40話 王都へ
「お帰りなさいませ。あなた、ミハイル。」
「お帰りなさいませ、お義父様、ミハイル様」
夕方に戻ってきたバルケル伯爵とミハイルを出迎えるのは妻のマリエッタとアルメリアと使用人たちである。そこにはフレデリックの姿はない。
「アルメリア、今すぐ書斎に来なさい。」
バルケル伯爵は、アルメリアを引き連れて書斎へと消えた。
リウは、その後を追おうとしたが、護衛騎士に止められて、結局なにもできず、自分の部屋として使っている客室へと戻った。
客室にいる間も、相変わらず護衛騎士の監視が強く、自由に行動できないでいる。
「アルメリア、魔物の様子はどうだった?」
「血を五本も抜かれた後は、ぐったりとして動くことができず、本当に死んでしまうかもしれないと思いました。三本のときよりも状態はひどかったです。」
「それで、回復したのか?」
「はい。滋養効果の高いものを食べさせたら、なんとか持ち直し、四日ほどで平常に戻りました。」
「そうか・・・、五本でも死なないのだな・・・ふふふっ」
バルケル伯爵の笑い声が、何とも言えず、気持ち悪い。
「ですが、あんなことを繰り返していたら、本当にミウさんは死んでしまいます。」
「それがな、死なない方法を思いついたのだ。」
「死なない方法?」
バルケル伯爵が言うと、どんなことでも、嫌な予感がする。
「陛下にお願いして家を一軒借りることになった。そこに魔物を住まわせる。そうすれば、少ない量の血を抜いて毎日お渡しできるだろう?」
お義父様は、ミウさんを血を抜く道具としか考えていない・・・。
王都に住まわせるなんて言ってるけれど、きっと閉じ込めて飼い殺しにするつもりなのだわ。
ニタニタ笑いながら話す義父の顔を見て、アルメリアはぞっとする。
「そこでだな。アルメリア、そなたも一緒に王都に来て欲しい。王都で魔物の世話をするのだ。」
「えっ? 私も行くのですか? ですが、私はフレデリック様のお仕事を手伝うために、こちらに残りたいのですが・・・。」
「それはだめだ。まあ、王都に住むと言っても、わずか二ケ月程度のことだ。その程度なら、フレデリック一人でも問題ない。」
痛いところを突かれてしまった。
確かにフレデリックは領主としては有能で、仕事をする上で、アルメリアがいなくてもなんら不自由しないはず。
アルメリアの主な仕事は父と息子の橋渡しであり、バルケル伯爵が領地にいなければ、その仕事すら必要なくなるのだ。
「わかりました。そのお仕事、お引き受けいたします。では、私からもお義父様にお願いしたいことがございます。」
「ほう、それは何だね?」
「ミウさんとミハイル様を会せてあげて欲しいのです。」
ミウの願いを叶えてあげたい・・・
その思いでアルメリアはバルケル伯爵に願いを申し出た。
だが、その言葉を聞いたとたん、バルケル伯爵の顔が険しくなった。
「まったく、どいつもこいつも、ミウミウと・・・うるさい、ミハイルとミウを合わせることはしないぞ。」
「ですが、私とミウさんは王都へ行くのですよね。それならば、ミハイル様とご一緒になるのではありませんか?」
バルケル伯爵の紺碧の瞳がギラりと光った。
「ふふん、お前は魔物と一緒の馬車に乗り、出発は一時間ほどずらすことにする。もちろん、旅の途中で止まる宿も別々だ。魔物を王都に連れて行くことを、決してミハイルに悟られないようにしろ。」
「そ、そんな・・・」
ずっと冷たい人だと思っていたが、自分の息子の命の恩人でもあり、血の恩恵を受けているにも関わらず、ただ会いたいという願いさえも聞いてやれないとは・・・。
この人に人間らしい情と言うものを期待する方が無理なのか・・・。
アルメリアの心の中に絶望という二文字が浮かんだ。
「明日の早朝に出発する。お前も旅の支度をするように。」
有無を言わせぬ命令に辟易したが、アルメリアはバルケル伯爵の言うとおりに動くことにした。
自分が断れば、別の誰かをミウの世話役にするかもしれない。その誰かがミウを理解し、優しく世話をしてくれるかなんてわからない。
最悪の場合、魔物を恐れて放置したり、虐待するかもしれないのだ。
フレデリックと夕食が終わり、夫婦の部屋で二人きりなると、アルメリアはバルケル伯爵に言われたことをフレデリックに話した。
「まったく・・・、父には人間の情と言うものが欠けているのだ。父の中に流れているのは、本物の魔物の血かもしれないな。アルメリア、ミウのためにも君が行くのが一番良いと思う。一緒に行って世話をしてやって欲しい。」
「はい。わかりました。今のところ、お義父様はミウさんを殺す気はないようですし、王都での暮らしも、できるだけミウさんが快適になるようにしてあげたいと思います。」
「苦労かけてすまないな。」
しばらくの間、フレデリックと離れ離れになるのは寂しいが、夫から労いの言葉を掛けてもらったことが、アルメリアには嬉しかった。
それからは、アルメリアは二人分の旅の準備にとても忙しく、寝る時間がとれぬままに朝を迎えた。
早朝、バルケル伯爵とリウを見送った後、アルメリアは、事前に用意されていた馬車にミウと一緒に乗り込んだ。
父親の見送りには現れなかったフレデリックが、アルメリアの荷物を運ぶのを手伝い、馬車に乗る際には手を貸してくれた。
「旅の道中、気をつけて行くんだよ。」
フレデリックの優しい言葉に、アルメリアは涙が溢れそうになったが、ぐっと堪えた。
「ええ、気を付けて行ってまいります。」
「ミウも気を付けて・・・」
「うん。」
ミウはいつもと変わらぬ明るい返事をする。
ミウには人間に変身させた上で、モスグリーン色の使用人の服を着せ、目立たぬように茶髪のカツラを被せている。
こうすれば、アルメリアのお世話をする使用人と、一緒に馬車に乗っているように見えるだろう。
馬車は馬のひずめの音を立てて出発した。フレデリックは馬車が見えなくなるまで見送っていた。
馬車に乗り、緊張が解けてどっと疲れが出てきたアルメリアと違って、ミウは、初めて乗る馬車に興味津々のようである。椅子のクッションの柔らかさを確かめたり、窓から見える景色を嬉しそうに眺めていた。
景色を眺めるのに飽きたあたりで、アルメリアに話し掛けてきた。
「アルメリア、王都に着いたら、リウに会えるかな?」
金色の瞳を輝かせてそう言うミウに、アルメリアはなんと答えて良いのか迷った。




