6話:七郎の遺産と投資開始チェルノブイリ原子力事故
続いて、七郎商会で、日本時間午前9時から始まる日本市場での取引と取引後のデータ記録を記入した。その後、日本時間午後16時から始まる欧州市場を記録するため、ロンドンのシティにあるロスチャイルド家のオフィスに送る。つまり、世界中の市場でのロスチャイルド家の取引データを更新した。
そして、ニューヨーク→日本→ロンドン「シティ」→ニューヨークと世界中、切れ目なかった。24時間連続でロスチャイルド家では世界中の大きな取引を記録して、データを蓄積していった。その売買高も非常に大きく世界の市場に大きな影響を与えている。
そこで生じた利益をスイスのピクテのロスチャイルド家のプライベートバンクに定期的に送る仕組みになっている。七郎商会ではコンピュータの入力、管理スタッフを七郎を含め男性4名とパソコンを使える秘書兼、受付嬢、女性2名の合計6名で立ち上げた。
3交代制で日本、欧州、米国の経済状況を24時間態勢で見ていた。そしてジュネーブのピクテのロスチャイルド家のプライベートバンクと情報を共有した。金、原油を初めとした商品市場と、米ドル、ポンド、日本円、スイスフランなど為替、先進国の株価の変動を見逃さないようにした。
そして24時間、ベストの状態で投資活動をしていく。この仕事で、七郎商会には給料を含めてロスチャイルド家から年間1億円の利益がもたらされる様になった。次に、七郎が、今後、日本円が、強くなるのではないかと言うと、その意見にリチャードも賛同した。
日本の優秀な電機製品、車など売れてるし品質も良いので、ソニー、パナソニック、トヨタ、ホンダなどの株を買っても良いかも知れないと言った。1979年ソニーを2万株、1600万円で購入した。トヨタ株2万株、1600万円で購入した。残り資産が1600万円となった。
そこでスイスのピクテに連絡して、七郎の金地金144kgを日本円に変えたいので、金価格を注視する様に指示した。1982年末に金1g、4300円の高値となり、金地金144kgを6億円で売却し、1982年末、30歳の資産が6億1600万円。
1985年の9月22日のプラザ合意で急激な円高と日本株高で、日本株を買うべきか、円を買うべきか迷った。どっちを買うか1日かけて考えて株の変化の方が大きいと考え残金1600万円を残して大勝負に出た。ソニー株30万株で3億円とトヨタ株30万株3億円の合計6億円で購入した。
予想通り1986年、33歳から日本株が一気に上昇してきて日本株上昇と共に、日本円も高くなってきた。その年の4月26日、ウクライナのチェルノブイリ原子力発電所4号機で発生した史上最大の原子炉事故である。
原子炉が暴走し、炉心溶融に続いて水蒸気爆発が起こるなどして原子炉や原子炉建屋が破壊され大量の放射性物質が国境を越えて拡散した。 爆発や急性放射線障害などで31人が死亡、11万6000人が避難を強いられた。
当初、ソ連政府はパニックや機密漏洩を恐れこの事故を内外に公表せず、施設周辺住民の避難措置も取られなかったため、彼らは数日間、事実を知らぬまま通常の生活を送り、高線量の放射性物質を浴び被曝した。
しかし翌4月27日、スウェーデンのフォルスマルク原子力発電所にてこの事故が原因の特定核種、高線量の放射性物質が検出された。近隣国からも同様の報告があったため、スウェーデン当局が調査を開始した。この調査結果について事実確認をスウェーデンがソ連に求めた。遂にソ連は4月28日に、その内容を認めたため事故が世界中に発覚。
当初、フォルスマルク原発の技術者は自原発所内からの漏洩も疑い、あるいは「核戦争」が起こったのではないかと考えた時期もあったという。爆発後も火災は止まらず消火活動が続いた。アメリカの軍事衛星からも、赤く燃える原子炉中心部の様子が観察されたという。
ソ連当局は応急措置として次の作業を実行した。火災の鎮火と放射線の遮断のためホウ素を混入させた砂5000トンを直上からヘリコプターで4号炉に投下。水蒸気爆発「2次爆発」を防ぐため下部水槽、圧力抑制プールの排水。




