集団戦 幻の力
ペッパー視点
「ウルラァァ!!」
雄叫びと共にペッパーは拳を握り、鬼を取り囲んでいるダージンさんの幻の影から隙をつくように戦いに参加する。
鬼に自身の剣を弾き飛ばされたため、現在唯一の戦闘手段とも言える素手で戦いに臨む。
握りしめた拳の皮は薄く、たとえ拳が体に当たったとしても対したダメージは与えられないだろう。
一応腰には予備の短剣などがあるが、先ほどの戦いを見る限り役に立つとは思えない。それならばまだ骨を折る覚悟で【血気盛ん】のスキルで強化された状態の肉体で戦いを挑んだ方がマシなのだ。
骨が砕ける覚悟で拳を顔面めがけて殴りかかるが、鬼は首を軽く傾げるだけで避け、変わりに大振りに振るったため隙ができた自身の体めがけて鉄の棍棒を振るってくる。
「まったく、無茶をしますね」
振るわれた鉄の棍棒は俺に当たることなく。背後に来ていたダージンさんが襟首を掴み引っ張ってくれることで回避する。
「血の気が多い子は本当に直情的ね。
熱烈なそんな行動も素敵だけど、たまには別のアプローチも必要よペッパー君」
そんな冗談交じりの言葉でダージンが注意してくる。
さっきのキスの件も合わせて、恥ずかしくて顔を真っ赤にしてぶっきらぼうに反論してしまう。
「うるせぇ、上から目線で説教すんな!」
「あら?これはあなたより多くの事を経験している私からの助言よ。
男の子なら女性からの言葉を素直に聞いておくべきだとお姉さんは思うわ」
確かにダージンは、戦いの経験にしても人生の経験にしても自分よりもはるかに大人なのだろう。
「それにペッパー君、助けられたのにお礼も言えないのは子供と一緒よ」
「クソ、……助けてくれてありがとう」
「はい、よくできました」
小さく感謝の言葉を述べると、ダージンさんは満足したようにうなずく。
またも鬼から距離を取った俺達に、鬼は追撃するでもなくこちら出方を窺う。それを見てダージンさんは魔力温存のために一端鬼を囲んでいた幻を消す。
「どうした幻見せる魔力が無くなったか?」
「クスス、さてどうでしょう?」
笑みを浮かべ鬼の質問をはぐらかすダージンさんは、相手にとっては本当に嫌な相手だと思う。
「それで、どうやってそいつを戦線に復帰させた?
【鬼圧】で完全に戦意を折ったと思ったんだがな」
鬼が俺の方を指差しながら聞いてくる
確かに先程まで俺のスキル【血気盛ん】も戦意も完全に折られていた。
だがいまはどちらも復活している。
幻と戦ってこちらの様子を見ていなかった鬼にはわからないだろう。
俺としてもキスで復活したなんて言わないけどな!
「クスス、ペッパー君はまだ若い男の子ですもの。折れやすいと同時に立ち直りやすくもあるんですよ」
ダージンさんがそれらしい言葉を口にする。
「質問の答えになって無いな」
その通りだ。
だが俺の名誉のためにも答えるつもりはない!
だからダージンさん、横目でこちらを楽しそうにチラチラ見ないで下さい。
まともに答える気がないと判断したのだろう。鉄の棍棒を肩に担いだ鬼が心底わからないと言った表情で新たな質問を投げかけてくる。
「それで、その立ち直った男が一人増えたことに意味があるのかい?」
あるに決まっているだろう!
確かに先ほどまでの不様な姿を見ればそんな気持ちになるのかもしれない。
だがさっきと今では状況が変わっている。
「クスス、あら知りませんでしたか。
あなたみたいな強い相手と戦うときには大事なこと、『数は力』ですわ」
「そうかい、ならそいつ一人が増えた事で何が変わるか証明してみろよ」
「もちろんですわ」「証明してやるよ!」
再び現れたダージンさんの六人の幻をと共に俺は鬼に向かって駆け出す。
鬼との戦いが再び始まる。
◆◆◆◇◇◇◆◆◆◇◇◇
大広間
「くっくっくっ、まさかキスで戦線に復帰するとはね」
戦線離脱かと思われた男を復帰させた方法に思わず笑いが出てしまう。
「イヤな方法なの!」
「まったくですね」
メーサやムースといった女性陣には、あの復帰方法はどうやらお気に召さなかったようだ。
だがおかげでスキルの発動条件や解除方法については色々と知ることができた。
「さてさてこれからどうなるかな?
