集団戦 手札増やし
ウーロン視点
「ペッパーの奴突っ走って、一人で大丈夫ですかね?」
「大丈夫では無いでしょうね」
横を走るブランが心配そうな顔で聞いてきたので、私は率直にそう告げる。
現在私達は一人突っ走ったペッパーを追いかけるために、急いで通路の出口へと足を進めていた。
「あぁ、やっぱりそうですか」
ブランも予想はしていたのでしょう。
私も同じ考えだとわかり、その心配そうな顔をさらに色濃くさせる。
お節介焼きで面倒見がいいブランは、スキルのせいでしかたなくドリンク隊に入隊することになったペッパーの事を何かと気にかけていた。
彼に戦い方の基礎を教えたのも確かブランのはずだ。
だからこそよくわかっているのだろう、彼がどれくらいの実力であるかという事を。
「確かに戦い方をまったく知らなかった彼も、入隊してからの訓練で一通りの戦い方を覚えました。
ですがそれはあくまで戦い方であって、実際の命を懸けた戦いの中ではそれは基礎の基礎でしかありません」
「一応近隣に出る魔獣退治なんかには連れて行ったが……、あいつが向かった先にいる奴に比べたら天と地ほどの差があるだろうな」
実戦での魔獣と戦った事もあり、それが自信になることもある。
だがその自信は積み重ねなければ酷く脆いものだ。
野菜の皮むきができるからと言って料理ができるわけでは無い。
字が書けるからと言って小説を書けるというわけでは無い。
剣を振るえるからと言って達人というわけでは無い。
出来てからの積み重ねがあって、はじめてそれは身に付き、役に立ち、結果が出るのだ。
今のペッパーでは、戦うことはできても殺し合いに生き残ることはできないだろう。
「せめて相手の実力を見て逃げるという判断をしてくれるといいのだがな」
「それも無理でしょう。たとえ【血気盛ん】が発動していなかったとしても今の彼に逃げるという発想はできないでしょうね」
下手に戦い方を覚えたせいで、本能が逃げろと警告しても警告を無視して無謀な戦いを挑んでいる公算の方が高い。
「彼がもし先ほど奇襲を仕掛けた敵と戦っていたら、まず間違いなく彼の命は無いでしょうね」
あれほどの奇襲ができる敵だ、間違ってもペッパー程度の実力で勝てる相手では無い。
「そうですね。ならもっと急ぎますか、あんな血気盛んな奴でも大切な仲間ですからね」
「その通りです」
ブランの言葉で、ウーロン達の進む速度が上がる。
前方いまだ出口の見えない通路の先に目を向けながら、これから向かう先で起きているであろうことを予想する。
「まぁ、一人で戦っていたら命は無いは確実でしょう。
ですが、もう一人いればペッパーもなんとか生き延びることはできるでしょうね」
ウーロンの周りにはブランの他に2人の仲間がいる。
7人の第一隊でホウジーは伝令のためいなく、ペッパーは一人先走ったためいない、では残る一人は?
「彼女は足が速いですからね、もう追い付いている頃でしょう」
◆◆◆◇◇◇◆◆◆◇◇◇
ヤード視点
目の前にいる男を殺すため妖塵棒を振り下ろした。
棒立ちの男の頭にまっすぐ吸い込まれるように迫る妖塵棒。
避けることなどできない、確実に男を仕留められるそう思ったとき、不意に側面から声をかけられる。
「クスス、仕留めたと思うのは少し早いんじゃないですか?」
不意に掛けられた声に、妖塵棒を振り下ろす手を止めることなく視線だけ素早くそちらに向ける。
そこには先程まで姿形も無かった赤髪の女性が、短刀を構えながらこちらに迫ってきていた。
「脇腹がら空きですよ」
力を込めて妖塵棒を振り下ろしていたせいでできた防御ができない僅かの隙。
進化した肉体の強度なら普通の刃物では一切通さないだろう。
だがもしこの女が隙ができるのを狙っていたとしたら?
この男の弱さも妙に納得がいく。
この男をわざと囮にして俺に隙ができるまで待っていたのだ。
そんな狡猾な思考ができる奴が普通の刃物で攻撃してくるか?
