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魔女と王都と金色の猫  作者: 鈴宮(すずみや)
王都に戻った魔女、幸せの意味を知る
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Obliviate

「ミシェル!」


 ルカの顔をした男が、ミシェルに向かって手を伸ばす。


(止めろ!ミシェルに触れるな!)


 そう叫びたいのに声が出ない。今は実体を持たないルカの心臓がバクバクと鳴り響いている。激しい焦燥感に全身が渇き、苦しくて堪らなかった。


「終わったよ……何もかも」


 男は足元に転がった父親の亡骸をチラリと見下ろしながら、ミシェルに向かって笑いかける。ミシェルは馬に跨ったまま眉間に皺を寄せていた。


「私はちゃんと、約束を守っただろう?」


 腕に抱えた分厚い本を、ルカの顔をした男が捲る。ミシェルに見えぬようニヤリと口角を上げる男を、ルカは苦々しい想いで睨みつけることしかできない。


(この男は、こうしてクリスの記憶を読んでいたのだな)


 思えばいつの日からか、クリスは分厚い本をいつも持ち歩くようになっていた。過去の話をする際は決まってその本のページを捲っていた。

 つまり、クリスがいつも持ち歩いていた分厚い本こそが本物のクリスであり、彼の記憶なのだろう。

 とはいえ今、ルカも本物のクリスと同じ状況に置かれている。真相が分かったところでどうすることもできないのがもどかしい。


「ルカ様……」


 ミシェルは馬から滑り降りると、ゆっくりとこちらへ向かって歩いてくる。その瞳は切なげに細められ、薄っすらと涙が滲んでいた。


(ミシェル!その男は私じゃない‼ミシェル!)


 男が口にした『約束』は、ミシェルを逃がす前にルカが彼女と交わしたものだ。二人しか知らないはずの言葉を口にする、ルカと同じ顔をした男。身を案じていた婚約者の無事な姿。この状況でルカが別人に入れ替わってしまっている等と考える人間はいないだろう。


(何か……何か方法はないのか?)


 男が満面の笑みを浮かべながらミシェルに向かって両手を広げる。ミシェルが一歩、また一歩とルカに迫っていた。

 その時、男の足元でチリンと小さな鈴の音が響いた。ルカには馴染みの深い音色だ。


「トネール!」


 ミシェルはその場に屈むと、両手を広げてトネールを迎え入れた。金色に輝く猫を力強く抱き締めながら堪えきれないといった様子で涙を流す。


「やっぱり、ここにいたのですね!」


 眉間に皺を寄せ肩を震わせるミシェルの側に、ルカの顔をした男が寄り添う。


「良かった!安心しました……!」

「……私よりトネールが先なの?」


 拗ねたようにして笑う男をルカは苦々し気に見上げていた。

 ルカの思考回路や行動原理といったものをこの男は把握しているらしい。入れ替わりを果たす今日という日のために、男はクリスに成りすまし、ずっとルカのことを観察していたのだろう。

 ミシェルは何も言わぬまま、男の胸に身体を預けた。男の腕がミシェルの背に回る。ルカの血がザワザワと騒いだ。


「えぇ……トネールのおかげで確信できましたから」


 そう言って、ミシェルはルカ――――男が手にしていた本を奪い取ると同時に、杖を男の胸に押し当てた。


「なっ……!」


 男が素っ頓狂な叫び声を上げる。眩い光が放たれ、気づいた時には男は壁まですっ飛ばされていた。

 ミシェルはゆっくりと立ち上がると、今は本と成り果ててしまったルカを見つめた。涙がポタポタと零れ落ち、ルカを濡らす。


「ルカ様……やっぱり、お側を離れるべきではありませんでした」


 ルカを両手で抱き締めながら、ミシェルは涙を流し続ける。ほんのりと温かいミシェルの体温に冷たい涙。


(ミシェル……)


 今は実体のないルカの瞳からも涙が零れそうだった。


「何を……何をするんだミシェル!何故私に魔法を放った!?」


 ルカの顔をした男はわき腹を擦りながら、フラフラと立ち上がる。


「そんなの、答えは一つしかありません。あなたが私のルカ様ではないからです」


 ミシェルはそう口にしながら男との距離を詰めた。片手には杖が握られ、真っすぐに男へと向けられている。


「ミシェル……もう大丈夫だから。私たちを脅かすものはもう、何もないんだよ。だから――――」

「ルカ様とクリスを元に戻してください」


 眉間に皺を寄せながら、ミシェルは男に詰め寄った。杖を喉に突き付けられた男は、小さく呻き声を上げる。杖の先端は眩い光を放っているし、少し離れたルカの場所からも熱を感じる程だ。


