純白
純白の薄いカーテンが心地よい夏風に揺れる。外の光が窓から照らす。
「おはようございます、お嬢様。今日はお早いお目覚めですね」
「お嬢様はやめてって言ってるでしょ。カンタレラって呼んで」
白く装飾された扉を開き、メイドのクーシャが紅茶を持ってきた。クーシャはカンタレラを小さい頃から世話している専属のメイド。もはや親よりもカンタレラをよく知っているだろう。
「立場的に呼び捨ては控えさせていただきます。...そんなに拗ねないでください」
紅茶を口に運びながらカンタレラは赤い瞳でクーシャを睨む。
「私ももう17歳だよ?17年も一緒にいる人に敬語を使われるのはなんか気持ち悪いの!」
まあまあとカンタレラを宥めながらクーシャは洋服を用意し始めた。シミひとつない純白のワンピースは病的に白いカンタレラの肌によく映えた。
「お嬢様」
「いいわ、貸して」
ベッドからゆっくり降りて服を着せようとするクーシャからワンピースを奪い取った。
「自分で着る。私に触ったらどうなるか、クーシャが1番よく知ってるでしょ」
クーシャはカンタレラの言葉に黙ってしまう。スカートの裾をギュッと握りしめてクーシャは俯く。
「これ毎日やるの?もうそろそろやめようよ。クーシャも悲しいだけでしょ?」
「私は"これ"をするべきなんです。いつかお嬢様が私をお許しいただけるまで」
窓から少し強い風が吹く。外から何かいい匂いがした。小麦を焼いた香り。パンの香りだ。
「クーシャ!パンだよ!パン屋が来てる!」
興奮した様子でカンタレラは部屋から飛び出そうとした。
「お嬢様!!日傘を忘れないでください!ちょっと、お待ちを!」
裸足で屋敷の中を走るカンタレラをクーシャは大慌てで追いかける。
大きな屋敷は異様なほどに静かだ。カンタレラのペタペタと言う足音とクーシャの硬い足音。朝の慌ただしい時間に聞こえるのは二つの音だけ。
「は、はあ、やっと追いつきました...ひ、日傘を...」
これでもかと息を切らしてクーシャはカンタレラに日傘を手渡す。日傘を受け取ったカンタレラは靴の踵を踏み潰して外に走っていった。
「ちょ、まって...!」
またもや鬼ごっこが始まりクーシャはスカートたくし上げカンタレラを追う。
◇◇◇
「はいどーぞ!焼き立てだよ!」
パン屋の溌剌とした声が聞こえる。カンタレラは目を輝かせて屋台に向かって走った。
「あ、また来た。毒娘」
「ほんとじゃない。帰りましょ。何されるかわからないわ」
カンタレラに聞こえるほどの声で話す婦人達はカンタレラを見てすぐに帰っていった。
"毒娘" カンタレラは街ではそう呼ばれている。
「黙らせましょうか?」
さっきまで息を切らしていたクーシャが太腿に隠し持っていた短剣を抜きカンタレラに囁いた。
いいよ、少し俯き、寂しさを覗かせる声がクーシャの胸に刺さった。
「もう慣れてるし、それより!パン!」
陰鬱な気分を払拭するようにカンタレラは屋台に向かう。
「おはよ!カンちゃん!相変わらずひどいな街の奴らは、あんなの気にすんなよ?」
パン屋の店主、ザンディアは明るくカンタレラに接する。クーシャと同じく長い付き合いだ。
「今日はどれにする?新商品もあるんだぞ!」
「新商品!?どれ!見せて!」
明るくなったカンタレラの声を聞きザンディアは自慢げに青いペーストの掛かったカップケーキをカンタレラの前に置いた。光が反射してキラキラと輝くカップケーキからカンタレラは目を離せなかった。
「これ!クーシャ!これ買って!」
目を輝かせるカンタレラを見てクーシャは迷わずカップケーキの代金を支払おうと財布を取り出す。
「お!気に入ったかい?特別にちょっとおまけしてあげるぞ!」
「毎度ありがとうございます。代金です。受け取ってください」
クーシャが銀貨を数枚手渡し煌めくカップケーキがカンタレラに手渡された。ザンディアはカンタレラを恐れない。他の客と態度を一切変えずに接するのだ。
「食べていい!?」
ヨダレがたれる寸前のカンタレラにクーシャとザンディアは優しく微笑んだ。
◇◇◇
木で造られたベンチに腰掛けカップケーキを頬張るカンタレラをよそにクーシャとザンディアは屋台で話をしていた。
「あの子の症状でなんか変わったことはあったか?ちょっとはマシになったりしてないか?」
「私もそう願いたい。でも正直わからないんだ。お嬢の呪いはおそらく悪化してる。しかしお嬢はそれを分かってない」
ザンディアは顎に手を当てて首を傾げた。燦々と照らす太陽を屋台が屋根で遮る。日陰には涼しげな風が吹き抜けた。
「つまりどう言うことだ?」
「あの子の呪いは限界に近いと思う。あの子の背はもう限界がないほどに歪んでいる。だが、お嬢は気づいてない」
「なんでだよ...?実際見てないからなんとも言えないがお前がそこまで言うなんて相当なのは間違いなさそうだな」
クーシャはザンディアから目を逸らす。目線の先には小さな口で二つ目のカップケーキに口をつけるカンタレラがいる。
「"あの雪のように白く、快いほど甘美な粉薬"、カンタレラはそう表された。あの子の心は、白く甘美に生き続ける。体を置いてな」