答えは、否だ。
そこまで考えられる奴が最後にそんなミスをするはずがない。
だとしたらこのままあの攻撃を受けるわけにはいかない。
男を殺していたのでは間に合わない。
あと男の頭まで数センチまで迫っていた妖塵棒の軌道を筋肉に無理をさせ、無理やり縦振りの軌道を横振りの軌道に変える。
無理やり軌道を変えた負荷から、ミチミチと筋肉の斬れる嫌な音が聞こえてくるがそれを無視して、雄叫びを上げながら側面の女に向かって妖塵棒を振るう。
「グォウラー!!」
おかげで脇腹に短刀が突き刺さるより前に、妖塵棒の方が早く相手に当てることができた。
だが、それは失策だった。
(手応えがねぇだと)
相手に当たったはずの妖塵棒からは、当たった手応えがまったく無かった。
それどころか、当てたはずの女の姿は蜃気楼のように揺らめくとその場から消えてしまう。
「チッ、幻か」
「クスス、その通りよ鬼の人」
再びかけられた女性の声は、自分の間合いの外から。
すぐさまそちらに視線を向ければ、そこには上手く行ったと得意げな顔の女性が立っており、その足元には殺し損ねた男が座りこんでいた。
「クスス、上手く行って良かったわ。
私の幻効かない人もいるから心配してたのよね」
「昔からガチンコでやって来たからな、こういう細工は苦手なんだよ」
「あらそうなの?それは良い事聞いたわ」
そう昔からこういう間接的な攻撃に弱かったのだ。
「でもいいのかしら?そんなこと私達に教えて?」
「かまやしないさ」
そう別に知られたって構わない事だ。
弱かったし、苦手だったが勝てないわけでは無かったのだから。
「それで次はどんな手で来るんだ?」
「そうねぇ、仲間が来るまで時間稼ぎかしら?」
女性がそう言った瞬間、その姿が6人に増える。
「だろうな。
こういう幻系の技を使うやつは大抵攻撃力が弱い。
俺に致命傷を与えられないならできるのは、それぐらいだろうからな」
「クスス、そこまでわかっていても私を無視することはできないでしょう?」
「あぁ、お前さんの幻は仲間が来た時さらに厄介になりそうだからな。
仲間が来る前に殺しとくよ」
「クスス、できる者ならどうぞ」
四方から短刀を持って迫りくる女達全てを相手に、俺は妖塵棒を振るう。
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ダージン視点
本当に強いわねあの鬼の人。
自信満々に時間稼ぎをするって言ったけど、このままじゃ無理だわ。
幻の一人が鬼の人が持った鉄の棍棒に当たり霧散する。
すぐさま新しい幻を生み出すが、できたそばからまた一体霧散させられる。
このままでは私の魔力の方が先に尽きてしまう。
そうなる前に一つ手を打たないと。
7人目の私がその場に座り込んでいるペッパーに声をかける。
「クスス、怪我わ無いかしら?」
「え、あ、はい」
「クスス、それはよかったわ。
それでペッパー君、あなたあの鬼の人と戦えるかしら?」
視線を現在私達と戦っている鬼の人の方に向ける。
ペッパー君もつられてそちらを見て、その表情を強張らせ体を震わせる。
この反応は無理ね。
恐怖が植え付けられているわ。
かといってペッパー君にも手を貸してもらわないと、危ないですからね。
ここはちょっと荒っぽいですけどやりますか。
「ペッパー君」
震えながらそれでも鬼の人から目を話せないでいたペッパー君の顔を無理やりこちらに向かせる。
「は、な――」
そうしてこちらを向いた瞬間、唇を合わせて無理やりキスをする。
何が起きたのか分からないペッパー君は驚き体をジタバタさせ離れようとするが、それを無視して逆に体を引き寄せさらに熱烈なキスをする。
一分ほどかしら、キスをしてから唇を離す。
ペッパー君の顔は真っ赤に染まりまるで茹蛸みたいになっている。
これなら大丈夫かしら?
「ペッパー君、私を守って」
「任せろ!!」
そこにはもう鬼の人に怯えた姿は無く。
【血気盛ん】が発動したかのようなペッパー君がいた。
…………いや、発動したかのようなでは無く、発動させたのだ。
強制的にスキルを解くこともできると鬼の人は言った。
なら逆も然りだ。
【血気盛ん】は頭に血がのぼった状態。
なら下がった血を無理やり上らせれば無理やり発動させられるのもまた道理だ。
クスス、女性なら誰だって簡単に若い男の子を興奮させることぐらいできますからね。
街のスラムでは女がこの手で無理やりスキルを発動させ怪我を負い、賠償金を請求するという手口の犯罪がある。
さてこれで手札は揃いました。
あとは頑張って皆さんが来るまで時間稼ぎをするとしましょう。
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