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Another viewpoint ・湖雪(伍)

「二射目は久しぶり」


 小笠原湖雪は、語彙の選択が下手である。

 これも明らかに上から目線の言動だが、本人とすれば素直な感嘆の気持ちだ。

 人を小馬鹿にしたような口元の笑いも、実際は衝撃的な出来事から自分を奮い立たすための虚勢だった。

 湖雪の最大の一撃が碌な被害も与えず相殺されたのはそれだけの事態だった。

 

 それをおくびにも出さず2本目の矢を引き抜く。


 湖雪がとりだした矢は先程と同じく通常のよりも大ぶりの物。もし、同じ攻撃を普通の矢で放った場合。湖雪の全力の射撃の威力に矢が耐えられず溶解する。

 この矢は配偶者であるユウキが〈鍛冶かじ〉技能と〈加持かじ〉技能の〈止揚アウフヘーベン〉により作り出した貴重な物だ。

 神金属のやじりと歳を経た神事用のさかきの枝。大妖の尾羽根で作られた特別製、これ一本の費用で馬を10頭〜20頭一年維持できるとんでもないものだ。

 一応、使用後、回収できない事もないし、実際にユウキもそう努めているが戦場ではやはり難しい。矢は基本的には消費アイテムなので、金のかかる女、高値たかねの花・小笠原湖雪が家臣団から突き上げられる原因の一つでもある。

 しかしながら、小笠原家では素直にその浪費を押さえられる状況では無い、小笠原勢の戦力は湖雪を始め数人の個人の戦闘力に依存している。非常にいびつな構成だ。

 軍としての強さはもし同数の兵で争うとするなら全国でも下位になるだろう。

 帷幕で差配を振るうユウキも、君主である湖雪も好き好んでそうしているわけではない。

 それは近隣の武田、上杉という大勢力に挟まれたことによる弊害である。

兵を鍛える暇も、国を富ませる暇もなく、いつも割と滅亡しがちなのである。

 

 これまで何度も本拠地を失い、家臣は離散し、人心も家臣の忠誠も全く上げられないまま、流浪の暮らしを行う事5度のゲームの内、実に4度。

 つまり、逆説的に、個々の能力を鍛えることしかできなかったのだ。そうして、初めは多くいたプレイヤーも一人去り、二人去り、今は奇特なユウキ一人が残るだけになった。


 自由度の高すぎる事に定評のあり、戦力拡充のためにやれることが無限にあり、足りないものが弱点になる故に、平均的に投資していくのがセオリーのこのゲームにおいて、大名のとしてのポテンシャルを武力一点に集中させることになってしまったのだ。湖雪と少数の流浪に連れだった家臣たちの個人的武力の向上に、小笠原の限られた全てが注がれる。


 そして、その武力の象徴である〈小笠原流弓馬術おがさわらりゅうきゅうばじゅつ〉はゲーム中でも屈指の習熟高難易度技能として知られる最上位スキルである。基本スキルである〈馬術〉と〈弓術〉のマスターを目指す所から始まり、いくつもの上位技能を経由して、覚えるだけでも、MオブMの人向けと言われている。

 5年やっているユウキでさえ、習熟度は3割に満たない。脇道も多かったとはいえ取得は3ゲーム目、もし他の物には目もくれず同じ期間やったとしても5割というところだろう。


 それだけに、技能の中のスキルの充実度は他の追随を許さない、移動系、射撃系に始まり礼法や馬術、遠距離系職の多くが苦手とする接近戦用のスキルまでもが、近接特化のプレイヤーや有力武将を寄せ付けないほど揃えられている。

 小笠原の主であり正統継承者である湖雪は初期からかなり高いレベルで持っていたのだ。

 6ゲーム目となる此度、ほぼカンストに近づき、最大攻撃スキル取得の手前まで来ているのだ。


 種類の豊富さで比肩するのは、最良の武士『西国無双さいごくむそう立花宗茂たちばなむねしげのチート固有技能〈武芸百般ぶげいひゃっぱん〉と織田四天王の一人『米五郎左こめごろうざ丹羽長秀にわながひでの二つ名と同名の技能ぐらいだろう。


 しかし、代わりに小笠原湖雪には君主には欠かせない統率や政治、調略系の技能が一切ない。それどころか技能の枠自体が一枠である。一人の武人、戦場の英雄であること以外に余分がない。こうなってしまう事はどの道を通っても必然の帰結だったかも知れない。

 たとえ、周りに武田や上杉がいなくても早晩小笠原は滅亡することがかたくくない。だからこそ、武はないが、金がうなるほどある諏訪が小笠原の生き残りのためには不可欠なのだ、それが武田との対決を不可避にするとしても。


 何よりも戦場の先頭に立つのが湖雪には似合っていた。

 だから、小笠原湖雪は弓を引く。


 必殺になるはずのニ撃目。それを番えた時、初めて、自分の獲物としていた敵の軍師と、跳び抜けて強かった白装束の武者を両の目で把握することになる

 技能枠とは別に設定されている、固有スキルの〈鷹の眼〉の効果である。 視界延長、認識拡張。視界を長距離にし、そこで確認できた獲物のステータスをかなりの精度で把握できる。たすまり俯瞰するだけで敵の軍の急所が分かる。一武将としてはこれほど優位はない。

