第1の乗り手、女騎士コンスタンス⑥
「はぁー、やってられないのであります」
ローリーは鎧を着ながらため息をひとつ。
青空を仰ぎ見て、鞍を着けられながら。
ローリー自身では手が届かない、その作業をするのはいつもと同じコンスタンス……ではなく、辺境伯の長男であるルイスだった。
「コンスタンスと喧嘩したって?」
「そうなのであります。まったく、あの人は本当に困る」
「ああ、そうか……なんでコイツらは揃って俺に愚痴る……?」
憤懣やるかたないローリーは鎧の着方も少々荒々しい。
それに鞍を着けるスリリングな体験をしているのだから、ルイスは冷や汗が止まらないし思わず言ってしまう事もある。
「何か言ったでありますか?」
「え? いや、別に。都合の良い時に仕事をくれて助かったよ。やはり身体を動かす仕事の方が性に合う」
「そう! それの話なのでありますよ……ほんと、自分はどうしたらいいのでありましょう。コンスタンス様が貴様には礼節が無い〜って言うから、自分の性に合う戦場で頑張ろうとしているのに」
拙いながらも鎧を着て、兜を被り、ローリーは1人で準備を整える。
どうにもならない鞍だけルイスがなんとかすれば、現状のローリーが用意出来る最大の防御の完成。
「堅苦しいマナーだのが煩わしい気持ちは分かる。だが騎士になると言っているらしいじゃないか……本当にか? 噂になっているんだが」
「本当であります! 自分は騎士になりたい!」
「本当だったのかよ……いや、なら礼節は必要じゃないか?」
「でも誰も教えてくれないのでありますが!」
「コンスタンス以外でもよくないか? 駄目か?」
「だ、誰に……?」
ローリーは目をパチクリさせて戸惑った。
なにせこれまで身に付けてきた知識や技術というものは、自ら請うものではなく向こう側から教育されて得たもの。
公爵家に居た頃は老騎士アドレイが、こちらに来てからはコンスタンスがその役割であり、ローリー側にそれを選ぶ選択肢は無かった……のだが。
「俺とか、親父とか。礼儀作法全般、一応教えられるぞ」
「教えてくれるのでありますか!」
「無いよりはあった方が良いものだしな。今後がどうであれ、辺境伯家に仕える……いや辺境伯家の馬なのか?」
「これでコンスタンス様も文句、言えなくなるでありますね!」
「だな。とりあえず今年は生き残る事を頑張ってくれ」
「はい! ……本当に教えてくれるのでありますよね?」
「戦争の季節が終わって、帰ったらな」
ルイスに鎧を着せてもらって、ローリーは準備万端。
ただ普段──とは言っても数度だが──コンスタンスが着せてくれる時とは違う締め付けに、違和感を覚えて何度か身を捩りはするが。
そうして行軍の準備、移動する戦列に加わろうとした時にローリーは見知った顔に出会した。
「げっ……」
「失礼な奴だな、貴様は」
ローリーは気不味さを露骨に表情に出して、コンスタンスはいつも通りの仏頂面で眉を顰める。
表面上はいつも通り、これまでとそう変わらない。
だがローリーはもう、コンスタンスの内側に煮えたぎる泥のような感情があると知ってしまった。
そしてそれが、自分に対して怒りという形で向けられている事にも。
こうなれば対応の仕方は分かれるだろう。
諍いを恐れてなあなあの対応をするか、むしろ闘争心を激らせ正面からぶつかりに行くか。
ローリーは圧倒的に後者だ。
耳を後ろに絞って、動作は無意識ながら露骨に敵対心を示す。
「自分は騎士になるのであります。その為に礼儀作法を教えて貰える事になったので、これはもうコンスタンス様になんと言われても騎士になるのでありますね」
「はぁ? おおかたルイスに口約束を取り付けたとかだろう。本当に騎士にするなんて言ったのか? 貴様の不遜な態度を改める為に教育をしたいだけだろうに」
「そうだとしても、自分は気にしないのであります」
ローリーの他者の視線を気にしない、そんな態度は大変にコンスタンスの精神を逆撫でして眉間に深い皺を増やす。
騎士とは、他者の尊敬を集める存在でなくてはならない。
どのように見られるか、その重要さをコンスタンスは知っている。
侮られてはならない、名誉を保たなくてはならない。
少しばかり珍しい家畜程度に思われているローリーが、分不相応に騎士になると大言壮語を吐く様はコンスタンスには見ているだけで恥ずかしく、耐え難い怒りを抱かせるものだった。
「貴様のその愚鈍な様を見ていると腹が立つ。自らがどのような評価を下されているかも理解せず、鬱陶しい……騎士の輝かしさを汚している!」
「自分に当たらないでください! 自分も馬鹿じゃないから分かりますからね! コンスタンス様は自分が女だからって馬鹿にされて、その憂さ晴らしを自分でやっているのでありますよね!?」
「なっ!? 貴様……っ!」
「コンスタンス様はみんな敵だって思ってるから、そうやって嫌な事しか言わない! そんな感じだからみんなコンスタンス様を嫌がるんですよ!」
「ぐっ……クソ! 公爵家からの進物だからって、お前程度には個人としての価値なんて無いんだよ! お前にあるのは眺めて愉しむ物珍しさ程度、特別な事なんて何もない!」
腕を振り乱し怒鳴り散らして、コンスタンスは大股で去ってゆく。
