恋敵
「私は……ダイゴくんの事が――好き。大好き」
アリアの姿、言葉。そして表情を見たミーナ。その瞬間、自分が感じていた"特別"を理解した。
「どんな時でも笑顔でいられて、誰よりもみんなの事を考えてる。たまーに変なところとかもあるし、トウマくんと変な事してる時もあるけど、そんな時の笑顔もすっごく素敵」
ミーナに近づきながら大護の魅力を語るアリア。ミーナへ質問して来た時は真っ赤に染まっていた頬だったが、すでに赤みはなく、やさしい表情を浮かべていた。
「初めて話したのは戦闘訓練だった。凄く緊張しながら話しかけたんだ。でもその緊張を吹き飛ばしてくれるくらい、彼は優しくて、暖かい人だった。……訓練ではすぐに負けて、そのまま保健室に運ばれちゃったんだけどね」
えへへ、と言いながら頬を二、三度掻くアリア。
「対抗戦の時に次は負けないぞって思って挑んだんだけどね、結局魔法二回で負けちゃったなぁ。あの時はまだチキュウの事とかは知らなかったけど、彼は何か特別なんじゃないかって思ってたよ」
またミーナへ少し近づく。
「そしてみんなで行った遠足。……必死に私を守ってくれる姿が……かっこよかったなぁ。ふふっ、こうやって思い返すと、あの時にはもう大好きになってたんだっ」
彼の事を話すアリアの姿はとても眩しく、儚げで――美しかった。
「オニごっこの時は……急にあの男の人と小っちゃい子がでて来てどうなっちゃうのかと思ったし、今もあんまりよく分からないけど……あの人たちにはちょっとだけ感謝してもいるんだ。ダイゴくんの事をもっともっと知れたから。あの人たちが来なかったら、今もまだ話してくれてないかもしれないしさ」
最後にちょっとだけ悪い顔になって、ミーナとの距離を詰める事を止めた。
彼女の話を聞く度に、行動の意味と、自分の本当の気持ちに気が付いていったミーナ。最後は顔を俯かせながら、アリアの話を聞いていたが、突然「やっ」と言いながら軽くチョップを入れてきたアリア。
驚きながらアリアを見ると、満面の笑顔を浮かべるアリアと目が合った。そのままクルリと後ろを向いたアリアは、元の位置へと戻って、再度ミーナの方へ振り向く。
「私がミーナちゃんに近づく為の距離は全部"言った"よ。後は――」
そう言って優しく微笑んだ彼女は、少し目尻に涙を溜めながら――
「――ミーナちゃんのお話を聞かせて」
ミーナへそう促した。
「……今思えば、彼等が転入して来た時から、"特別"が始まってた。私が王族という事を知らない一般人。知った途端に敬語を使おうとした時は、ちょっと怒ったわね」
アリアの時と同様に、話したら距離を詰めていくミーナ。
「でもそこからはあまり進まなかったかしらね。戻っていく事もなかったけど、ゆっくりと……本当にゆっくりと進んでた。それが突如進んだのが……以前のパーティーの前」
ミーナと大護しか知らない秘密。ミーナに取っては消し去りたい過去である事は間違いないが――
「情けない話になっちゃうけどね……実はあの日、私誘拐されたの」
衝撃の事実にアリアが驚く。
「そして、汚い部屋に監禁されて……犯人の一人の男から暴力を受けた。魔法も封じられてたから生身でね」
その時の光景が蘇っているのか、顔を歪め、震えながら自らの腕を抱くミーナ。アリアが止めようとするが、それをミーナは片手で制する。
「手足の骨は、折られて……顔も傷だらけに……されたわ。身体への暴力が終わったと思ったら……心が、壊されそうに、なった」
ミーナの身体に触れようと、男の手がゆっくりと伸びてくる。折れてる手足では逃げられず、大声も出せない状況が思い出される。そして同時に。
――彼の声も、鮮明に思いだす。
「あの日、彼と……キリュウ君と一緒にいなかったらと思うと……今でも、身体が震えるの……。あの場で全てを汚された挙句……そのまま殺されてた、可能性も、あったんだから」
言葉が、途切れる。呼吸が、乱れる。話しながらゆっくりと、ゆっくりとアリアへ近づくミーナ。途中でアリアが我慢できずに、支えに来ようとしたがそれも止めた。
自分の言葉で、距離を詰めたかったから。
「あの時は……自分の身も省みず、無理した彼に……ちょっと文句を言っちゃった。ダメな女よね……」
自嘲するようにミーナが言った言葉に、アリアは言葉を返せない。
「でもね……その時に、ハッキリとわかった事があった」
震える足で自身の身体を支え、アリアにしっかりと目線を合わせる。その顔にはすでに恐怖はなく――
「私の中でキリュウ君は……本当に、特別な存在になってたんだって」
そう伝えたミーナは、アリアに向かって歩を進める。しかし、思い出された恐怖はまだ大きいのか、その足取りは非常に重い。歩数で言うと僅か五歩程度。移動に必要な時間など数秒にも満たないであろうその距離をゆっくりと進む。
そしてアリアとの距離が――埋まった。
「あの人の事が――好きなんだって」
自らの気持ちと向き合うかのように。友であり、ライバルとなった女の子の前で。
「……やっぱりそうだよね。なんだかそうなんじゃないかって思ってたんだ。ミーナちゃんから直接聞けて良かった。でも……負けないからねっ!」
ミーナへ向けて満天の笑顔でそう答えるアリア。そして、その笑顔のままミーナへ宣戦布告をする。笑顔を向けられたミーナもアリアへ返す。
「臨むところよアリア。でも、それより……」
ミーナがアリアの事を優しく抱き締める。突然の事で「ふぇっ!?」という短い悲鳴をアリアが上げるが、お構いなしに抱擁を続ける。
「ありがとう。本当の気持ちに気付かせてくれて……」
「ミーナちゃん……」
同じ人物へ好意を寄せる少女たち。どちらかが成就させるのか、それともまた別の結末となるのかは――
「中々動きがないなぁ。……にしても二人とも遅いな、大丈夫か?」
鈍感系異世界人が、本人の知らぬ内に担う事となった。