 これは遠くの物を拡大視認する〈遠見〉技能とは良く似ていると思いがちだが、真逆といってもいい。人物が認識できる事ではなく情報を認識すると言うところがポイントだ。

 水準以上の視力を持つ湖雪とはいえ、全速でまきびしの海の中を飛び跳ねる愛馬より戦場の状況を視認することが出来なかった。


 白装束は眼をまわして、何の恨みがあったのか岩の上に投げ捨てられていた。それは脅威ではない。


「諏訪…姫?」


 長い黒髪、儚げな気配。

 いや、違う。眼が異なる。

 更には、傍らに見た事もない黒装束の紺碧の髪。あの時と衣装は違うが忘れられない印象から自然と湖雪の記憶のシナプスが結合した。あれは先日見た良く似た者だ。


 後から振り返ると、結果として、この時間のロスが湖雪のいや小笠原軍にとって最大の機会を逸したことになる。


 その、刹那。


 社の山から、天を割るほどの轟音が鳴る。

 両の腿で愛馬の腹を引き絞りで、驚き足を上げそうになる動きを制す。

 それが、この場合まずかった。

 これが、何を示す音かを失念して、当たり前のように馬を落ち着かせるのにかまけてしまったのだ。

 鉄の塊が湖雪めがけて正確に放たれていた。何人をも纏めて平らげてしまう、この時の日本には存在しない兵器の一撃が。

 軍勢の崩すためではなく、最大の脅威として、湖雪ただ一人を狙ったのだ。

 愛馬の足を封じたことで、湖雪は逃げる機会を逸し、避け得ないと諦めた。


 そして、左の手を砲弾に向けて突きだす、そこには構えた〈一張弓〉


 狙いはたがわない、小笠原を名乗る者がたかが外せば死ぬだけの状況くらいで揺るぐはずもない。

 ニ撃目の光線は直撃。鉄塊は蒸発。光は砲弾の発射された山を越え遠くの木々の植生の狭間に消えていった。


 湖雪は、とっさに射角を頭上に向けて、攻撃から防御に切り替え自らの脅威となるものを撃ち落としたのだ。見た事もない兵器、しかも猛スピード動く物体を射落す、紛れもない出会心の一撃だった。


 しかし、湖雪はしょんぼりした。これで2本目の矢の回収は事実上不可能になったからだ。

 当たらなければ怖くない一撃だった、音が鳴った時点で攻撃を一度やめてしまえば、本来ならば直撃を避けて、一歩や二歩その場からずれるだけで大丈夫だったのだ。

 また、臣下に責められる。それだけならば何ら負担に思わないが、それを庇うユウキまでもが悪く言われるのは身を切られるより彼女にとってはつらかった。

 

 その憤りは、今晴らすべき、かっとなり愛馬を走らせる、一直線に敵陣に。

 柵の中に逃げ込む巫女装束の背中を狙い定める。町民にも劣る力しかないと自分の能力が告げている。

 ただ、あれを仕留めれば軍相手がはるかに弱体化するのもまた〈鷹の瞳〉が湖雪に告げる。

 だが、狙おうという気持ちを、自分の大切な思い出が鈍らせる。


「ああ、そうか」


 そのときふと思い当った。

 きっとあれは諏訪と決別するために神が用意したものだろう。

 こちらが過去に後ろ髪を引かれるのを諏訪の大神は見通しているのだ。

 その迷いにより、手を出せず諏訪を武田に取られ、諏訪姫を虜とされた。


「もう迷うものか」


 時を経て今、自分を信じる者、かけがえの無い者はここにいる。

 失う事は二度とごめんだった。

 あとは、前に目を向けて進むのみ。

 そうして、肩の力も滾る気持ちも消えた。泰然自若に一つの形に体は行きつく。

 それは小笠原湖雪の最も信頼する技術。最大威力のビームでも、曲射でも、連撃のスキルでもない。

 ただの通常の射撃だ。誰もが、最初に弓を持った時に習い覚える基本。

 だからこそ何千何万回も繰り返したそれは、当たり前の一矢が、必殺まで昇華されたものだ。

 迷いをふっ切った湖雪は柵の合間を縫って命を奪う事は容易い事。

 目をつぶっても外す気がしない。


 丹田に気を集める様に息を吸い込むと神速の一撃を放つ。


 邪魔する氷の壁も、鉄の砲弾も最早何もかもがない。

 正確に、柵を避ける軌道に乗る確かな手ごたえを湖雪に伝えた。


前回の最後の轟音と光の詳細はこんな感じです。そして、小笠原サイドになると多少時間軸が前後しますが、これは前回の二射目から三射目にしか進んでないという悲劇。


訂正 騎射⇒弓馬

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