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閑話 酒と肴と男と会話

今回少し下品な表現があります

 ヤード視点



 狂信者が来てから数日経ったある日、いつものようにダンジョンに来た侵入者を始末し、そのまま部屋に帰ろうとしていたら、仲間であるスーラに声をかけられた。


 「お勤めご苦労でござるヤード殿」

 「おう、スーラは今から仕事か?」


 ダンジョンに来た侵入者との戦いは、基本は主が決めたローテンションによって行っている。

 最初の頃は、誰もが戦いに飢えていたために一人の侵入者に対して、俺やメーサにスーラ、それにその眷族達といった過剰人数による明らかな過剰殺害(オーバーキル)を行うこともあった。

 さすがにその光景を見た主が、戦いの経験も積めないし、相手の反応もわからないからと言って今のローテンションシステムを作ったのだ。


 「えぇ、ただまぁ今の時間ですと、さすがに侵入者は来ないと思うのござるよ」

 「あ~確かにな。

 ダンジョンにいるせいで忘れがちになっちまうが、外はもう夜か?」

 「まだ夕方でござるが、今までの様子を見るかぎり、この時間からダンジョンに入ってくる輩はいないでござるからな」


 ダンジョンで生活していると、つい外の時間のことを忘れてしまう。

 夜目が効くせいで暗くても心配ない俺達魔族と違い、人間達は夜はあまり行動しない。


 「それは残念だな」

 「まったくでござるよ」


 せっかくの戦えるチャンスなのに、相手が来なければ戦く事もできない。

 以前俺も回ってきたローテンションの時間内に、侵入者が一人も来ずに暇を持て余してしまった事がある。

 それも一つの運だ、嘆いても仕方がない。


 「まぁ侵入者が来る事を期待しつつ、気長に頑張れよ」


 そう言い、背を向け去ろうとすると、


 「あっ、ちょっと待って下さい」

 「うん?」


 少しいつもより慌てた感じでスーラが呼び止める。


 「なんだ?まだ何かあるのか?」

 「えっと、その……」


 自分の意見ははっきり言うスーラには珍しく、口ごもりその後勢いよく口を開く。


 「今日の某のローテンションは、日付が変わる前で終わりでござる。

 それでよろしければ今晩某とさしで飲んでくれは下さらぬか!!」


 そのあまりの勢いに、俺は首を縦に振るしかなかった。






 「しかし珍しいな。

 俺から酒に誘う事はあったが、お前さんから酒を誘ってくるなんて初めてじゃないか?」

 「そうでござるな。いつもは拙者が誘われる側でござるが、たまにはこうして拙者が酒を誘うのもいいではござらぬか」


 真夜中、約束通り俺はスーラと酒を交わし合う。

 一緒に飲むことに関しては何も問題ないのだが、スーラが来るまでの間一人で酒を飲みながら待つのも失礼だと思い、飲まずに我慢していたのは少しつらかった。


 「それにしても、なんで俺の部屋で飲むんだ?

