場から距離をとろうとする。
雷の魔法が来ると判断し鉄の棍棒を避雷針にして避けようとした判断は正しい。だがウオッカが時間をかけて詠唱した魔法がただ雷を降らせるだけの甘い物のはずがない。
一方鬼が距離をとろうとしたのを見たミントは、すぐさま片膝をついているダージンさんに近づき同じように【俊敏】をかけ、すぐに次のペッパーの元に向かう。
ダージンさんは次に何が起こるか理解し残った体力を振り絞りこちらに避難するが、ペッパーの方はいまいち理解が及ばないのか反応が鈍く、ミントが襟首を掴み力づくでこちらまで避難させる。
二人が無事こちらまで避難できたと同時に、ウオッカの魔法が本格的に発動した。
雷が落ちるより前に、ポツポツと雨が降り始めたと思ったら次瞬間には視界を失うような豪雨に変わる。
肌に痛いほどの勢いで降る雨は距離をとろうとする動きを阻害させ、さらには、
「クッソ、いてぇなチクショウが」
雨水は肌を溶かし出す。
酸の雨は身動きが取れなくなった鬼の体を容赦なく傷つけていく。
そこに満を持して雷雲から目が眩むような光と共に、雷が辺り一帯を襲いだす。
避雷針にした鉄の棍棒に多くの雷が集中するが、広範囲に堕ちる雷はそれ以外の場所にも容赦なく落ちていき、鬼の体にも直撃する。
「ハァ、ハァ、濡れた体に雷はよく効くでしょうね」
上級魔法を使った事で魔力を大量に失ったウオッカが、息を切らせながら満足気にそう言う。
彼の視線の先には雷の直撃を受け、肌が焼け爛れ、体のあちらこちらから白い煙を立ち昇らせている鬼の姿があった。
だがそんな姿になりながらも、まだ鬼は倒れていない。
「ブラン追撃するぞ」
「おうよ!」
「ミント援護魔法を」
「はい、【俊敏】【対電撃】【筋力増加】」
すぐさま三つの援護魔法をかけてもらい、私とブランは鬼に接近する。
魔法はもう止まり雷は降ってはいないが、それでも濡れた地面には堕ちた雷の影響で電気が残っており【対電撃】がなければ感電していた恐れがある。
「ウォォォォ!!!」
ブラウンが掛け声と共に援護魔法でました腕力を十二分に生かした、鎚の一撃を鬼の腹に深くめり込ませる。
「ぐふっ」
鬼の口から勢いよく血がこぼれ、その足元がふらつく。
「もう一丁!」
上半身を相手に背中が見えるほど捻り、先程よりも力を増した攻撃を再び腹へとお見舞いする。
それに合わせ、私も【鉄身】の加護で鉄のように硬くなった拳を脇腹へ叩き付ける。
ミッシ、という音が脇腹から聞こえる。
肋骨にヒビを入れた感触を感じる。
鉄拳、岩をも砕く拳をまともに受け足元がふらついていた鬼はついに膝が落ちる。
今だ。
膝をついた鬼を仕留めるべく拳を振りかぶったる。
相手はすでに死に体に近いはず。
これで終わらす。
気合を拳に込め振り抜こうとしたとき、膝をついている鬼と目が合う。
その瞬間、仕留めようと足を踏み出そうとした意識に反して、体がかってに後ろに飛び下がり鬼と距離をとっていた。
背中に嫌な汗が流れる。
心臓が早鐘のように鼓動して、平常心を保てず【鉄身】の加護が切れる。
「どうしたウーロン?」
突然後ろに飛び下がった私を見て、追撃しようとしていたブランを思わず振り返り鬼から目を離してしまう。
そしてその一瞬が命取りとなる。
グッチュ、という肉が潰れる音と共にブランの胸に大きな穴が空く。
「油断してるつもりはなかったんだが、どっかで気が緩んでたか。
まさかここまで傷を負うとはな」
先程まで片膝をついてはずの鬼の片腕がブランの胸を貫通し心臓を握り潰す。
いまだに足元はふらつき、全身から火傷の煙を上げ、体中いたるとろころから血を流しているのに、それでも鬼は立ち上がる。
ブランの胸から手を抜きとり握っていた心臓を地面に投げ捨て、口からこぼれた血を拭い、視線をこちらに向ける。
その目は先程とまったく変わっていない。
絶対的上位者、獲物を狩る側の目。
「いい挨拶だった。
お詫びだ、精一杯もてなしてやるよ」
私とダージンの会話に合わせるように鬼が告げる。
どうやら私達はしばらく鬼と戦闘継続しなければならないようだ。
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