12-7 ノラの猫、そらへ
延々と続く石段の中腹。
何度も光り輝く光弾が炎の障壁に激突し、轟音が響かせる中、俺は記帳にペンを走らせていく。
「──こういう配置になっています」
周囲の人間がほぅ、と息をつくのがわかる。
あれだけ直後にドタバタしたものだが、幸い俺の脳はしっかりと仕事を果たしていた。
略図ではあるが、ほぼ正確に配置を示し出せたと思う。
「大したモンだねぇ、あの一瞬でここまで図面引けるだけ記憶してるなんて」
「すぐに書き出したんで、忘れずに済んだだけですよ」
誌面には簡単な頂上付近の形状を描き、そこに記号を振って配置を示している。
所狭しと並んだ『×』印、言わずとも知れた『ピラー』だ。
念のために端の方に注釈を入れてある『×:pilier』『○:sphère』。二種類だけなので必要ないかもしれないが、そこは親切設計を重んじる俺の拘りだ、何度も言うがエインさんは紳士なんだぜ?
そこに会議という場には全く役立たずな女がヒョッコリ顔を出す。
「ねぇ、アンタ」
「なんだよ」
この女が発言するときは唐突で的外れが多い、だから俺は適当に聞き流そうと思った。
「これさ、『×:pilier』ってナニ?」
折角の注釈にすら説明が必要なバカが居たようだ。
「あのな、今『柱』って言ったら例の『ピラー』しか無いだろぉ?」
「んー、綴り間違って無いかしら?──あと字汚いわね」
「違ってねぇよ、字はそんなモンだろ?」
彼女は意外にも字が綺麗だ、恐ろしいまでに几帳面さが伺えるほどに。
「書き違えたならちゃんと消しなさいよ、『sphère』の『è』とかさ」
「──それはそういう字だぞ……」
なんだかんだで、リルドナの言語観は純粋な英国語なのだろう。
イチから説明してやっても良いが、今はそんな話をしている場合でもない。
正直、面倒臭い。
「──リルちゃん、それは多分仏国語だよ」
親切な銃兵が説明をしてくれるが、
「へ?ちょっとアンタってガイコクジンだったの?」
何を今更……海を渡って来ている以上、この国の人間じゃないのはわかるモンだろぉ!?
「頼むから黙っててくれっ」
この女が話に絡んでくると進まないことこの上ない!
●
俺の描いた略図を睨みながら揃って頭を抱える。
「うーん……これはここから狙い撃つのは厳しそうだね」
「やはり無理そうですか」
破壊目標がハッキリとしたが、その手段が見当たらないのだ。
問題となるのは、やはりその距離と地形。
直線的な射撃や砲撃では、まず命中させることは困難だ。
周囲の『ピラー』が誘発感知するので物理的な攻撃が推奨となり、アビスの魔術もNG。
もう、そうなってくると──
「やはり、上空へ砲撃手を打ち上げて、そこからの射撃が有効……なんでしょうか」
こんな結論しか出せない自分に嫌気が差す。
なんだよ、人間を打つ上げることが前提の作戦って!?
「まぁ、物理遠隔攻撃が可能なのはボクくらいだろうしね」
「だけどよぉ、オメェ高いトコ苦手だろ、大丈夫か?」
何気なく明かされる意外な真実。
この人って怖いもの知らずなイメージだったんだけどな。
「ま、やるしかないよ」
それでも引き受けてくれるつもりらしい。
だが、その申し出に待ったが掛かる、
「気持ちは嬉しいが、やめておけ」
諭すような口調の主はブルーノだった。
「お前は普段出来ないことはしない男なのに、こういう時に無理をするからな」
「は、はい……」
おや?
この人達は、やはり付き合いがそれなり長い?
いやいやいや!
今は他人の人間関係を探ってる場合じゃない。
「あの、ロイさんちょっとお願いがあるんですが」
「ん?」
相変わらず他人頼りになってしまう自分を歯痒く思いながら、それを申し出る。
「その銃……お借りすることは出来ませんか?」
「え、マスケットをかい?──ムノー君……どうするつもりかな」
さすがにストレート過ぎたか?
