醜曲線
「おはようございます。お嬢様」
クリスの訪問から一週間が経った。カンタレラの部屋は以前と変わらず白く美しく装飾されている。外は生憎の曇天だ。窓を開けても心地の良い風が吹き込むことはないだろう。
「おはよう、クーシャ」
クーシャの挨拶に答えたカンタレラはベッドからスッと立ち手早く着替えを済ませる。
クリスの訪問の後、カンタレラは身の回りのことをよくするようになった。
「お嬢様、少し大人になりましたか?もしかして、ついに独り立ちを考え出したとか...?」
机に並べられた教科書とノートに向き合うカンタレラがふっと笑う。
「これ以上クーシャに迷惑かけられないからね」
クーシャは手に持ったトレーを落としかけた。紅茶のあげる湯気が揺らめく様から目を逸らし、カンタレラの目を見つめる。
「気づいていらしたんですか...」
「騙してて、ごめんね」
万年筆を適当に置き、カンタレラは椅子から立つ。目には大粒の涙を溜めて今にも泣き出してしまいそうな顔をクーシャの胸に押し付けた。
カンタレラに応えるようにクーシャもカンタレラを抱きしめた。音を立ててトレーとティーカップが床に落ちる。
「目、もう治らないの?」
涙でぐずぐずになった声でカンタレラは聞く。顔に巻かれた包帯をさすりながらクーシャはゆっくり口を開いた。
「神様は御機嫌斜めなようで」
クーシャは、はは、とはにかんで見せた。一瞬顔を上げたカンタレラは消えないクマと、膿の滲んだ包帯を見て声を上げて大泣きする。
「全部、全部あのツギハギのせいなんでしょ?そうだよね!?絶対許さない。殺してやる...!」
カンタレラはクーシャの服を強く握った。机の上で万年筆が転がる音が聞こえる。
「お嬢様、私は平気です。自分で決めたことです。悔いはありませんよ」
クーシャが身を屈めてカンタレラに視線を合わせる。カンタレラの手を握り頭を優しく撫でる。
「最後まで私はお嬢様のそばにいます」
机の際で落ちかけていた万年筆が床に落ちた。
「最後なんて来ないよ。私がどうにかする...!」
クーシャはもう一度カンタレラを強く抱きしめる。クーシャの顔に涙で一筋の線が引かれた。
◇◇◇
「屋敷の裏庭...思ったより荒れてるね...」
「力足らずでここまで手が回りませんでした...申し訳ありません」
手を前で揃えてクーシャは頭を下げた。謝ることじゃないよ、カンタレラの言葉を聞いてもなおクーシャの顔色は変わらない。この場所は屋敷が賑やかだった頃とは変わってしまった。カンタレラの記憶の中では緑美しく、花が咲き乱れていたが今では前が見えないほど背の高い雑草に覆われてしまっている。
「でも、なぜここに来たのですか?しばらく足を運んでいなかったのに急ですね」
「そんなの決まってるでしょ!」
カンタレラは駆け足で納屋に入りなかでなにかを探していた。ガタゴト物音を立てて中から出てくると、両手に庭の手入れ道具を抱えている。
「昔のお庭を取り戻すの!クーシャはお茶でも飲んで見てて!!」
やる気に満ち溢れたカンタレラは早速鎌で草を刈り始めた。体格に似合わない大鎌を二、三往復させると、背の高かった草が一気に小さくなる。その後もザクザクと刈り進め庭の十分の一ほどの草が刈られた。
「腕が...上がらない...」
庭の端で立ったり座ったりを繰り返していたクーシャがへたり込んだカンタレラのもとに駆け寄った。クーシャはカンタレラの手から落ちた鎌を拾うと、カンタレラを片手で抱き自分の元いた場所まで連れて行く。
「あとは任せてください!お嬢様にはあとでもう少し他の作業をお願いします。少々お待ちを」
刈られた植物特有の匂いがクーシャの鼻をすぎる。大鎌を両手で握りしめ大きく振りかぶった。
「ふん!」
振り払われた鎌は風を切りカンタレラが刈っていた範囲を超えるほどに広く草を切り開いた。クーシャはそのまま止まることなく鎌を振り続ける。ものの数分で足の踏み場もないほど生い茂っていた草は跡形もなく消え去り、花壇や噴水が見えた。
「ふう、一通り終わりましたね。お嬢様!綺麗になりましたよ!」
日陰でクーシャの紅茶を飲んでいたカンタレラが駆け足でクーシャの元に向かう。かなりの広さを誇る屋敷の庭を走ると言う行為はカンタレラからすればマラソンに近い。
「すごいよクーシャ!私だけだったら1日かけても終わらなかったかも...!」
少し離れた場所からカンタレラは叫んだ。腕をぶんぶんと大きく振り全力で走ってくるカンタレラにクーシャの頬が緩んだ。それと同時に今までカンタレラにしていた過保護な扱いを思い出し鼻の下がむず痒くなった。
「お嬢様、足元にお気をつけてください。そこに植物の根があり...」
クーシャの言葉が言い終わる前にカンタレラの顔は泥だらけになってしまった。しばらく転んだままの体勢を維持してから脱力してバタンと手足が倒れる。
呆気に取られてフリーズしていたクーシャが駆け足でカンタレラを起き上がらせた。手も足も出さずに顔面からダイブしたカンタレラは泥だらけのワンピースと泣きそうな顔になってしまった。
「お、お嬢様!大丈夫ですか!?」
泥をパッパと払われながらカンタレラは涙声で答えた。
「大丈夫...じゃなぃぃぃ!」
◇◇◇
カンタレラが泣き止むまで2人は木陰で休んでいた。カンタレラの腹から轟音が轟く。庭仕事に夢中で気付けば時刻は午前を終えていた。
「何か食べましょうか。お庭のことはお昼の後にしましょう」
2人は泥のついた手を洗い、カンタレラは綺麗な服に着替えた。
クーシャも自室に戻り少し丈の短いメイド服に着替えようとタンスを開く。ロングスカートでの庭仕事は苦行そのものだったからだ。
「あったあった...」
エプロンを脱ぎ、ワンピースまで脱ぎ肌着姿になった。クーシャの手が背中をゆっくりとなぞる。なぞりできる線は綺麗な流線とは言い難い歪な曲線を描いた。




