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鷹の瞳

 まるでまきびしの水面を跳ねる小石のようだ。

 混乱する自軍の兵を飛び越えて、海の中の木箱の上を黒駒が跳ぶ。

 黒駒はまるで何百という体重を忘れたかのように俺の目には映った。

 馬を操るのは見覚えのあるすみれ髪の姫武将。小笠原湖雪。


「…なんて、冗談」


 そのデタラメな機動ももちろんのこと。

 供廻りも連れず、敗北条件になりうる大将が単騎でというのは馬鹿げている。

 

 それを分かった上で、なお単騎駆を行うならば、答えは一つ。

 自分が圧倒的強者という自負を持ち、かつ、周りも止める必要もないと判断しているという傍証が成立する場合だけだ。


「さぁ、推論だが答え合わせしたくないもんだな」


 曲芸じみた動きであるが、驚くべきことに馬上の主は鐙に足をかけただけ、手綱は握っていない。

 それどころか馬に体を預け、任すまま進路を選ばしていた。

 詰まる所、彼女が見せるべき技はこれでは無い。なれば、彼女が為す事は一つ。


 その身に刻まれた「武」の一文字を戦場に書き殴るのみ。


 湖雪が脇に抱えたそれを見せつける様に構えた。

 小笠原の代名詞ともいうべき大弓。

 確認された弓の中ではゲーム随一の性能であり、名を世に一張りに由来する。


〈一張弓〉


 流水の様な動作で矢を番え、神速の一撃を放つ。

 風を穿ち、最後尾のこちらの兵が吹き飛ばされた、前を進む兵を何人も巻き込み地面に叩きつけられる。

 蘇芳の砲撃に勝るとも劣らない。インスタントな軍の雑兵のとはいえ、たったの一撃で馬鹿げた威力だ。


「いや、違う」


 陣に下がろうとする兵の群れが次々とはじけていく。

一撃ではない連撃だ。

 放たれた矢は散開して逃げているだけの軍に的確に風穴を開けていく。

 恐るべきことにスキルに付随するエフェクトはない。流れる様な動作で次々に放たれるそれは、ただの通常攻撃なのだ。


 だが、後続には悪いが、こちらはもう陣に逃げ込む寸前だ。

 騎乗にある以上、威力は度外視されゲームシステム上に頑固に馬防柵として機能する。

 ほっと肩を下ろしたその瞬間。

 弓の主が進むまきびしの海が途切れ、黒駒は砂埃と共に着地した。

 そこで、こちらとの間に開いた距離に、人馬は諦めたように進むのを止めた。


 けれども、聞こえるはずのない距離。冷たい声が確かに聞こえた。


 ――――漸く真っ当に射れる


 感情の希薄な平坦な声。軍を崩していたその攻撃は、彼女にとって足場が固まっていないゆえの無差別の手慰みだった。猛スピードで左右に跳ね進む馬からは達人といえども出来ない事があったのだ。

 それ故、今度は狙った獲物を攻撃できるという、その内容で背中の悪寒は指先まで真っ黒に塗りつぶした。


 では、狙う先はどこかなんて、簡単な事だ。

 先程、青い瞳と確かに俺は目を合わせた。

 確か小笠原の固有能力である〈鷹の瞳〉は戦場の急所を見定めるもの。

 どこを壊せば、この稚拙な軍を乱せるか、彼女は已に見切っていたのだ。

 そして、得物を定めた鷹ほど厄介な生き物はいない。愚直に貪欲に生を刈り取る死神だ。


 小笠原湖雪が矢を番えるときと同じように馬首を一撫ですると、右手の手甲しゅこうの位置を正した。

 意を得たとばかりに馬が首を下げ四足を踏ん張る。


 そうして、先程の流麗な動作とは異なり、ゆっくりと武威を見せつける様に矢筒のなかから、作りが異なる矢を取り出す。ひと際大きい羽根のついたそれは明らかに禍々しい気配がする。


