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優しき者

 まずはダンジョンの細い通路で戦う魔獣達を呼びだす。

 

 「『ウインドウルフ』『シャドーウルフ』それぞれ雌雄で3匹ずつ召喚」

 

 これからのことも考え、子供が生まれるようにと雌雄で呼び出す。

 召喚されて出てきたのは翠色の毛並みのウインドウルフと、黒色の毛並みのシャドーウルフ。

 大きさは並みの大型犬よりも大きく、犬には無い鋭い牙と爪をもち、なにより人と生活をするようになった犬には無い、野生の獣だけが持つ獣の本能とも言うべき闘志があふれ出ている。

 

 「主よいいのか?

 無理して属性がある魔狼を呼びだしたりしなくても、普通の魔狼を呼び出すだけでよかったんじゃないのか?」

 「いやここは変に遠慮するよりも、魔狼よりも強い属性を持つ彼等を呼んだ方がいいと思ったんだ。

 狭い通路で戦ってもらうことになるから、一対一ができる力を持ってないといけないし、できるだけ足が速いこたちが必要だったから、そう考えると彼等が一番だよ」

 

 魔狼とは魔獣の狼のことを指し、その中でさらに属性、自然界にある力を身にまとったものを属性付きという。

 ウインドウルフは風の属性を持ち、魔狼の中で一番の速さを持つ。

 シャドーウルフは闇の属性を持ち、気配遮断に優れている。

 

 細い通路での戦闘、ヒット&ウェーを考えるならこの選択が一番だ。

 

 

 

 「次は彼等を指揮する魔族だな。

 眷族使役【狗】を持つ魔族は……っと、コボルト族がDP的に合うかな」

 

 

 名前 :コボルト

 契約P:30~60

 スキル:眷族使役【狗】、爪術、遠吠えetc.

 備考 :仲間意識が強い種族

 

 

 能力的にも問題ないので早速呼び出す。

 万魔事典に手を置きコボルトを呼ぶ、床に光の陣が現れ、光が収まるといつものようにそこにはコボルトの姿が――、

 

 「あれ?」

 

 いない。

 

 光の陣が出現した場所には、誰もいない。

 

 「あれ、もしかして俺失敗した?」

 「いえマスター、光の陣が現れましたので、召喚は成功しているはずです」

 

 そう説明してくれたムースも、呼び出した相手の姿が無いことに首をかしげている。

 光の陣があった辺りを見渡しても、そこにはコボルトの影も形も無い。

 

 一体どうなっているんだ?

 

 誰もいない事に首をかしげた瞬間、ヤードが部屋の片隅に腰に差した愛刀を抜き放ち、怒鳴り声をあげる。

 

 「おい、刃物をこっちに向けるってことは敵意があるって受け取るぞ」

 

 ヤードが声を向けた先を見ると、部屋の隅に槍の穂先をこちらに向けたコボルトが片膝をつきながらも、鋭い目線でこちらを睨んでいる。

 また前みたいに堕ちた者なのか?

 すぐに動けるように足に力を込めながら、隅にいるコボルトの動きを見逃さないように視線をジッと向ける。

 だからだろう、そのコボルトの体に無数の傷があることがわかった。

 幸い致命傷になるような傷はないようだが、あまりにも傷の数が多い。

 そして今しがたつけられたばかりなのだろう、傷口からはいまだに血が流れている。

 

 「怪我をしているみたいだけど、大丈夫なの?」

 

 思わず治療しようかと足を一歩踏み出すが、足を踏み出した瞬間コボルトのみが強張り、それを見たヤードとメーサがすぐに黒の前に立って壁となる。

 

 「主、不用意に近づこうとするな。

 あいつからはまだ敵意を向けられているし、武器も手放していない」

 「マしゅター、キケン離れおくの」

 

 幼い容姿のメーサだが彼女もれっきとした魔族の一人、戦闘姿勢に入っているのか髪である蛇達がゆらゆらと揺れながらシャーシャーと声を上げ、牙を剥くことでコボルトを威嚇する。

 

