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狂信者

 【狂信者】、そう呼ばれる者が初めて姿を見せたのは、魔族と人間たちが争い人魔戦争の時だった。

 のちに最初の狂信者と呼ばれることになる一人の男により、戦争は混沌を増し、敵味方問わず数多の命が失われることとなった。

 狂信者がいなければ戦争はもっと早く終結し、失うことになった命ももっと少なかっただろうと言われる。

 そんな一人の男の行為を受け、あまねく全ての知恵ある者達に狂信者の名は災厄に近い現象として知られるようになった。

 

 

 

 狂信者と呼ばれる男は戦争に参加するまではどこにでもいる普通の、心穏やかで優しいと慕われていた男だった。

 彼は自分の意志で人魔戦争に参加した訳では無く、彼の住んでいた所を当時治めていた王の命令により出兵させられた一人であった。

 優しい性格のため争いを好まず、それまで喧嘩すらしたことも無かった男が連れて行かれた場所は、血と悲鳴、怒号と剣戟、絶望と喝采が混じり合う混沌とした地獄だった。

 今まで目にした事無い悲惨な光景を見てその場で嘔吐し、すぐに上官に泣きながら帰りたいと訴えたが、そんな言葉を聞きいれられるはずなど無く。いやがる男の手に無理やり武器を持し彼は地獄へと送りこまれた。

 こちらに向かってくる人間とは違った顔つきをした異形の魔族の姿に恐怖を覚え、逃げることもできない男は、目をつむり意味も無い叫びをあげ手に持った槍をがむしゃらに前へと突き出す。

 次の瞬間、突き出した槍に今まで感じた事のない命を奪う感触が伝わり、目を開けると槍の先には目を見開き絶滅する魔族の姿があった。

 見開いた眼を視線があった瞬間男は自分のした意味を理解し、その場に尻持ちをついてしまう。そして男の心に殺したことへの忌避感と自身の命が助かったことへの安堵感の両方が沁み渡っていく。

 そんな合い反する二つの感情をまともに制御する暇もなく、戦場は男に次々と命を奪っていくことを強要していく。

 そうして争いに間ができ、しばらく戦線から離れ休める時になったとき男は自分の命があることに感謝し、一人の神にその感謝の言葉を捧げた。

 

 今まで戦いなどした事無かった自分を生き延びさせたくれたことに感謝を。

 命を奪うという罪深き自分を生き延びさせてくれたことに感謝を。

 生き残るには殺さなければいけないという事実を教えてくれた事感謝を。

 殺せば殺すほど生き残れるという世界の理に感謝を。

 

 優しかった男は地獄の中で、すでに正気が無かったのかもしれない。

 歪んだ精神が生んだ、歪んだ思考。

 だが男のその歪んだ感謝の言葉は確かに届いた。

 

 男が感謝の言葉を送った、死の神タナトスに。

 

 タナトスは感謝の言葉を捧げる男に自身の加護を授けた。

 加護の名は【死者の羽衣(デス・カーテン)】、自身が奪った命の一割が身を守る盾になるというもの。

 

 自分が感謝の祈りを捧げた神から加護を得た男は、涙を流し歓喜しより一層タナトスに感謝の言葉を捧げた。

 そして次の日から、男は前日までの戦いを恐れていた姿が嘘のように、自ら戦いに身を投じ、その槍で次々に魔族を殺していった。

 そこに命を奪う忌避感は無く、加護の力で身を守るため、ただそれだけのために命を奪っていく。

 

 

 

 加護の力を知らない人間から見れば、男は誰よりも前に出て敵と戦い、誰よりも多く敵を倒すまさに頼もしい男で、その敵を葬り去る姿に仲間からは称賛の声があがる。

 だが、そんな仲間からの称賛の声など男には一切届いていなかった。

 

 男に合ったのは殺し命を奪い加護を強化し安全に生き延びる事のみ。

 

 戦いに身を投じ数多くの魔族を殺していたある日、男の前に今まで殺していた魔族とは強さのけたが違う存在が現れた。

 

 「最近、俺達の仲間を殺しまくっているのは君かい?」

 

 笑みを浮かべ穏やかな口調でそう尋ねる魔族。

 だがその表情や口調とは裏腹に、その目は凍てつくような冷たい眼差し。男の存在などものともせず、ただ下等な生物を見るかのようなその眼差しに男は恐怖し体を震わせた。

 ここにいては命が無い。

 魔族の問いに答えることなく、背を向け一目散に逃げ出す。

 

