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道を踏み外す

 ナティコスは村唯一の教会で神父をしている父と、それを支える母、そんな二人の第一子として生まれた。

 ナティコスが生れた村は田舎と言うほど都会から離れた場所にあるわけでは無かったが、それでも特に目ぼしいものなどがないため、月に3度ほど外から商隊が来る以外は人が訪れることが珍しい土地だった。

 そんな村で神父をしていた父は村人全員から慕われていた。

 誰かが亡くなると葬儀を行い、結婚する時は祝福の言葉を与え、悩みがある時は真摯に聞いてあげていた。

 そして母はそんな父を支えながら、村の子供達に勉強を教えたりしていた。


 そんな素晴らしい両親を小さいころから身近で見ていたからだろう。

 ナティコスは大きくなったら父のように皆から慕われる神父になりたいと思っていた。


 だからだろう、ナティコスは母が村の子供達に勉強を教える時も他の子に負けないように必死に勉強していた。

 毎日日が昇るとともに本を読み、夜遅くまで覚えた事を復習していた。

 父や母からは、そんな小さいうちから勉強しなくてもいいから、もっと村の子達と遊びなさいと言われたが、早く父のようになりたかったナティコスは村の子供たちと遊ぶことはせずずっと勉強を続けてきた。


 そんな風に一人で黙々と勉強を続けて一年が過ぎたとき、彼に弟が生まれた。

 両親は新しく生まれた子供に喜び、村の人達も新しく生まれた村の住人を歓迎した。もちろん勉強ばかりで人とあまり接してなかったナティコスもこの時は素直に新しく生まれた弟を祝福した。


 それから何年たっただろう。

 新しく生まれた弟に両親が面倒をみるのが忙しく、ナティコスと関わる時間が減っていた。

 勉強がだんだんと難しくなっていき、わからない事が増えてきた。

 前は遊ぼうと声をかけてきた村の子供達が、もう誰も声をかけてくる事が無かった。


 そんな環境で勉強していると、なぜか心が無性に寂しくなった。

 そして次にその寂しさを覆い尽くすようなイライラが心を支配するようになる。

 一度イライラが押さえきれず、暴れ出しそうになった。

 もう嫌だ!こんなのは嫌だ!

 そんな気持ちで目の前に合った勉強に使っていた学習本を破り裂こうと握りしめたとき、その手がフッと止まってしまう。

 手が止まったのはこれを破いたあとの事を考えてしまったからだ。


 今勉強を止めたら、一体何が残る。


 そう考えてしまうと、勉強以外何をしていいのかわからない、神父になりたいという夢を捨てきれないナティコスは、学習本を破くのを止め、心をざわめかせながらも勉強を続けた。

 その頃からだった、心がざわめき苛立ってくると、その苛立ちを抑えるために爪を噛むようになったのは……。



 そしてまた数年が経ち、一人黙々と勉強を続けていたナティコスは成人となり、神父になるための試験に挑んだ。

 この試験で、ナティコスは見事一番の成績で合格し、神父見習いとして父の手伝いをしながら経験を積んでいくことになった。



 試験に合格したときは有頂天だった。

 勉強をし続けた事で誰よりも頭がいいという自負がナティコスにはあった。

 だから見習いの状況などすぐに終わり、老いてきた父の後をすぐにでも継ぎ、父の負けないような皆に慕われる立派な神父にすぐなれるのだと思っていた。


 だが現実はそんな風にいかなかった。



 勉強ばかりしていたせいで、他人と上手く会話することができない。

 だから相手とギクシャクした関係になってしまう。

 また相談事をされたときも、自分の知識を大いに披露して解決してあげようとしても理解されずに逆に相手を困らせ、酷い時には怒らせてしまうときもあった。

 父はそんな様子を見て、「もっと相手の気持ちを思って行動してあげなさい」と言ってきたが、それはこっちの気持だった。


 もっと皆私の事を理解してもいいのではないだろうか?

 誰よりも皆のためを思い、もっと役に立ちたい、父のように慕われる神父になるため、皆の役に立つように勉強してきた私をもっと思ってくれてもいいのではないか?



 そんな気持ちは隠していても、うっすらと相手にはわかってしまう。

 特に他人と交流が少なかったナティコスの場合それが顕著に態度に表れていた。

 そのため彼が見習いを始めた最初の頃は、相談や話しかけてきた村人たちももう誰も彼に話しかけなくなっていた。



 その事がまたナティコスの気持ちをイラつかせる。

 毎日教会の掃除をして、祈りを言葉を唱えて、それで終わりだ。

 こんな生活をしたくて神父になろうとしたわけではない!!



