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比翼連理

ぎりぎり間にあった様な、いないような。


来年もJ2で嬉しくて仕方ない、どうやったら立ち直れるんだろうか。


「…こわひれす」


 力なく声も涙に濡れている。


「怖い?」


 千早の背中の布がぎゅっと握られる。掌中の初雪でも惜しむかのように。


「ヨシさま達の話している内容、わからないです」


 交渉の席での話。他国の上の人間の事なんて、時の流れが止まった様な山奥村で農業やってる限り少しも入ってこないし必要ないだろう。

 逆に現代では、当時の農村の生活の様子が、資料としてほとんど残ってなくて割と困るぐらいだし。

 当たり前の生活の記録なんて取る必要ないからな。


 肩口に、とんと額を乗っけられた。その重さは不安を訴えているのだろうな。


「お顔も言葉も、まるでわたしの知らない人みたいでした」


 現代でも歴史に興味無い者がそうであるように、いまにおける政治の話は蓬にとっては異国の言葉並みに訳がわからなかっただろう。


「だから、わたしの知っていたヨシさまがどこにもいなくなってしまったみたいで、こわい」


 よく知っているはずのものが変質する事ほど恐ろしいものはないからな。電燈が一つ消えるだけで見知った帰り道にも恐れを抱くのが人間というものだ。人であればなおさら。


「わたしうぬぼれていました。ヨシさまの横にいるのが当然なんだって。いっぱい好きな人のお役にたてているんだって」


 人は誰かの為に強くなれるが、そのコインの裏は弱点でもあるのだ。ベットされたそれが大きければ、立ち位置を崩された時には振れ幅だってでかくなる。


「でも、それは勘違いだって分かりました」


 痛みが伴うほどに。


「隣にいたのに、わたしたちはきっと違うものを見ていたのでしょう」


「遠くて薄い記憶で、腹が立っていた事があったんです。なぜ、いつまでもお戻りにならないヨシさまを一人で待ってただけだったのかと」


 最初は小さく狭い家だった。ふたりの台風が駆け回るのもやっとの崩れる寸前の襤褸家。

 ゲームを重ねるごとに家は広くなっていった。そして、いつしか楓と嘉高も、俺と共に軍に身を置く事が増えていく。

 おさまる中身は彼女しかいない大きく空虚な居場所。果たして、その事を俺は顧みた事があっただろうか。


 こちらに向いた銃の導火線に火が付いたみたいな気配に反射的に謝る。


「ごめんな」


 ゲーム内は時間の進み違ったからなー。現実なら捨てられても当然なレベルの薄情極まりない鉄砲玉として認識されてるんだろうな。


「いえ、少しずつ思い出しては半分は自分に怒っていたんです。なんで意地でも隣に付いてかなかったのかって」


 あー、半分俺に怒ってる事には否定が入りませんでしたとさ。特大の火薬庫見つけちゃったよ。


「でも、あのわたしは愚かなりに賢明だったんです。本当はなにもしてさしあげられてないってわかっていたんですから、せめて疲れて帰ってきた時には温かく迎えて差し上げたいと、考えていたのでしょう」