 紛れもない〈小笠原流弓馬術〉を用いた渾身の一撃。

 

 全身のみならず、馬も含め白いエフェクトがかかり、やがて、番えたやじりの一点に集束する。


 押さえつけられた光が爆ぜた。ビーム状に尾を引き放たれた光がいまだ俺達を隔てる距離と軍勢の中を一直線に抜け視界を塗りつぶす。


 傍らの手を引いていた人影に、せめて彼女はとばかりに押し倒し覆いかぶさる。

 畜生、こんなに簡単にできるならなんで同衾した時やっとかなかったんだと不埒な後悔と、それをヨシサイテーと罵る誰かの顔が浮かんだ気がした。


「〈悲嘆の氷河〉!」


 終わりの代わりに訪れた、それはレアな事態だった。いつでも余裕を崩さないのが信条の少女の叫び声が光を切り裂いた。


 戦場にあるどんな土塁よりも柵よりも堅牢な壁が俺たちを包んで外界と隔てていた。

 吐き出した息が白くなる。

南蛮趣味が高じて辿りついてしまった年若き魔女。彼女の通り名は『絶対氷壁』。

 その名の由来となった奥の手。


 〈野戦築城〉と〈黒魔術〉技能を用いた〈止揚アウフヘーベン〉。


 戦場に氷製の小規模な城を出現させるスキル。荷物とらちよを放り出して、両手を前に突き出し専用魔法陣をカリンは出現させる。ちょうどいい感じに足元の岩に荷物の後頭部が直撃しているが気にしない事にする。


「走れ!」


 嫁を助け起こし、再び手を引き、肩で息をするカリンを促す。


「ところで、さっき、私の胸を絶壁とか言った輩さんいませんでしたか?ん?んん?」


 荷物を抱え直したカリンは目を刃物のように細めたすっごい笑顔をする。

 のろっちゃうぞ♡と書いてある。

 まさに魔女。


 俺は全力で首を振り否定する。『絶対氷壁』その二つ名を略してはいけない。

 彼女はカリンである。胸囲はまだない。

 どこで気に障ったかとんと見当つかぬ。そういう態で目を逸らす。

 誰とは言わないが某嫁と比べるとなんというか夢スコアで勝っているので、気にする事はないと思うとか口に出したら大惨事になるのでお口ジッパー。


 そんな余裕もそこまでだった。

 戦場を照らした光の終息に振り返るとビームを防いだジェリコの壁は見るも無残な大穴があいていた。

 彼女得意の術の隠蔽の余裕もなくその素肌さらしたその城は、絶対の名が嘘のように今にも崩れ落ちそうだった。


 焼け焦げた破壊という名で舗装された新造の道の先に、自慢の一撃が防がれたのを不思議そうにこちらを見ている射手。

 そして、面白そうに口元をゆがめると、先程の二射目を番える。


「二人も三人もあんなのがいるなんて世の中どうかしてるです」


 カリンの呟き。規格外の強者の残りふたりは、自分の主と、そこでのびている酒に呑まれた酒呑みだろう。


「申し訳ないです皆さま。もうすっからかんなので次は防げませんです、それではごきげんようなのです。天にまします――――」


 半分ほどは残っていたステータスの術力が空になったカリン。ちょこっとスカートの端をつまんで一礼すると諦めて祈り始めやがったよ、このエセキリシタン。

 余裕を失った先程が恥ずかしかったのか、今度は散歩にでも行くような気軽さであった。

 俺はそれを舌うちで答える余裕すらなかった。


 そして、爆音が戦場に響き、集束する光は二発目の光線となり放たれた。

光学兵器はロマン。湖雪ちゃん(25)の数少ないチャームポイントです。ご趣味は?→ビームを少々で、一人釣れた実績があります。


なんか、悲嘆の氷河はコキュートスとルビがふってあったんですが、無いわコレと却下。割烹着が似合うであろう中二病ぎみの子ががっかりしたと思います。

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