 こういうのは普通誘った側のとこで飲むもんじゃないか?」

 「あ~、そこは少し事情がありまして……」

 「……まぁいいか。

 俺としてはこうして酒が飲めて、肴に話ができる相手がいるなら特に文句は言わねぇよ」

 「感謝するでござるよ。

 さあさあ飲む前から(はなし)で盛り上がるのも何ですから、まずは一杯いきましょう。

 ヤード殿盃を」

 「おっ、すまねぇな注いでもらって。

 ほらお返しに、俺もついてやるよ」


 返杯になみなみと盃に酒を注いでやる。

 少し盃からこぼれたが、それはまぁご愛嬌だ。


 「ありがとうございます。

 それでは……、さて?何に対して乾杯しましょうか?」

 「そんなの何でもいいんだよ。

 もし何も無いのが物哀しいなら、こうして酒が飲める幸せにでいいだろうよ」

 「そうでござるな。

 それでは、酒を飲める幸せに」

 「幸せに」

 「「 乾杯 」」






 そうして乾杯した後に、盃に注がれた酒を一気にあおる。

 くぅ~、五臓六腑に沁み渡るたぁこの事よ。

 酒が体に沁み渡るのを感じつつ、俺はスーラが持ってきた乾き物を口に入れる。


 「おっ!これ旨いな」

 「舌に合ってよかったでござるよ。

 その干し肉、隠し味に梅肉を塗りこんだ某直伝の干し肉でござるよ」

 「ほ~梅肉か。

 確かに普通の干し肉だと塩が効き過ぎるものが多いいが、これはそれこそいい塩梅だな」


 俺は酒の肴には、こういった少し塩気が効いたものがいいと思っている。

 以前主と酒を交わした時は、甘党の主らしく肴が全て甘味だったのには、さすがにうんざりしてしまった。


 「故郷じゃ、干し肉はこうして作ってたのか?」

 「故郷というよりも、拙者の家だけでござるよ。

 塩もなかなか手に入らない貧乏の家でござったから、簡単に手に入る梅の実を塩の代わりに使ってみたら、この通りでござるよ」

 「なるほどな」


 梅の実などどこでも簡単に手に入る。

 魔界では、力の無い魔族達がそれで塩気を補充しているほどだ。

 まぁ大抵は、飢えを我慢できずにまだ熟していない青い実のまま食べ、腹を下す奴らが多いのだが。


 「干し肉を褒めていただけたのも嬉しいですが、拙者としてはこの酒が飲めたことが嬉しいでござるな。

 これは魔界でもなかなか手に入れるのが難しい酒。百年に一度採ることができる千年桜魔の樹液から作られる酒『桜血飛沫』。

 あまりの旨さに、その酒を求めて血で血を洗う争いが起きるという幻の酒を飲めるなんて某感激でござるよ」

 「あ~、感激してるとこ悪いが、こいつは『桜血飛沫』じゃねぇんだわ」

 「なんと!」

 「まぁ同じ千年桜魔の樹液で作られているから間違えるのも仕方ねぇが、こいつは十年物の酒で『桜痕』っていう酒だ」


 十年物とはいえ、この『桜痕』も珍しくなかなか手に入らない酒だ。

 香り、喉越しどれをとっても一級品と言って間違いない。


 「は~、十年物でこの旨さですか。それなら百年物の『桜血飛沫』はどんな旨さでござろうか」

 「さぁな。俺は口にした事がないから味はわからないが、香りだけなら嗅いだ事あるぞ」

 「香りだけ?」

 「さっき言っていただろう。血で血を洗う戦いが起きるって、残念ながらそれは比喩じゃなくてな、実際に起きたんだよ」


 幽鬼種の多くは酒が好きだ。

 旨い酒を得られるなら、どんな事でもして手に入れようとする。

 そんな奴らが極上とされる『桜血飛沫』の話を聞いたら?

 その酒を手に入れようと、争いが起きるのは自明の理ってわけよ。


 「あの頃の俺は加護を得たばかりでな、少し調子乗っててな」


 加護があるのだから、あわよくばあの酒を手に入れられるかも。

 そう思っていた。


 「まぁ実際は、手に入れるどころか生き残れただけ運が良かったってもんだったけどな」


 アレは酷いものだった。

 酒を求めて集まった者達を一匹の鬼が蹂躙していく。

 なぎ倒し、ぶっ飛ばし、地面にめり込ませ、そうしてできた死屍累々の屍の山の上に悠々と腰掛け、手に入れた『桜血飛沫』を旨そうに飲む幽鬼種の頂点【一鬼闘戦】パルワの姿。


 「そん時半死半生で気絶していた俺の鼻にその酒の匂いが飛び込んできたわけよ」


 今まで嗅いだ事のないような極上の酒の匂いに、体の痛みなど忘れ跳ね起き、旨そうに酒を飲んでいるパルワから酒を奪おうと襲いかかった。


 「まぁ半死半生の体が、九死九生の体になったがな」

 「……よく生きてられましたね」

 「言ったろ、運が良かったて。

 つまりだ、香りだけで無茶無理無謀をさせる旨さがあの酒にはあったてことだ」

 「なるほど」






 それからも酒を飲みつつ二人でいろいろの事を語らう。

 故郷であった面白かった出来事。

 各々が体験した武勇伝。

 記憶に残る自分よりも格上の強敵。

 やがて時刻も丑の刻を過ぎ、酒も肴も尽き明日のためにもお開きにしようとすると、慌ててスーラが止める。


 「ま、待って下されヤード殿。まだいいではござらぬか」

 「そうは言ってもな。酒ももう無いからな」

 「酒なら某がとってくるでござるから、もう一緒に少し飲むでござるよ」

 「いや、今日はもうお開きにしようぜ。

 あんまり飲み過ぎると明日の戦闘に差し使えるからな」


 それに飲み過ぎると小言を言ってくるメイドもいるからなと内心でつぶやく。


 「…そうでござるな」


 俺の言葉に、しょんぼりとスーラが納得をする。

 その背中があまりにも小さく萎んでいるため、俺はハァとため息をつく。


 「何そんなにしょぼくれてる。酒を誘ってくれた礼だ、後少しだけ付き合ってやるから、話して気が晴れるなら話せ」


 俺のその言葉に、スーラは項垂れていた頭を上げ救いを求めるような目でこちらを見た後に、ポツポツと理由を話しだした。


 「某と眷族が住んでいる部屋に夜あまりいたくないでござるよ」

 「なんだ、眷族と喧嘩でもしたか?」

 「喧嘩などしてないでござるよ。某と眷族の中は極めて良好。

 ただ……、良好ゆえに少しその…、居ずらいのでござるよ」

 「?なんだそれは?」

 「あ~、何と言えばいいでござるか。

 狂信者との戦いで、眷族は勇敢に戦い戦死したでござろう」

 「あぁ、勇敢に戦った立派な最期だったな」

 「それで何というか、戦いが終わり生き残った眷族も負けてられないと、頑張っているでござるよ」

 「良い事じゃないか」

 「えぇ、強くなるために頑張るそれはよい事でござる。

 ただ、他の部分でも頑張ろうとしてるでござるよ」

 「他の部分?」

 「その……、戦いで刺激されたのか、生存本能を刺激されたのかわからぬでござるが、とにかく子孫を残そうと、夜な夜な眷族達が励んでいるでござるよ」

 「…………」


 スーラのその言葉に、何というか、その何も言えなくなってしまった。

 励んでいるとは、つまりそういう行為のこと言っているのだろう。


 「少し離れた場所で寝ているとはいえ、某の所に夜な夜なその励んでいる息使いや嬌声が聞こえてくるでござるよ。

 恥ずかしながら、某も年相応の雄。その、何といいますか……」


 顔を真っ赤にしてうつむくスーラに、俺は無にも言わず優しく肩を叩いて慰める。

 同じ男だからこそ、その悩みよくわかる。


 「今日は俺の部屋で寝ていけ」

 「感謝するでござる」


 それからしばらく、スーラは俺の部屋で寝泊まりすることになった。


最後までお読みいただきありがとうございます。

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