38話 グレースの願い
リウとバルケル伯爵が謁見の間でしばらく待っていると、国王ジョシュアが現れた。
歩いている姿も、座っている姿も威厳が感じられ、相変わらず眼光は鋭く、ジョシュアを目の前にすると、自然と体が緊張する。
バルケル伯爵は、身を固くしてお決まりの長い挨拶を述べ出したが、ジョシュアは早く本題に入りたかったようで、途中で挨拶を止めた。
「挨拶はもうよい、そなたの薬の話を聞きたい。」
「しょ、承知いたしました。本日は、前回の倍ほどの薬をお持ちいたしました。ところで、あの・・・、恐れながら申し上げます。王女様のご容態は今どうなっていらっしゃいますか?」
「そなたの薬はよく効いた。飲んでから、会話ができるようになり、身体を起こすこともできるようになった。食欲も増し、このまま治るのではないかと思ったのだが・・・、それは三日間だけのことだった。」
「三日間だけとは?」
「四日目から徐々に身体が弱りだし、五日目には元に戻ってしまった。医者が言うには、病の根本となる原因が完治していないので、治ったように見えるだけで薬が切れたら元に戻るのだそうだ。結局、余命三ヶ月は変わらない。いや、もう二ケ月だったか・・・」
ジョシュアは深いため息をつく。
「グレースは今日も死に向かっている。だが、そなたの薬のお陰で久しぶりに王女と話すことができた。礼を言おう。」
「陛下、二本で三日の効力ならば、本日お持ちしたのは五本です。五本飲めば、一週間、お元気になられるかもしれません。余命二ケ月と申されましても、少しでもお元気で過ごせるならば、この薬は王女様にとって、欠かせないものになるのではないでしょうか。」
「そうか、五本も持ってきてくれたのか。では、グレースに飲ませるとしよう。二人とも来るがよい。」
バルケル伯爵とリウは、前回と同じ病室に案内された。その部屋にはベッドで寝たきりのグレースが、初めて見たときと同じように苦しそうな息をしていた。
「グレースや、またあの若者が薬を持ってきてくれたぞ。」
ジョシュアが話しかけても、グレースは苦しそうにしているだけで、何の反応も示さない。
目を開けることもできず、薬を与える前の状態に戻っていた。
ジョシュアはグレースからリウに視線を移した。
「そなた、ミハイルと言ったかな? そなたが王女に薬を飲ませてやってくれないか。」
「わ、私がですか? 恐れ多くも、私が王女様のお身体に触るなんて、とんでもございません。」
「いや、いいのだ。これは王女の頼みでもある。今度そなたが来たら、そなたの手で薬を飲ませて欲しいと言っておったのだ。」
何故、自分が指名されたのかわからなかったが、王命である以上、リウは引き受けるしかなかった。
「失礼します」と看護師に手伝ってもらいながらグレースの半身を抱き起し、吸い口に移した薬を少しずつ飲ませた。
一本目を飲ませたらグレースの目が開いた。
二本目を飲ませたら、「ありがとう」と言った。
三本目を飲ませたら指が動いた。
四本目を飲ませたら腕が動き、
五本目は、自分の手で吸い口を持って飲むことができた。
「今日も来てくれてありがとう。おかげで身体が楽になりました。」
リウに向かって、グレースはにっこりとほほ笑んだ。
「お父様、あのお話、進めてくださいませ。」
「ああ、そうだな。そなたの望むようにしよう。」
「伯爵、ここではなんだから、場所を変えたい。ついてまいれ。」
ジョシュアはバルケル伯爵とリウを引き連れて場所を移し、応接室に入ると人払いをした。
「まあ、座りなさい。」
国王が勧めてくれたくれた椅子に二人は座ったが、心の中は緊張していた。
人払いをしてまで、いったい何の話があると言うのか・・・?
「実は、ここだけの話にしてもらいたいのだが・・・、そなたの息子とグレースの結婚式を挙げて欲しいのだ。」
「ななな、なんですと? けけけ、結婚式でございますか?」
バルケル伯爵の驚きようは尋常ではなかったが、ようやく運が回ってきたと、心の中では飛び上がって喜び叫んでいた。
「いや、驚くのも無理はない。つい一週間前に会っただけなのだからな。そなたたちも知っている通り、グレースの余命は二ケ月。もう、残り少なくなってしまった。グレースは、幼いころから、花嫁になることを夢見ていた。死ぬ前にその夢を叶えたいと言ってな・・・。形だけの結婚式で、籍を入れるつもりもない。娘の夢を叶えてやりたい。花嫁衣裳を着せてやりたいのだ。」
最後は一国の王と言うよりも、娘を思う一人の父親の顔であった。
形だけで籍を入れないと聞いて、バルケル伯爵はがっかりしたが、国王の望みを叶えれば、それは恩を売ることになる。
これは、ぜひともミハイルにやらせなければ・・・
「ミハイル、陛下がこうおっしゃっているのだ。お引き受けしなさい。」
リウはたとえ形だけであっても、ミウ以外の女性と結婚式を挙げたくはなかった。しかし、もうすぐ死を迎える王女の気持ちと、子を思う親の気持ちを考えると無下に断ることもできなかった。
「わかりました。形だけの結婚式、お引き受けいたします。」
「おお、そうか。それでは、一週間後に、また薬を持ってきてくれた日に式を挙げよう。ミハイル、恩に着るぞ。」
ジョシュアは、リウを見てほっとした顔を見せた。
バルケル伯爵は、ジョシュアの顔を見て、国王に恩を売ることができたと、ほくそ笑んでいた。




