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ミウとリウと曼殊沙華  作者: 矢間カオル


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39話 明るい部屋

国王ジョシュアと王女グレースが話し合って決めた形だけの結婚式であるが、これにはグレースの悲しい思いが込められていた。


グレースは現在二十歳の王女である。王族である彼女には幼いころから婚約者がいた。


相手はグレースよりも三つ年上で、由緒正しいフローレス公爵家の長男アルロヴィッヒ・フローレス、金髪碧眼の見目麗しい令息である。


二人は相性が良く、グレースが十九歳の誕生日を迎えたら結婚する予定だったので、彼女は結婚準備を整えながらその日を待ち望んでいた。


しかし、ウエディングドレスも完成し、後は式を挙げるだけと思っていた矢先にグレースが病で倒れた。


そのため、式を先伸ばすことになったのだが、一向に回復しない病をよくよく調べてみれば、不治の病で余命は一年だと診断される。絶望の中で、グレースは泣く泣く婚約を破棄したのである。


病はさらにひどくなり、目を開けることも話すこともできなくなって余命三カ月と宣告されて間もなく、バルケル伯爵が薬を届けてくれたのである。


薬を飲んで身体が楽になり、もしかしたら病が治ったのかも・・・と期待したが、四日目から、また苦しさがぶり返した。医者は、病の根本となる原因が完治していないのだから、余命は変わらないと言う。


グレースは、まだ話せるうちにと父を呼んだ。


「お父様、私の命は、残り二ケ月ほどでしょう。子どものころから真っ白なウエディングドレスを着て花嫁になることが夢でした。形だけでも良いのです。せっかく作ったウエディングドレス、まだ一度も袖を通しておりません。死ぬ前に最後、あのドレスを着て結婚式を挙げてみたいのです。」

愛する娘の最後の頼みを、国王は涙を流しながら聞いていた。


「わかった。そなたの望む通りにしてやろう。だが、相手はどうするのだ?」


「あの、薬を持ってきてくれた青年にお願いしたいと思います。」


「ああ、それが良い。私も、そなたと同じ思いじゃ。」


かくして、結婚式の新郎役にミハイルが抜擢されたのである。




国王とバルケル伯爵の間で、結婚式に関する細かな取り決めが終わったところで、バルケル伯爵がコホンと一つ咳ばらいをした。


「ミハイル、私は陛下と話がある。席をはずしてくれんか?」

リウは、嫌な予感がしたが、拒否したところで、父が素直に聞くはずがない。

そう思ってバルケル伯爵の命に従い部屋を出た。


「陛下、お時間をとらせてしまい、誠に申し訳ございません。」


「して、話しとは?」


「はい、薬の話でございます。陛下のお話から、あの薬が二本で三日の効力があると分かりました。本日は五本お持ちしましたが、それでも効力は一週間ほどでしょう。私どもは領地と王都の往復に一週間かかり、どんなに急いでも、週に一度しか、薬をお届けできません。もし、王都の中に住まいを構えていただけるのなら、もっと早く確実に薬をお届けできると思うのです。小さな家でかまいません。使用人はこちらで用意しますから、ただ、家が一軒あれば、後は私どもでなんとかいたします。」


「ふむ、それは良いのだが、前回そなたの話では、薬は領地でなければ作れないと申したのではなかったか?」


「はい。そう申し上げましたが、薬の材料をこちらに持ってくれば、与えられた家の中で薬を作り、いち早くお届けできると思います。」


「そうか、グレースの命は残り二ケ月。その間、少しでも楽になれるのなら、そなたの案を受け入れよう。すぐに手配をするから、一週間後、式を挙げた後に、そこに住むと良い。」


ジョシュアとの話が終わり、バルケル伯爵は部屋の外で待っていたリウと合流した後、王の侍従に褒美をもらって宿に帰った。


高額の褒美をもらってほくほく顔のバルケル伯爵と違って、リウの表情は重かった。


「父上、いったい何の話をしていたのです?」

自分に聞かれたくない話が何かと考えれば、それはミウのことではないかと思うのだが、バルケル伯爵はその問いには答えずに、ははっと笑った。


「お前が気にすることではない。何も聞くな。」


「ミウのことではないのですか?」

ミウの名前が出たとたん、バルケル伯爵の目が、獲物を狙う蛇のような目に変わる。


「ミハイル、何度も言うが、お前の行動一つで、アイツの命がなくなるのだ。アイツを生かしたければ、わしの言うことを聞くのだ。わかったな。」


「・・・」

ミウの命を引き合いに出されると、結局リウは、それ以上何も言えなくなってしまった。




一方、バルケル伯爵邸では、ミウは明るい部屋で快適な毎日を送れるようになっていた。


地下牢にいるときは、アルメリアがフレデリックの少年時代の服を着替えに持ってきてくれてはいたが、風呂に入ることはできなかった。せいぜい、濡れたタオルで身体を拭く程度である。


しかし、今は暖かい湯につかって身体を洗うことができ、明るい部屋で暖かい食事をとることができるようになった。


フレデリックは日中仕事で忙しくて会うことはなかったが、アルメリアが話し相手になってくれるので、楽しくおしゃべりをして過ごすことができた。


話す内容は、もっぱら森の生活の話だった。

今までミハイルがどのようにして生きてきたのか、アルメリアには興味津々で、驚き感心しながら聞いていた。


あの見るからにお坊ちゃんだったミハイルが、野性味あふれる暮らしをしていたなんて、想像するだけでも楽しくて笑ってしまう。


「リウはね。イノシシを獲るのが上手いんだよ。でも、一度、大けがをして死にかけたことがあるんだ。」

その話には、アルメリアは冷汗が出て青くなった。

自然の中で暮らすことは、危険と背中合わせなのだと改めて知ることになった。


「リウに会いたい。リウはまだ帰ってこない?」

ミウは何度も、リウのことを聞いてくる。この答えにアルメリアは困った。


「もうすぐ帰って来ますよ。」

と答えることはできても、会える保証はない。

バルケル伯爵が、そう簡単に二人を合わせるとは思えない。


なんとか二人を合わせてあげたいとは思うのだけれど、うかつな判断と行動が、かえってミウを苦しめることになるかもしれない・・・。

そう思うと結局、何も言えないでいた。




夕方になると、仕事を終えたフレデリックが夫婦の部屋に戻ってくる。

ミウは、フレデリックにもリウのことを聞く。


「リウに会いたい。リウはまだ帰ってこない?」


「ミウは、ミハイルのことがそんなに好きなのか?」


「うん。大好きだよ。リウもミウのことが大好きだって言ってる。」


「そうか・・・。」


屈託なく大好きだと言えるミウを羨ましく思い、嫉妬さえ感じてしまうのは、それだけ僕の心がひずんでいるからだろうか・・・。

フレデリックは、ミウの顔を眩しそうな目で見ていた。


だが、平和な時間は長くは続かない。

バルケル伯爵が戻ってくる前に、ミウを地下牢へ戻さなければならない。


フレデリックは、バルケル伯爵が戻ってくる前夜、こっそりと誰にも見られぬようにミウを地下牢に戻した。 


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