 「質問にはちゃんと答えようよ」

 

 背後からそんな声と共に熱風と衝撃が襲いかかる。その勢いで地面に倒され体中傷つくが今はそんなこと気にしている場合では無い。

 すぐに起き上がり背後を見ずに、その場から離れることだけを考え足を動かす。

 

 「防がれた?まさか今の魔法で殺せないなんて、なかなか強力な加護を持っているようだね。

 これは一度帰ってクラウンに報告した方がいいかな?」

 

 感心したようにそうつぶやく魔族の言葉は男には届かず、追撃が無いのに死の恐怖で増える得た男は、後方にある味方の陣営までたどり着くまで一切足を止めることは無かった。

 

 味方の陣営まで逃げてきた男の怪我を見てその場にいた者が皆一様に驚く。

 これまで【死者の羽衣】のおかげで最近は一切怪我をせず無傷だった男が、今は背中に酷い火傷を負い体のいたる所に傷を負っている酷い状態なのだ。

 怪我を負った男を心配する多くの味方、だがそんな心配する見方の姿など男にとってはどうでもよかった。

 

 男の頭の中は、先ほど襲った死の恐怖で一杯だった。

 

 加護を受けてから始めた感じた死の恐怖だった。

 始めて地獄を見て、始めて魔族を殺すことになったあの嫌な感情が蘇って来る。

 

 

 

 嫌だ!

 死ぬのは嫌だ!

 足りない。

 【死者の羽衣】の強度が足りない。

 命を奪って強くしないと。

 もっと命を…、もっともっと命を…、もっともっともっと命を…、もっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっと…………、

 

 

 

 命を奪わないと死んでしまう。

 

 

 

 そう思い立った瞬間、男は近くにいた味方の首を刎ねた。

 心配して周り来ていた者は突然の出来事に何が起きたのか分からず、茫然と首を刎ねた男と首を無くし血を吹き出す死体を見ている。

 男はそんな茫然としている周りのいた者たちを、何の感情を見せずに淡々と殺していく。

 

 その日その陣営にいた全ての命が男によって奪われることになる。

 生きているものが誰もいなくなった陣営の中、男は一人満足そうに笑う。

 

 

 

 戦争はその後激化の一途を辿ることになった。

 男はその陣営だけではなく、他の多くの味方陣営に足を運びそこにいる全ての命を奪うという事を繰り返す。

 多くの命を奪いさらに強化された【死者の羽衣】を破ることは難しく、無差別に命を奪う男を止めようとして逆に多くのものが殺され、さらに【死者の羽衣】を強化させることになる。

 

 そんな敵からも味方からも多くの命を奪った男は、魔王と上級幹部による極大魔術による攻撃により瀕死の重傷を負い、傷だらけの体でまだ生き延びようとしていた所を仲間だった人間たちの手によって滅多刺しにされ殺されるという最後を迎えることとなった。

 

 

 

 

 

 「今話したのが代表的な狂信者【始まりの混沌(ファーストカオス)】の話だな。

 他にも何人か名前の知られた有名な狂信者がいるが、どいつもこいつもどうしようもないほど頭のネジがぶっ飛んだ逸話を持つ奴らばかりだ」

 

 それは神の熱狂的信者だった。

 過剰な神の加護を与えられた者だった。

 願いのために全てを捨て、魂を捧げた者だった。

 歪んでしまった正義を語る者だった。

 

 さまざまな理由から狂信者と呼ばれる者が生まれ、最悪と災厄を撒き散らす。

 

 「わかりやすく言えば俺達魔族でいう、堕ちた状態の強化版だからな。

 被害もさらに酷いものだよ」

 

 愛の神ラブの狂信者【恋の盲目(ストレート・ラブ)】は国一つを滅ぼした。

 剣の神ブレイドの狂信者【(ゴールド)れず(ソード)がらず】が歩いてきた道には両腕を保ったままの者は誰もいなかった。

 嘆きの神ラドスィの狂信者【血涙(ブラッド・リバー)】の近くでは常に人々の悲嘆の声が鳴りやまなかった。

 

 狂信者に理屈など通用しない。

 彼らには彼等の中で完結した理論で常に行動している。

 