ここで終わりだと切り上げるのは、本人も思い当たる節があったから。
あったからこそ、腹が立つ。
腹が立つが、なによりそれを見下していたローリーに指摘された恥ずかしさが舌戦の継続ではなく、自分の心の保護を優先した。
大人げない振る舞いのしっぺ返しでもある。
「ほら! またそうやって! 言い返せないから嫌な事言ってる!」
このように追撃するローリーも、相応に幼いが。
ともあれ戦争は個人の感情を斟酌せず、ローリーにとっては徐々にいつも通りとしてやって来る。
騎馬隊として辺境伯の息子、ルイスの麾下で轡を──これは比喩ではあるが──並べて戦場に向かう。
「コンスタンスとまーた喧嘩してたって、噂になってるぞ」
「そうでありますか」
「そうでありますかって……喧嘩するなとは言わないけどな、もう少しなんとかならんかね」
「コンスタンス様の方が嫌な事を言ってくるのでありますよ!? 自分は悪くない!」
「お前達は頑なだな……別にコンスタンスに気を遣えとまでは言わない、それでも相手への敬意は持つべきだ。これはコンスタンスにも言えるが」
「別に……コンスタンス様が嫌いな訳じゃない、ですよ。兜とか鎧とかをくれました、優しくもしてくれて……でもたまに嫌な事を言われるから」
「コンスタンスも似たようなもんだろ、きっとな。今日のアイツは下馬で別部隊だ。無事に帰ったら、その辺り少し話せ。優しくしてもらったなら、それに礼を言うとかな」
今日もいつもと変わらず、少なくともローリーからすれば命令された通りの場所に着いて行って、そして言われた通りに突撃する。
効果的な場面で、危険の可能な限り少ないタイミングで。
幸いな事に、ルイスはそのようなリスクの少ない判断を下す能力に長けていた。
そうして変わり映えのしない比較的安全な騎馬突撃を粗方終えて、歩兵を存分に蹴散らし見晴らしの良い丘の上で勝利の余韻と共に周囲を窺っていると……伝令がルイスの下へ。
「ご報告です! 弓兵隊が敵騎兵隊の攻撃を受けは敗走、コンスタンス卿らが殿を務め我らを逃してそのまま」
「位置は」
「森の中へ逃げ込み、敵騎兵の追跡を撒いた所で逸れてしまい……」
「そうか。報告ご苦労、下がって休め」
一礼して去る伝令を見送って、ルイスは「ふむ」と小さく息を漏らして思案する。
顎に手を当て、無言で考えを巡らせるその時間は、側から見ていたローリーには大変もどかしい。
居ても立っても居られずに、思わず声を掛けてしまう程には。
「それで、いつ行くのでありますか?」
「行く、とは」
「助けに行くのでありますよね?」
「いや、森の中では騎馬の機動力を活かせない。少数ならなんとか動けるかもしれないが、それじゃあ意味がない」
と、冷静でそっけない返事。
ローリーも思わず、蹄で地面を掻き始める。
「じゃあ誰か助けに行ってもらうとか!」
「今、動かせる兵はどれだけ居たか……やるなら我々が下馬での救助か」
「な、なら早く行かないと!」
「だが相手がどれほどの数かも分からん状況だ。無闇に飛び込む訳にもいかない」
ルイスの慎重な面が存分に出た会話ではあるが、ローリーからすれば煩わしい事この上ない。
もしかしたら目の前の騎士は、この状況を解決する答えを持っているのかもしれない。そうは思いつつもローリーはどうしたら良いのか分からない。
そしてコンスタンスを助ける事に、何故こんなにも執着しているのかも分からない。
喧嘩したばかりで、焦るローリーの脳内に浮かぶのは嫌な言葉を投げ掛けられる負の記憶。
それが頭にこびり付いて、更に腹立たしい。
そして腹立たしさから、何故こんなにも必死にコンスタンスを助けようとしているのか、それが更に分からなくなる。
分からないのなら、ただ走ればいい。
ローリーの中にある正しさとは、これだけだった。
「もおぉ! そうやって行かない理由ばっかり話すなら、自分が行って助けますから!」
「待て、焦るな。そもそも、森の中では騎馬の優勢を失うんだ。ケンタウロスのお前では──」
「それでも! 誰も行かないなら自分が行くのであります! どうせ自分が居なくなってもそんなに困らないのでありますよね? だったら自分が行って、助けられなかったら面倒が減って良かったって事で!」
引き絞られた矢のように、ローリーはたちまち駆け出して風を切る。
背後からは「止まれ」や「戻れ」と聞こえてくるが、ローリーは振り返る事すらしなかった。
「あぁもう! なんで自分は嫌な事ばっかり言うコンスタンス様を助けに行ってるのでありますか!?」
ローリーには分からない。
何故自分を嫌うコンスタンスを助ける為に走っているのか、命令を無視して駆け出してしまったのか。
分からなくとも、師の教えだけは胸にある。
「先生は分からないなら走ればいいって……! こういう事の筈! だってコンスタンス様は嫌な事を言うけど、嫌な人じゃないし、それに──」
ローリーは走る、そして叫ぶ。
走れば考えずに済むからだ。
手の震えも、走れば気にならなくなるから。
支離滅裂でもとにかく叫べば、勇敢になれる気がしたから。
「騎士って、仲間を助ける筈だから! 助ければいいんだから、走って助けて走ればいいだけ!」