 そんな俺達の様子を窺いながらも、コボルトは素早く視線を部屋のあちらこちらに向け、現在の状況を確認する。

 

 「……ここは、某は呼ばれたでござるか?」

 

 やけに古臭い言葉使いだな。

 コボルトの低い声を聞きながらそう思っているうちに、ヤードが答える。

 

 「そうだ、お前を俺達の主が呼んだんだ。

 呼ばれる前お前さんが一体どんな状態だったのか知らない。

 ただ一つ言えるのは、こちらからお前さんに危害を加えるつもりはないってことだけだ。

 だからゆっくり、その手に持った武器を下ろしな」

 

 万魔事典で呼ぶとき、呼ばれる相手の都合は一切考慮しない。

 食事中でも、散歩中でも、それこそ誰かを抱いていても、そんなの関係なく呼ばれる時は呼ばれる。

 「それでいいのか?」と聞いたら、「いつでも呼んでくれって覚悟で万魔事典に登録したんだ、いいに決まってるだろう」と返された。

 万魔事典登録の際にその辺も契約に盛り込まれており、呼ばれる時間帯を指定した者は呼ばれる可能性が低い、と聞いていたためすぐにでも戦いたい魔族達はいつでも呼んでいいと契約したそうだ。

 おそらくこのコボルトは、何かと戦っていた時に黒に呼び出されたのだろう。

 

 ヤードの言葉を聞き、しばらくじっとこちらを見ていたコボルトだが、やがてゆっくりと手に持っていた槍を床に置く。

 槍から手が離れ、敵意の方も無くなったのを確認すると、ヤードがこちらを振り返りもう大丈夫だと頷く。

 

 「ムース、俺の部屋に回復薬があるから持って来て」

 「かしこまりました」

 

 色々聞きたいことはあるが、その前にこのコボルトの傷の治療をしなければならない。

 傷負ったものを放置しておくことなどできない。

 コボルトに駆け寄り、すばやく傷の具合を確認する。

 

 「傷を見せてくれ、どこか酷く痛む個所はあるか?」

 「……心配無用でござるよ、これぐらいの傷ならほっといてもすぐに塞がるでござる」

 「塞がるかもしれないが、それは治るのと同義じゃないよね」

 

 回復力が強い魔族ならこんな傷はかすり傷かもしれないし、すぐに傷口は塞がるだろう。だがそれは見かけだけで、体力は失われているし傷口も何かあればすぐに開いてしまう状態だ。

 丁度ムースが回復薬を持ってきたので、コボルトに渡す。

 

 「いいからこれを飲め」

 

 渡された回復薬をすぐには飲まず、疑うように中の液体を確認しふたを開け、臭いを嗅ぐとすぐ本物の回復薬と分かったのだろう、一気に回復薬を飲みきる。

 回復薬の効果なのか、体のあっちこっちにあった切傷はすぐに塞がっていく。

 

 「感謝でござる」

 「いいよ、これも呼び出したことで繋がった何かの縁だからね」

 

 

 

 

 

 それから、黒達は改めてコボルトと向かい合い自己紹介をする。

 

 「改めて、このダンジョンの主の神無月黒です」

 

 そう言った後にヤード、メーサ、ムースが順に自己紹介をしていく。

 各自のあいさつを黙って聞き終えたコボルトは、静かに尋ねる。

 

 「……某はここに住むことになるのでござろうか?」

 「君が嫌じゃなければね」

 

 万魔事典で呼び出した者は、絶対にダンジョンに住んで働かなくてはいけないわけではない。

 DDMとの相性もあるので、呼び出された者からは一方的に帰ることはできないが、DDMからは契約を結ばず帰ってもらうことが出来る。

 そして、このコボルトの現れた時の姿と今の発言を聞く限り、何か訳ありなような気がする。

 そんな状態で働いてもらっても、満足のいく活躍はできないだろう。それならば帰ってもらった方がいいのかもしれない。

 

 「…………嫌ではない。

 むしろここにいた方が某にとっていいのかもしれぬでござる」

 

 そう言い何か考えこんだコボルトは、まっすぐ黒の目を見た後頭を下げる。

 

