052 【心理】怒り、【建築物】壁
「おいおい……何だあれ」
研究所の外で、目を疑うようなものを見つけた。隣を歩いていた同僚は、特に驚いた様子もなく、何だまだやってんのかと呟いた。
一人の男が、言葉にならない喚き声を発しながら、コンクリート製の壁に額を打ちつけていた。自分達と同じ白衣を着ていることから、恐らくは研究員なのだろう。あまり信じたくはないが。
「先週あたりから、ずっとあんな様なんだぜ」
だが事情を聞いて、そうなるのも無理はないと思った。
件の男は、既に三十年近くの歳月を、たった一つの研究に捧げてきているという。年齢から察するに、大学院の頃から打ち込んでいるのだろう。昼夜を問わず文献を読み漁り、限られた予算の中で数多くの実験をこなし、それ相応の実績を挙げてきたのだという。欧米の科学雑誌に執筆した論文が掲載されたのも、一度や二度ではない。順風満帆とまではいかずとも、充実した研究者生活を送っていたとのことだ。
その矢先のことである、補助金の打ち切りは。
彼の研究は、費用対効果が薄いと役人に判断された。他の分野に比べて金が要り用だったがために、歳出削減を公約としている政府の目の敵にされたのだ。懸命の説得も功を奏さず、研究は打ち切られることとなってしまった。
「なんというか……、うん、だいたい分かった。越えようのない壁にぶつかったわけだ」
「そして今も、壁にぶつかっているんだよ。八つ当たりとして」