ヤーさんの初撃を防ぎきり、なおかつ反撃までしてきてなおかつ力の差がわかっていてもあきらめない人達みたいだからね。
さすがにヤーさんも苦戦するかな」
見下すことはせず、認める所は認めないといけない。
彼等はヤーさんのあの初撃で誰一人掛けなかった事、反撃してきた事、そして今なおヤーさんと戦い続けている事、それらの事から決して侮ってはいけないと心に刻む。
モニターでは六人のダージンを妖塵棒でうち払われながらも妖塵棒が振るわれた隙を狙い、ペッパーが拳を当てようと奮闘している姿が映し出されていた。
命の危機を経験したからか、ペッパーの動きが前よりもよくなっている。まぁそれでも力の差は歴然なのだが。
「力勝負だと負けるとは微塵も思わないけど、こういう幻覚系が得意な相手がいるとちょっとヤードには分が悪いな?」
「そうでござるな。某もヤード殿が負けるとは思いませんが苦戦は免れないと思うでござる。
主殿、他の仲間が駆けつけてくる前に仕留めるために、ここは某が援護に行くべきでは?」
確かにスーさんが援護に行けば、嗅覚を利用し幻に騙されることなく戦うことができるだろう。
だが、ここでスーさんを援護に行かせるわけにはいかない。
「まだ駄目だよ。こっちはまだ手札を見せるべきじゃない」
すでにこちらはダンジョン最強の手札を切っているのだ。まだ相手の手札も碌に見ない状況で新たにこちらの手札を切るわけにはいかない。
「それに大丈夫。
ヤーさんなら何とかしてくれるよ」
そう「勝つことと、生き残る事のは違う」と言ったときに、ヤーさんはわかったと言った、その上で俺に楽しみに見ておけといったのだ。
モニターに映るヤーさんは、幻に翻弄されながらも口元には凶悪な笑みが浮かんでいる。
あの笑みが浮かんでいる限り心配することなど何もないのだ。
◆◆◆◇◇◇◆◆◆◇◇◇
ヤード視点
(今まで戦ってきた幻の中で断トツの面倒臭さだな)
幻の一体一体に本物と同じような気配があるため、攻撃の動作をされるたびについ体が反応してしまう。
まただ、幻に騙されて妖塵棒を振ってしまい、その隙を狙いペッパーが殴りかかってくる。
(そろそろ飽きてきたな)
同じような攻撃方法。
ダージンという女を警戒して、避けた後軽い追撃だけで済ませてきたがさすがにこれ以上時間をかけるわけにはいかない。
殴りかかってきたペッパーの拳に合わせて、自身の右拳を顔面にカウンターで御見舞いする。
グッシュ、顔に当たった拳は顔面の骨を砕き、肉を潰す感触が確かに感じた。
(これでまたリタイアだな)
やはり雑魚は雑魚かと思い、今度は周りにいる幻を妖塵棒で振り払おうとしたとき、殴ったはずの手に違和感を感じた。
先程まで確かに感じていた骨を砕き肉を潰す感触、だが何かがおかしい。
疑問が一瞬だけ体を鈍らす。
そしてその一瞬をダージンは狙っていた。
「【幻燈】解除」
その言葉を合図に、目の前に突然拳を振りかぶった無傷のペッパーが現れ、反応できない顔面に拳を叩き付けられた。
ダメージなど与えられないと思っていた拳は、皮膚を破き、骨を折りながらも確かに俺の歯を折り鼻骨を折るダメージを与えた。
◆◆◆◇◇◇◆◆◆◇◇◇
ダージン視点
(上手く行ったわね)
ペッパーが鬼に一撃くらわした姿を見て思わず安堵の息が漏れると同時に、それまで鬼を囲んでいた幻は消えていく。
六人の気配ある幻【幻人】、そしてペッパーと同じ姿をした幻【鏡人】、その上本物のペッパーの姿を隠すために周囲と同化する幻【幻燈】、そしてあと一つスキルを発動させていた。
合計4つのスキルを同時に発動させていたため、ダージンの魔力はもうほとんど残っておらず、後一、二分もすれば鬼が何もせずとも幻は全て解けていただろう。
ダージンが安堵し、鬼を殴ったペッパーが素早く距離を取った所で、口とはなから血を流した鬼がこちらを忌々しそうに睨んでくる。
「クソが、まさかあれも幻とはな」
「【鏡人】はなかなかリアルな幻ですからね」
「確かにな、骨を折った感触や肉を抉った感触はリアルだった。だが少しの違和感、手に感じるはずの血の粘りつくような感触がなかった事が、俺の動きを鈍らせた」
「幻ですからね。血までは再現できません」
だがそのおかげで一撃を喰らわすだけの隙ができたのだ。
「それで次はどうするんだ?
見た所幻はもう作れないようだが」
「えぇ、もう魔力がほとんどないので幻は作れないでしょうね」
「なら大人しく降参するか?」
幻を作れない今の私など一般人程度の戦闘力しかないし、私のサポートなしではペッパー君もあの鬼に歯が立たないだろう。
(ですが、私はやるべき事をやり遂げましたわ)
美しい笑みを浮かべ、残り少ない魔力を振り絞って発動していた最後のスキルを解除する。
「【幻聴】解除」
その言葉を合図に部屋全体に掛けられていたスキルが解除され、今まで聞こえなかった音が入ってくる。
「よく持たせてくれました。もう大丈夫ですよ」
近づいてくる仲間の足音を隠してきた事により、ヤードに気づかれることなくドリンクの第一隊は救援に駆けつけることに成功した。
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神の信者来訪編の「千客万来」「悪客来訪」「狂信者」の三話を改訂しました。三話とも1000文字ほど文章が増えています。
今月もおそらく不定期更新になると思いますが、早めに継ぐ気を書いていきたいと思いますのでよろしくお願いします。