 「主殿よ呼び出されて早々にですが、一つお願いがあります」

 「……それはこれからここで働くのに必要な事?」

 「是」

 「……わかった。

 叶えられるか分からないけど、まずは君のお願いを教えて」

 

 コボルトは顔をあげるとまっすぐこちらを見て願いを口にする。

 

 「このダンジョンに、某以外のコボルト族を呼ばないで欲しいのでござる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 仲間意識が強い種族と万魔事典に書いてあったコボルト族から出た願いが、仲間を呼ばないで欲しい。

 さすがにこの願いを聞いて黒は驚いてしまう。

 

 「理由を聞いても?」

 「是。

 某は一族を抜けたのでござる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼には弟が一人おり、その弟と二人仲良く小さな村の集落で暮らしていた。

 特にこれといった特徴も無い村だが、仲間意識が強いコボルトが集まってできた村、困ったことがあったらみんなで助け合う、温かみの溢れた村だった。

 日々穏やかに暮らしていた兄弟だが、ある日魔王クラウン様から発表されたプロジェクトが、彼ら兄弟の生活を大きく変えた。

 

 戦うことができると、村のみんなは喜びすぐに村の住人全員が万魔事典に登録した。

 登録した日は祭りでもないのに、村人全員が集まり盛大な宴が開かれるほど活気にあふれていた。

 だがそんな宴の最中、村の住人の一人が堕ちてしまった。

 

 「プロジェクトに呼ばれようと、力を求め過ぎたのでござろう」

 

 酒が入っていて心のタガが緩んでいたことも原因の一つかもしれない。

 だが、原因などこのさいなんだっていいのだ。

 肝心なのは村に堕ちた者が現れたという事。

 

 彼の話では、万魔事典に登録した日に同じような事が他の場所でも起こっていたそうだ。

 

 いくらコボルト族が仲間意識が強くても、堕ちた者をほっとく訳にはいかず、村人総出で堕ちた者を始末したそうだ。

 堕ちた者がいなくなって、これで村も一安心。

 

 ――――――それで話が終わればよかったのだが、そうはいかなかった。

 

 

 

 「弟は……、弟は堕ちた者に魅せられてしまったのです」

 

 堕ちた者が現れた宴の席には当然彼の弟もいた。

 堕ち理性を無くし、つぎつぎに仲間であった村人を傷つけていく堕ちた者の姿を弟は返り血を浴び真っ赤になった顔でただじっと見ていた。

 堕ちたとはいえその力は魔族でも強いと感じ、力に憧れる魔族にとって引き付けられるものがあった。

 

 「堕ちた者を退治した後、じっとその遺体を見ていた弟の目を見て、すぐにわかりました」

 

 その目は堕ちた者の目と似た狂気に似た光が宿り始めていた事に……。

 

 「某は何とか弟が堕ちるのを止めようとしたでござる」

 

 だが力に魅せられ、囚われ、しだいに狂気の光が増していく弟には彼の懸命な説得の言葉は届かなかった。

 

 そして、彼の弟は堕ちた。

 

 

 

 

 

 「先の堕ちた者との戦いで村の者のほとんどは酷く傷ついていましたから、誰もまともに戦えませんでした」

 

 堕ちた弟は村を崩壊させた。

 傷つき動けない仲間を殺し、昨日まで笑いあっていた者を躊躇なく殺し、命乞いをする者に慈悲すら見せず殺していった。

 何とか弟の魔の手から逃げだした数名の村人が近くの村に危機を伝え、集まった他の集落のものたちによって弟は退治された。

 

 「……最後に止めを刺したのは某でござる」

 

 自身も傷つきながら、それでも肉親であるから兄である自分の手で終わらせるべく、血を流しながら手に持った槍で弟の体を貫いた。

 何本の槍に体を貫かれ、動けない弟の心臓を貫いた時ちいさく「ありがとう」と笑いながら言い、そのまま命を引き取った。

 

 弟を殺した後、彼はその場に膝をつき、弟の血で染まった真っ赤な手を握りしめ天に向かって叫んだ。

 自身の無力感と後悔の心は、天に向かって叫んだ所で減る事もなく彼の心を苛み続けた。

 