 イライラが募りガシガシと爪を噛む。

 この頃になると爪を噛んでも噛んでも落ち着かなくなり、次第に爪はボロボロになり、噛み過ぎた指からは爪がはがれ血が流れ出ることもあった。



 苛立ちが続くある日、不意に気晴らし兼ねて少し散歩しようと教会を出た。

 そしてそこで彼の苛立ちが最大に達する出来事を目撃する。


 今まで彼に相談を持ちかけていた村人たちが、皆笑顔で彼の弟に相談をしていたのだ。

 弟は持ちかけられた相談事をつたないながらも何とか解決しようとしていた。

 そして出た解決策はナティコスにとってはくだらないと切り捨てるような幼稚な策だったが、それでも相談した者は皆一様に喜んでいた。



 欲しかった光景がそこにはあった。



 欲しかった光景が目の前に合ったからだろう、気付けばナティコスは弟を殴りつけていた。


 「なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!」


 狂ったように同じ言葉を繰り返しながら、弟を殴りつける。

 弟は必死に拳から身を守りながら、それでも懸命にナティコスに向かって何かを言ってくる。

 だが、弟の言葉は耳には入ってこない。

 頭の中では先程の光景が焼き付いて離れない。


 欲しく憧れて焦がれていた光景が目の前に合ったのだ。

 それなのにそこに私はいない。


 抑えていた苛立ちがこの瞬間全て出ていた。


 そして弟を殴りつけていたナティコスは騒ぎを聞き付けた村人達により取り押さえられた。

 暴れるナティコスを村人たちは力づくで、殴り、蹴り、身動きができないように縛りあげる。


 それはまるで罪人にする行為のように。


 なんでみんなそんな目で私を見る。

 ヤメロ!

 私をそんな目で見るな!

 私はただお前らの事を思っていただけなのに。



 縛りあげられたナティコスはそのまま教会で軟禁されることになった。

 父と母が何やら話しかけてきていたが、その頃すでにナティコスには誰の言葉も耳には入っていなかった。


 彼に合ったのはなぜこうなったのかという思いだけ、そしてその答えは彼が今まで勉強してきた中には一切答えなど無かった。



 だがそれでもナティコスは答えを求めた。

 考えて、考えて、考えて、考え続ける。

 ずっと考え続けたナティコスはやがて答えを無理やり捻り出す。


 「あぁ…、そうか……、私はもっと他の人に自分を刻まなければいけなかったんだな」


 私の事を知らなかったから、あんな風に軽く扱ったのだろう。

 私の事を知っていれば、理解していればあんな風な事にはならなかっただろう。


 もっと私の事を知ってもらわなければ……。

 もっと私を理解してもらわなければ……。

 もっともっと、体にそして心に忘れられないぐらい私を刻みこまなければ。



 歪んだ思考が、歪んだ解答を導き出す。


 そしてその歪んだ解答をまるで正解だと肯定するかのように愛の神ラブが【愛ある傷に感謝を】と言う加護を与える。


 加護を与えられえたナティコスは嬉しそうに笑うと行動を開始する。


 まずは村にいた全ての物に私を忘れられないように刻みこむのだ。



 それから数刻後血まみれになりながらもナティコスは村人全員に自身の事を刻み込んだ。

 もう村人のなかでまともに動ける者はいない。

 死んでいるものは大勢おり、生きているものも両手両足の腱を斬られ、声が出せないように喉も斬り裂かれている。

 涙を流しながら、助けを求める目を見てナティコスは嬉しくなる。


 ようやく私の事を慕ってくれた。


 そうしてナティコスは次の行動に移る。


 「もっともっと私の事をみんなに刻み込まないとね。

 幸いにも今は神託で告げられたダンジョンってものがあるからね。

 そこにいるクソ化け物どもを殺したら、みんな私の事を知ってくれるかな~。

 ついでにクソ化け物どもを皆殺しに出来るんだから、まさに一石二鳥、さすがは頭の良い私の案だ」


 すでに倫理も理論も捻子くれ曲がった狂信者となったナティコスは尻目つれるな理論でダンジョンに向かって歩き出す。


 そこにたどり着くまでに多くの者に自身を刻みつけながら。


 狂信者ナティコスは世界に混乱を広げていく。

  


最後までお読みいただきありがとうございます。

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