いきなり商売道具でもある主力武器を貸せと言われれば当然か。
ロイはこちらを品定めでもするかのように猜疑の視線を向けてくる。
言葉が無くてもわかる、暗に『キミに使えるのかい?』と言っている。
「その銃で『スフィア』を破壊します」
だが俺は怯むことなく、正直に応える。
下手に取り繕うよりずっと良い、どうせ借りなければ先へは進まない。
「良いよ、なんて軽々しくは言えないよ?」
「オイオイ、アンチャン銃使えんのかよ、すっげぇ旧式だぜ?」
二人が止めに入るのは当然だ。
ロイの銃は旧式のマスケット銃。
重装騎兵を馬上から転落させる為の大型重量弾と大量の火薬を用いる超重火器だ、小銃というより大砲に近い。
しかも、火薬は不安定な黒色火薬、その日の天候や湿度によって使用量を微調整しないといけない代物だ。
扱うには相当な『癖』がある。
ちょっとした操作ミスで暴発や誤射といった事態へと繋がり、それは大惨事へと変貌する。
それだけ危険な武器なのだ。
だが、それでも、
「使ったことは無いです、でも貸して下さい」
「アンチャンやめとけって」
「うむ、無理はいかん。そもそもあんな状況──空中に打ち出された状態ではまともに狙いも付けられん」
「普通は皆出来ないんだから、キミだって無理だろう?」
ゼル、ブルーノ、ロイに矢継ぎ早に説得される。
「はい……俺には無理です、──ですから、出来る人間に頼みます」
そう言い放ち、俺はその人間へと向き直る。
他の者も釣られてそいつを見る。
「へ?」
唐突に注目されて狼狽える彼女。
「リルドナ、お前だけが頼りだ」
「あ、あたしぃ!?」
本人は驚いているが、やはり彼女しか考えられない。
要求されるのは、上空に打ち上げられた上での挙動を行える身のこなし、及び正確な長距離狙撃だ。
リルドナは元々目が良いし、長弓も扱っているので『狙撃』も可能だろうし、身のこなしに関しては彼女は申し分ない。
それに彼女は昨日も上空での魔法銃の射撃を行った実績もある。
「ふむ、リルなら行けそうだな」
一応、この男も行けそうなんだが……彼にはリルドナを打ち出す仕事があるしな。
他の人間もそう思ったのか、特に異論は挟まれなかった。
なんだかんだで、彼女の身体能力の高さは周知の事実なので、自然と期待を向けてしまう。
「──というわけで、『スフィア』の破壊を頼む」
俺は自分で何かを成せるほどの経験も実力も無い。
だから、他者に託す、状況を見極めて適材適所に人を割り振るのが、せめて俺が貢献できる手段なのだ。
故に、今回は彼女に託──
「えっ?嫌よ」
せませんでした、ええ。
見事なまでにアッサリと拒否。
俺のプランは、開幕から早々に破綻した。
「ああ、そうか……」
そういえば昨日、打ち上げられたとき確か情け無い声を上げながら飛んでいった気がする。
さすがの彼女もあれは怖かったか?
「こちらとしてもお前に頭を下げるのは癪だが、お前しか居ないんだ」
「え?何それ!?ちょっと!アンタがやればいいじゃないっ」
それが出来るならお前なんかに頼まん!……という言葉は特売日セールに紛れ込ませて処分した。
「あのね、昨日は結構怖かったんだからね!あんなの、あたしみたいなか弱い女の子にさせるなんて、アンタ鬼よ!」
いつから、か弱いという言葉の意味に改正があったのか知らないが……さて困ったぞ。
「むぅ……」
チラリとヤツの方を見ると、相変わらずの無表情だったが、『もう面倒だから問答無用』と言わんばかりのオーラを発している。
いくらなんでもそれはマズイと思う、不意打ちで飛ばされて体勢を崩されてはまともに射撃も出来ないだろう。
ここはなんとしても説得するしかない、か。
「ムノー君」
そこでポンと肩に手を置かれる、ロイだった。
「リルちゃんを説得出来るのはキミだけだよ」
「は、はぁ……そうなんですか?」
「うん、大丈夫、誠意を持ってお願いすればきっといける、ちょっと耳貸して」
「は、はい?」
何のつもりか知らないが、とりあえず話を聞く事にした。
「──で、──という風に、だね。キミならいけるよ」
「……わかりました」
ロイから伝授された指し手を熟慮しながら、彼を見る、
まともなことを言われている筈なのに、何故か彼の下卑た笑顔が気になった。
──誠意を持ってお願いか、
思えばリルドナにそういうことをするのは始めてかもしれない。
今まで、うるさいだけのトラブルメーカー、迷惑なヤツとしか見てなかったかもしれない。
だが、今は彼女を、彼女の人格を認めて正面から嘆願する。
言葉もしっかりと選ぼう。
ここは注意しなければいけない、俺の母国語は仏国語だ、英国語とは微妙なニュアンスの違いがある。
たとえ、こちらに悪気が無かったとしても、相手に不快な思いをさせることもあるかもしれない。
必死にセリフを模索しながら、リルドナに歩み寄る。
「リルドナ、いいか?」
まずは、ちゃんと名前を出して呼びかける。
俺はいつもここを省略する悪癖があるしな。
しっかりと正面に相手を見据えて、そして相手の緊張を解く為にも、
「聞いてくれ」
言いながら、そっと両手を彼女の肩に添える。──改めて彼女の小ささを実感した。
「にゃ、にゃに?」
何故か、肩に触れた途端、ビクッとしたように思えた。が、ここで慌てて離すのもおかしい。
何よりも、下手に開放したら視線を逸らされ逃げられてしまう。
だからこそ、しっかりと彼女の目を見て話す、
「お前には負担を掛けるけど、頼む」
「だ、だだだから嫌って言ってるじゃない」
気の所為か、若干リルドナの顔が紅くなりつつあるような?