 だから。


「一緒にいたいのに、きっとヨシさまのなさる事が分からなくて、これからもご迷惑にしかなれない…です。そ、それなら――――」


 彼女は口をつぐんだ。だが、続く言葉はわかる。蓬がそれを言葉にもしたくないと願っている事も含めて。

 大分遠くまで思考が跳躍してしまっているな。

 真面目が着物着てごはんを整える性格だからな。一度変な方向突っ走ると、かなり遠方までおでかけをしてしまう。

 先程の変なテンションも納得。しっかりしているようで、ローティーンのちっちゃな子。未発達なのは体だけじゃないのだな。

 色々考え過ぎていまも不安定になってしまったのだろう。


 俺の取る行動は一つだろうな。


 不安を拭い、漢らしく慰めるためのたった一つの冴えたやり方。


 力なく落とされた肩に手をかけ、拳一つだけ身を離す。

 頬に乱れた前髪を手櫛で整えて、涙の後を辿りつつ、顎に指をかける。

 ゆっくり正面にうつむいた顔を挙げさせる。

 まるで夏の終わりの向日葵のように下ばかりを見てしまっているその顔を。


 涙を浮かべた目を覗き込む。底にあるこの娘の不安を取り除けますようにと。

 泣かせてごめんな。

 でも、こういう儚げな時が一番綺麗なんだ。どんな皮肉だろうか。

 このままずっと見つめていたい誘惑を俺は振り払わなければならない。痛みを和らげたいという願いと相反するその慾望を。


 互いの息の温度が分かる距離。もう視界にはけなげで可愛らしい俺の伴侶しかうつっていなかった。


 そして。

 