 そして、傷ついた心をさらに生き残った村人たちが傷つけてきた。

 

 「こうなる前にどうにかできなかったのか」

 「もっと早い段階で殺しておけば」

 「お前も堕ちるのではないか」

 

 傷つき腕を無くした兄貴分的な存在であったものが恨みを叩きつけてくる。

 親しいものを亡くした者たちの嘆きが全て彼に押し付けられる。

 

 これは弟を殺した自身への罰なのかもしれない。

 そう思い彼は何も言い返すことは無かった。

 

 ただこのままここにいればいつまでたっても生き残った村人たちが立ち直ることは無いだろうと思い、罰のつもりで一族から距離を取るために一族を抜けることにした。

 

 「一族を抜けるか……、簡単な覚悟じゃなかったろう」

 「えぇ、某もその覚悟ができるまでずいぶんとかかったでござる。

 ですが、このまま一族に居続けると多分私は堕ちていたと思うでござる」

 

 罪は受け入れるつもりであった。

 罰も受け入れるつもりであった。

 

 仲間を大切に思っているからこそ、仲間から距離を取る。

 だが、その思いは仲間には届かなかった。

 

 「某が一族を抜けた理由が、遠慮なく仲間を殺すためだと思われたようでござる」

 

 あいつは一族を抜けた、これで心おきなく俺達を殺せるんだ。

 弟は堕ちた、ならその兄も堕ちるのではないか?

 短い期間に二回も堕ちた者に襲われ、仲間もだいぶ減った村の住人達は脅迫概念にとらわれており、逆に殺られる前に殺れとばかりに彼に刃物を向けた。

 

 「そうして、追われている所を呼びだされた訳でござるよ」

 

 静かにそう言って彼は話を終える。

 話し終えた部屋には何とも居心地の悪い空気が占める。

 

 

 

 

 

 「お前さんなら、傷つけられずに逆に返り討ちにでもできたんじゃないのか?」

 「できたかもしれません。

 ですが某はできてもやらなかったでしょう。

 一族を抜けたとはいえ、彼等は仲間だったのですから」

 

 (あ~、この人はどうし様も無く優しい人だな)

 

 話を聞き終わり黒は、このコボルトをそう評した。

 傷つかなくてもいいのに、優しさゆえに傷ついてしまった者。

 

 他人から見たら馬鹿だなと思う行為かもしれないが、黒にはその優しさがとても尊い者に感じた。

 だからこそ、彼をこのダンジョンに招くことにした。

 

 「わかった、今後俺のダンジョンには君以外のコボルト族は呼ばない」

 「ありがとうございます」

 

 コボルトは深く頭を下げる。

 

 「そして今日から君の名は【スーラ】だ。

 これからスーラは俺達の仲間になるんだ。よろしく頼むよ」

 

 彼に名前をあげる。

 これは証だ。

 そして頭を下げているスーラの肩に俺は優しく手を置く。

 

 

 

 

 

 伝わるかい?

 仲間のために一人は離れた優しいスーラ。

 今日から俺達が君の仲間だ。

 君にあげた名前が俺達の繋がりの証だ。

 

 

 

 

 

 肩に置いた手に俺は自身の思いを乗せる。

 言葉にすればもっと簡単に伝わるかもしれない。

 でも今は言葉にするよりも、この触れた手から思いを伝えたかった。

 手から伝わるこの温もりが、スーラには必要に思えたからだ。

 

 そしてこの思いはきっと届いたと思う。

 

 

 

 いまだに頭を下げた状態のスーラだが、それはあふれ出る涙を止めることが出来ず、そんな顔を新しい仲間に見せたくなかったから。

 俺も、ヤードも、ムースも、メーサもみんな気付いている。

 でも仲間だから静かにスーラが顔をあげるまで待つことにした。

 

 

 

 

 

 この日ダンジョンに新しい仲間が増えた。

 優しいコボルト、スーラ。

 彼の優しさがきっとダンジョンを良き方向に導いてくれるだろう。


最後まで読んでいただきありがとうございます。

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