だが、俺もそれどころでは無い、告げるセリフを目下構築中なのだ、
一応はロイから原案は貰っている、そこからは俺のアレンジだ。
そうだな、こう行くか、──今の俺達にはお前の力が必要なんだ、だからお前の協力が欲しい。──ベタだが、こんな感じだろう。気恥ずかしいが、ここは我慢だ。
「一回しか言わないからな」
「は、はひ?」
すぅーと深呼吸し、先程完成させたベタなセリフを口にする、
本当にベタすぎて気恥ずかしい……、
くそ、言うぞ、言ってやるぞ、
「──俺…にはお前……が必要だ、だからお前………が欲しい」
くっ、下手に意識した所為で少しセリフを噛んでしまった……が、どうだ?
「な、ななななな!?」
ボン!と彼女は顔から煙を吹いたかと思うと、
「ばぅあぁぁ!」
「ぬぐぉ!?」
何故か勢いよく投げ飛ばされてしまった。
「いててて……なんだよ」
はて?
俺は何かおかしなことを言ったか?
もしくは、何かのニュアンスが間違って伝わったか?
──これだから英国語は難しい。
「おーい、大丈夫かー?」
「そ、それはアンタの方でしょう!?」
ふむ?
意味がわからん。
身を起こし、そっとロイに聞いてみる、
「あの、俺。変なコト言いました?」
「……、まぁ、ちょっと意味が歪曲しちゃったけど良かったんじゃないかな?……まさかワザとやってないよね?」
「は、はぁ……?」
やはりわからなかった。
だが、通じるには通じているのなら、
「リルドナ、」
今一度、彼女の方に向き直る、
「ひゃい!?」
何故か、ビクゥ!と過剰な反応を示す、
このままじゃラチが明かないな……。
「頼むから聞いてくれ、」
今度は少し強めに両手で彼女の肩をホールド。
「真剣な話なんだ──」
「あぁ、もう!わかったわよ、やるわよ!やってやるわよ!!」
若干、自棄気味に見えるが、概ねOKなのだろう。
とりあえずの説得は成功したか?
俺の交渉述も捨てたモノじゃないな、うん。
ちょっと嬉しくなってきたので、リルドナの手を取り大袈裟な握手と共に、
「そ、そうか、助かる!やっぱりお前が頼りだな!」
ぶんぶんと手を振り回し、ちょっと乱暴に頭を撫でてやる、
「ま、まままま任せておきなさい!このリルドナちゃん様に掛かればこれくらいよゆーよゆー!!」
どういうわけか目を回したような表情で、まかせろまかせろと連呼するリルドナ。
「──ダメだ、こりゃ……」
何故かロイは呆れ声を漏らした。
理由を知る由もないので、用件をのみを伝える、
「ロイさん、彼女なら、──リルドナなら行ける筈です、ですから銃を」
「わかったよ」
仕方ないね、と言わんばかりに肩を竦めて見せる。
そして、ロイは背負ったマスケットを徐に下ろしながら、
「そうだね、リルちゃんなら、ボクがやるより確実かもね。でも実弾の銃使ったことあるの?」
ロイに問われ、ハッと表情を変えると、
「な、無いけど……多分いけるわ、ちょっと貸して」
若干まだ挙動がおかしいが、皆の期待の視線に押され、若干のやる気を見せているようだ。
「んじゃ、一応危険物だし、銃弾は装填済みだから気をつけてね」
彼女の要求にアッサリと引き渡すロイ。
俺のときは渋ったのに、リルドナには遠慮なく手渡すのな……。
「──結構重いわね」
彼女は受け取った銃を様々な角度に構えながら呟く、
その姿はとても始めて扱うようには思えない洗練された動きだった。
「まぁ、イロイロ補強しちゃってるからデフォルトのよりは重いと思うよ。──行けそう?」
「うーん、かなり癖が強そうね……ちょっと試し撃ちさせて」
いいよ、とロイは笑顔で承諾し距離を明ける。
──絶対、この人はリルドナに甘いだろう?