 

 

 「イカレタ奴とはできれば戦いたくねぇな。

 一番いいのは逃げる事なんだがなぁ」

 「残念だけど、逃げるわけにはいかないからね」

 

 モニターを見ると狂信者が体を左右に揺らしながら、確実にダンジョンの奥へと足を進め進んでいる。

 動きだけ見れば酔っ払いの千鳥足のようにも見えるが、体から発する禍々しい気配がそれを打ち消す。

 

 「狂信者っていうのは別名『英雄末期』って言われている。

 あんな動きしていても英雄と名がついているんだ。

 主よ、生半端な戦いをしたら俺達全滅するぞ」

 

 ヤーさんの言葉で大部屋に緊迫した空気が張り詰める。

 言われなくても、モニターであれの姿を見て瞬間からそうなることぐらい想像がついていた。

 それでも俺はみんなの主なのだ。

 座して死を待つつもりなど無い。

 やる事やって、何としてでも生き延びてみせる。

 

 覚悟を決めた顔でみんなの顔を見渡せば、みんなも同じように覚悟を決めた顔で俺の言葉を待つ。

 

 「何かいい策があるかい主?」

 「いいかどうかは別として、やるだけやるよ。

 まだ俺は死ぬつもりはないからね」

 

 そう言って、狂信者についての話を聞きながら考え続た策を実行するため矢継ぎ早にみんなに指示を出していく。

 

 「狂信者との決戦の場所は第三密林エリアにする。

 アラーネア、第三密林エリアにお前の巣を完璧に張り巡らすのにはどれくらいの時間がかかる?」

 「早くて5分ほどじゃな、じゃがアレと戦うのじゃったら万全を期すために糸に強化に強化を重ねる必要があるな。

 15分ほどもらえれば完璧な巣を作って見せますじゃ」

 「かかり過ぎる。なんとか10分で仕上げろ」

 「無茶をおっしゃる、じゃが御意じゃ」

 

 アラーネアにそうは言ったが、おそらく完璧と呼べるまで仕上げるのには時間が足りないだろう。

 

 「メーサ第一密林エリアにいる蛇達を全て第五エリアまで下げさせろ。

 今回下手な小細工は行わない。

 余計な小細工は怪我人を増やすだけだから、全て避難させろ」

 「了解なの」

 

 アレと相対するのは、臣下や進化した者たちのみでおこなうつもりだ。

 

 「クロコディル、第二密林エリアの泥地さらに深く、腰ぐらいまでにしろ」

 「時間が足りないですよ」

 「なら泥地をできる限り酷く荒らしてくれ。

 出来るだけ歩きにくく時間がかかるように、そして少しでも体力を奪うようにしたい」

 「わかりました。

 ですがそうすると、もとの状態に戻すのに時間がかかりますがいいですか?」

 「構わない。あとの事は気にしないでいいから荒らせるだけ荒らせ」

 

 そうあとの事などアレを倒した後に考えればいいのだ。

 

 「スーさん、君達には時間稼ぎを頼みたい」

 「是」

 「はっきり言って相手がアレだから何処まで時間稼ぎができるか分からない。

 だができる限り長く時間を稼いでくれ。

 その稼いだ分だけ俺達が生き延びる可能性が増えていくと思ってくれ」

 「是!!」

 

 そう時間が少しでも必要なのだ。

 アレを倒すには万全に近い形に持って行かないと倒せる可能性が無い。

 

 「ムースは上級回復薬をあるだけ準備しておいてくれ。

 多分今回は命懸けの戦いの連続だ。

 DPの事は考えず、出し惜しみはするな!」

 「かしこまりました」

 

 あるだけの上級回復薬を使っても安心できない。

 あくまで回復薬は怪我に効くだけだ、死んだ場合は意味が無い。

 

 「ヤード仕留めるのはお前になると思う、期待してるよ」

 「任せろ!

 義の文字に掛けて守ってみせる」

 

 そうして指示を出し終えた後に最後に全員に向けて言う。

 

 「いいか絶対に生き延びるぞ!!」

 「「「「 はい(おう)(是)!!!!!! 」」」」

 

 そうだ生き延びてまたみんなで笑い合おうじゃないか。

 

 プロジェクトと開始以来の最大の敵と俺達は相対する。


最後まで読んでいただきありがとうございます。

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