 その頬をやや強い力で叩いた。


「へもっ」


 マシュマロみたいな頬は、両側から強制的な力により圧迫される。

 結果、なかなかのおもしろフェイスができあがった。


「くく、変な顔」


「は…はも、はももももも!」


 本人的には何か言いたげなので両手を解放してみる。


 両手で畳をバンと叩く。大きな怒りが解き放たれる。

 静かな部屋全体に響く程の大きな一打。

 こっちに飛んでこなかったのが不思議なレベル。


「わわわ、わたし、真面目な話をしているんです!」


 目の端に大粒の涙が浮かんでいるのは変わらない。ただ、先程の面影はもうない。噛みつかんばかりのワンコみたいだ。


「うん、知ってるよー」


 へらへら笑ってみる。

 きっ、と一層研磨された尖った視線をぶつけてくる。


「へ、変な顔で悪かったですね!どうせ、わたしなんか丸顔ですっ!ヨシさまや流人さまみたいに、整ってないですよ!」


 まだいじけた事言うか。

 再びぎゅむっとやる。


「へもっ」


 目だけは剣呑だが、とても真剣な空気を形成し続ける事の出来ないおもろ顔。


「ぷっ」

 こらえられず噴き出してしまった。


「どうしてこんなことするんですか、どうしてこんなことするんですか」


「どうしてって、これでお相子でしょ。俺もさ、こんな蓬さん初めてみたし」


「そんなとんちみたいな事言っているんじゃありません!いじわるぅ!もういやだよぉ…馬鹿ぁ、馬鹿ぁ」


 普段は母親みたいな怒り方する蓬が、まるでだだをこねている子供みたいだ。これは本当に初めて見たレアケース。


「ううう…いじめて楽しいですか」


 そう聞かれたらこう返すしかないな。

「楽しいよ」


 こちらの最高の笑顔に呆然とする。ヤバい、本当に楽しくなってきた。


「まだまだ知らない蓬の一面があるってわかった事だよ。それは本当に楽しい。実に幸せだ」


 こんどはこっちから抱きよせてみる。

 不安な時には誰かの体温を感じることが一番の抜けだす近道だから。


「依れてしまった糸を戻していこうか」


「まず、あんなまつりごとと既得権益の話なんて、十年は一緒にいるはずの貴志だって、間違いなくちんぷんかんぷんだ」


 小中と間違いなく同じ教育受けてきたのにな。まぁ、一般教養の枠組みなんか超越しまくった趣味の領域の話だからな。


 NPCのはずなのに付いてこれる『青いの』がおかしすぎるんだよ。


「そんなんで一緒にいられないのなら、あいつは三回くらいは崖から飛び降りなきゃいけない判定でているだろう」


 1999年夏のポ○リのCMのロケーションなら、はーおもしろかった、もう一回やってくるぞとか言い出しかねないが。


「次にお互いに出来無い事があるのはあたりまえ。俺なんか出来ない事ばかりだ。ご飯もあんなにおいしく作れない」


「そ、それは私じゃなくても作れます」


 なるほど。突っかかっていたものが少し見えた気がした答えだな。


「じゃあ、訂正。あの物干しざおだって振るえない」


「それだって、他の方でも心得ある方であれば、少し練習すれば教える事出来ます!」


 特殊武装過ぎてムリだろ、どうにも意固地になってるな頑固者め。

 では、ちょっと恥ずかしいから言いたくないんだが仕方ない。


「いや、それはお互いにという前提条件が問題外だ。教える条件が蓬じゃないとダメ。意味がない言いかえるとインアザーワーズ、蓬がいなきゃ、俺は生きてられないってこと」


 一人じゃ、弱虫だから。またいつかのようにきっと歩けなくなる。世界に背を向け、誰かを憎み、それを言葉にする気力すらなく、そのまま死ぬ事だけを願ったあの時みたいに。


 ようやく頬が赤くなった蓬。必要以上の赤さまで達してしまったのが気の所為だと良いが。


「そうだな、蓬は悪い言葉として使ってたたけど、さっき言っていた自惚れなんて最高じゃないか」

 

「俺は自惚れてるよ。よ、蓬も俺がいなきゃ駄目だって」


 どもった。これを照れずに言えたらなー…うん、素面じゃ無理。そこまで場の温度をあげれない。


「ぷっ」


 こんどは、さっきのお返しとばかりに蓬が噴き出した。


「い、いいだろ、好きな気持ちって、そういうどうしようもなく身勝手な思い込みもふくめてじゃないか」


 憮然として、言い訳がましく付け足す。


「だいたい真面目すぎるんだよ。夫婦が何もかも、同じに出来る必要なんてあるわけない。そもそも一人で何でも出来る伴侶なんていてもつまらないだろ」


「つまらないですか?なんでもできるのならば一番いいじゃないでしょうか?少なくとも迷惑はかけません」


 そこがまず違うんだよな。何かが一つ上手くいかなくなっただけで、その冬を超えるのが難しくなる山の出だ。必要か必要でないかの引き算で物事を考える癖があるのだろう。


「さっきの様な話を出来るようになりたいなら、俺が教える」


「で、でも、わたし、当たり前の事をたずねます。いっぱいいっぱい質問します。それはとても、負担をおかけします。嫌な気持ちにさせてしまいます」


「うーんとだな、さっきの質問をちょっと違った角度で尋ねよう」

 

「俺が蓬に料理教えてってって言ったらどうする?」


「あ…えと…教えます」


「物干しざお、俺も振り回したいって言ったら」


「…一緒にやってみます」


「それは面倒でつまらないか」


「…いえ、違います。そうじゃない…です。素敵な事だと思います」


「俺もそう思うよ。たとえ、教えてもらった事が上手く出来なくたって、蓬と一緒にやった時間はとても楽しいだろう」


 それで十全。

 それと個人授業ってのがまず最高。はちみつ授業的な展開も入るとなおサイコー。


「俺にとって蓬に迷惑をかけられる事は嬉しい事なの。それでも、嫌なら、代わりにしょうもない我儘を聞いてくれればいい」


 それは心躍る事アイデアだ。


「蓬も俺と同じでそうおもってくれていると信じていた。違うか」


「いえ、違いません」


「そこの価値観が一緒ならいいんだ。他は無いもかもが違くたって」


 異なる思いをすり合わせる事は楽しい。それがいらだちや喧嘩になってしまう事はあるだろう。時には不幸と思える事に繋がるかもしれない。でも、君と一緒なら。


「そもそも、なんでもできて頼り切ってしまうだけなら。きっとよりかかるだけなら隣にいる意味はない。互いを支えあうのが夫婦だけど、まず自身で立ってこそだろ。そうしないと支える方が億劫になる」


 強い意志で、互いを大事に思えるなら、例え片方の翼がなくても寄り添いきっと空も飛べるはず。

 

「だから、出来無い事を恥と思う必要はない。足りない物を嘆く必要はない。一緒にいちゃいけない理由に決してならない」


 それは、もういない誰かと遠い昔決めた不文律に近い事だ。


「あと、家にいて欲しかったのは、多分、その俺の我儘のせい。言った事はなかったけどね。それを蓬汲み取ってが叶えてくれたんだ」


 帰りを待つ人がいる家。優しい明かり。夕飯の匂い。笑顔の待ち人。それは、奇跡みたいな届かない夢だったから。


「本当にありがとう」

 

「でもそれが、蓬に無理をさせていたなら謝るしかない。楽しめない無理はどうやったって間違っているからな。その時はこっちの言い分は否定しろ。きっと話合えば、もっとふたりにとって良い場所に行ける」