皆が見守る中、彼女は銃を誰もいない方へと構え直す、──て、あれ?
なんか引っ掛るなと思ったら。
「お前、左利きだろ?」
「そうよ」
しかし、彼女は右手でグリップを握っている。
「だって、右利き用になってるんだもん」
不満そうに口を尖らせ、手中の銃の感触を確かめているという感じだ。
「ねぇ、アンタ」
「今度はなんだよ?」
「何か投げてよ」
「はぁ?」
投げろ、と言われても投げても良いような消耗品と言えば、
「こんなモンしかないぞ」
荷物から取り出したのは、クロスボウのボルトケース。
そこから数本取り出し、リルドナに示して見せる。
「うん、それでいいわよ。──んじゃお願い」
「あいよ」
言われるまま、ボルトを一本誰も居ない方へと投げる。
それは緩やかな放物線を描き、俺達が登ってきた下段へと吸い込まれ──
「うぉ!?」
──その刹那、
大気を揺るがす轟音と共にボルトがへし折れた。
「あ、当てやがった……のか?すげぇな、ねーちゃん」
「それも初弾でだなんて……凄いね」
誰もがにわかに信じ難いという様子だ。
だが、弾丸は確実にボルトに命中していた、──その証拠とも言うべき事実。地味に折れた破片が俺の顔を掠めていったんだが……。
「──ちょっと、ズレたわね」
だが、彼女は納得行かないようで、不満そうに慣れた手つきで銃身の清掃をしている。やはり、それも右手で、だ。
「金髪、火薬と弾を頂戴、もう一発撃ちたいわ」
「あ、ゴメンゴメン……はい、コレ」
言われ、ロイは油紙の包みを手渡す、一発分の火薬と弾丸を纏めた『早合』というヤツだ。
「ありがと」
受け取り、またもや慣れた手つきで再装填作業をこなす。
……初めて触るんじゃなかったのか?
「無能、もう一回お願い」
そう言い、再び銃を構えるが、
「今度は左で持つのかよ」
「さっきのでわかったから、次はちゃんと出来そうなのよね」
「なんだ?よくわからんが、行くぞ」
今度は遠くに投げる、破片を食らっちゃ堪らないからな。
再び放物線を描き、ボルトは下段へと吸い込まれ──
「──っ!?」
今度はさらに驚愕させた。
大気を揺るがす轟音と共にボルトが弾け飛んだのだ。
「うん、バッチリ♪」
満足したのか上機嫌で銃身の清掃を行っている。
「砕けた……ね」
そう言うのが精一杯なのか、さすがのロイの絶句している。
対象が折れたのではなく砕けた。
つまり衝撃が真芯へ伝達されたことを意味する。
固定された標的を撃つのでも困難なことだが、それをリルドナは投擲物に対して行った。
普段から銃を扱っているロイだからこそ、その凄さは人一倍痛感しているのだろう。
「ねぇ、金髪、あと何発か頂戴よ」
「え、あ、うん。んじゃ三発分だけ渡しておくよ、あんまり持ち過ぎると結構重いしね」
ありがと、と上機嫌で受け取り再装填。
彼女には驚かされるばかりだが、これで『狙撃』に関してはほぼクリアだ。
あとは、不安定な上空でどれだけ正確に射撃体勢を確保できるか、だ。
「なぁ、リルドナ大丈夫か?」
「え?あたしを誰だと思ってるの?任せておきな──」
さい、と彼女が発声するよりも早く、
「なら、さっさと行って来い」
問答無用にルーヴィックが彼女を蹴り上げた。
「――ひ、ひいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ」
昨日同様に情けない声を上げて飛んでいくノラ猫姉さん。
思い切り不意打ちで飛ばしてしまったのがとても不安だが、ヤツに文句を言う気が起きなかった。
だってそうだろう?
ヤツが振り抜いた脚を下ろしつつ苛立った声で「――煩い、」と、ポツリと呟いたのが聞こえたんだ……。
容赦なく射出された彼女の姿はみるみる小さくなっていった……。
日:柱 → 英:pillar → 仏:pilier
日:球 → 英:sphere → 仏:sphère
なんとなく翻訳ソフトで調べてたら、そのままネタにしちゃいました。
活字じゃないとわかんないネタですよね。
しかし、私は相変わらず会話イベントが苦手です。
さっさと行けよ!と言いたくなるグダり具合。
グッジョブだ!鉄仮面。