 待ってくれる人の代わりに、一緒の目標を見据え歩ける人が隣いる事は、同じくらい貴重なことに違いない。

 家には、隣にいてくれる君が一歩先に入って、お帰りと言ってくれるだけでいい。ただいまと言った後、おかえりと言おう。勿論、俺が先でも構わない。

 それで、一緒に明かりを燈して。一緒にご飯を作ろう。習ったばかりの俺は手際が悪いですと叱られつつ、ほんの少しの上達を褒められるんだ。

 そうそう、忘れてはいけない、器を洗うのは俺の仕事。


 ほら、すごく幸せだ。


「だから、今分からない事を分かりたいと願うなら、俺と同じモノがみたいなら、努力をすればいい。そして、それは俺に頼れ、それで俺をもっと自惚れさせてくれ」


 尊敬のまなざしで見つめさせてやろうではないか。そのくらいしか、この出来る嫁さんの優位に立つことなんてできないからな。愛想尽かされる前にむしろなんとかしたい。


「ありがとうございます、ヨシさま。すごいです。ぬくい水で洗濯したみたいに気持ちが軽くなりました」


 その主婦的な例えはイマイチどうかと思うが、まあよい。


「今となっては何も出来ないこの身。出来るのは考える事としゃべる事だからな。ただ、それだって誇れる事じゃない、とても視野が狭く愚かで拙い」


「いつだって、隣にいてくれる事に感謝している。これからも助けてくれ」


 なんだか、いつもナニカが邪魔して言えない事がすんなり伝えられたことを嬉しく思う。


「はいっ!」


 良い返事頂きました。


 嬉しくなって、ハグの態勢で後頭部を撫でる。癖毛が指に心地いい。


「いっとくけど、俺の足りない部分の介護は大変だぞ。実は一人で山に放り出されたら死ぬレベルなんだぞ。貴志も含めて。覚悟しておけよ」


 シティーボーイズだからな俺ら。全力全開で迷惑かけている毎日なのだ。


「くすくす」


 また冗談を、みたいな反応だが、割とガチです。


 あとひとつ、考えさせた原因の一つはあれだな。見た事もない俺の側面を見て不安になった遠因。


「ごめんな。惑わせたのは俺がこんな体になってしまったからだよな」


 ネカマはじめました所為で、ややこしくなってしまったんだな、きっと。


「いえ、それは別に」


「ホワッツ!?」


 そこじゃなかったの!性別の垣根を跨がない愛情が成立するかというテーマ性に則ったナニカではないのか。ふたりで悩んで傷つけあって、それでもお互いがかけがえなくて、なんだかよくわからない愛の力っぽいので残り越えていく壁とか葛藤とか課題なんかじゃないの、ジャンル的に。


「はじめは驚きましたが、もう慣れました」


 しれっと、どうでもよさそうに言われた。慣れの問題だったのか。

 俺的にあまりにアレで一周回って思考停止になっているレベルなんだけど。

 深刻すぎて、深慮したくない心情とかなんとか。


「ま、まぁ、いいや。そ、それは」


 全くもってよくないんだけどナー。


 くっつけた体を離して、正面の大切な嫁の瞳を覗き込む。俺は吸い込まれそうなほど綺麗なそれを見るのが好きだった。


「兎に角、蓬はやりたいことをやればいい」


 それでいいのだ。


「はいっ!」


「一人で出来なかったら、俺がいる。貴志やあいつらだっている。君に毎日感謝している奴らだ、喜んで協力する」


「はいっ!」


「あと、くれぐれも言いたい事は抱え込まないでね」


 遠い昔、別件で酷い目にあったし。気づくスキルは持ち合わせてない。

 想いは言葉にしないとって誰かが言ってたし。


「わかりました、伝えます。では、さっそく、ヨシさまにひとつ」


「おう、なんなりと」

 


「では、服をお脱ぎ下さい」


 すごく良い笑顔頂きました。 

修正入りました。大分当初の予定の形におさまってきたかと、まだ少し手を入れます。

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