「――――どうして?」


 男は苦し気に眉を寄せながら、絞り出すようにそう呟く。ミシェルは唇を真一文字に引き結び男を睨み続けていた。


「城から避難をする最中に見えたのです。クリスの姿をしたあなたが、ルカ様と一緒にいる所を」


 トネールはミシェルの肩に飛び乗ると、チリンと鈴の音を鳴らした。


「けれど目を瞑っている間しかこの場の状況を見ることができませんでしたし、音も聴こえません。ルカ様が倒れたこと、あなたと一緒にいること、この二つしか私には分かりませんでした。ですから、私はここまで来ても確信が持てずにいました。いえ……ルカ様が無事でいてほしいという想いに縋りたかったから、目の前にいるあなたがルカ様だと思いたかった」


 男に対して、というよりもルカに対して話しているのだろう。ミシェルは心底辛そうに言葉を紡ぐ。


「もしかしたら、私を誘き寄せるために敵が見せている光景かもしれない。そう護衛の方に言われました。ですから、先ほどこの場にトネールがいるのを見て、心底安心したのです。トネールが私にルカ様の状況を教えてくれようとしていたんだって、そう分かったから」


 ミシェルは浅い息を繰り返しながら腕に力を込める。肌を焼く焦げ臭い香りが仄かに漂った。


「それだけで偽物だと決めつけるのか!?私はルカだ!偽物のはずが」

「ルカ様は温かくて眩しい、私の太陽です!いつだって、私を真っすぐに照らしてくれる。姿かたちを真似たところで、あなたとは全く異なります!間違えるはずがありません!」


 男は歯をガタガタ言わせながらミシェルを睨んでいた。屈辱と羞恥に顔を歪ませる男の顔は、ルカのものとは思えないほどに歪んでいて、醜い。


「早くルカ様を解放してください。さもないと……」


 男はミシェルの言葉を聞いてニヤリと口角を上げる。それから不気味な高笑いをしながらミシェルへとにじり寄った。


「解放?そんな方法、あるわけがないでしょう?本当に浅はかで馬鹿な女だ……クリスもルカも、どうしてこんな女に入れあげているのか、私には理解ができませんよ」


 男の言葉に、ミシェルがビクリと身体を震わせた。ルカを抱えた腕がプルプルと小刻みに震えている。


「クリスの記憶はどこを読んでも『ミシェル』『ミシェル』。馬鹿の一つ覚えみたいに『ミシェル』しか出て来ない。入れ替わりのために仕方なく読んでましたが本当に気持ちが悪かった。あなたはクリスが入れ替わっていたことに半年以上、全く気付いていなかったっていうのにね。可哀そうなクリス――――――あぁそうだ、クリスの最期を教えて上げましょうか?」


 その途端、ミシェルが小さく息を呑んだ。動揺しているのがルカにまで伝わってくる。


(ミシェル、落ち着け!ミシェル……!)


 男の話に耳を傾けてはいけない。必死にそう叫んでも、ルカの言葉はミシェルに伝わらない。トネールが必死に宥めているのも、どうやら目に入っていないようだ。


「クリスはね、あなたが『ルカ様』と結ばれたあの夜、俺が消してやったんです。呆気なかったなぁ。本当に簡単な仕事でした。虚ろで惨めな負け犬クリス。……いや、違いますね。あいつを消したのは俺じゃない。あなたです」

「えっ……?」


 ミシェルが絶望に目を見開き、唇を震わせる。


「だってそうでしょう?あなたがいなかったらクリスは俺の標的にされなかった。少なくとも、あんなに簡単にやられはしなかったでしょう。『ミシェル』の存在がクリスを消したんですよ」


 最早これまで。ミシェルが堪えきれなくなった感情を杖に託そうとしたその瞬間、男はニヤリと笑った。


「おまえも一緒に消えてしまえ」


 男はシュッという音を立てて何かを引き抜いた。ルカにはそれが、爆弾の起爆装置だとすぐに分かる。


(逃げろ、ミシェル!)


 ルカの視界を眩い光と塵芥が塞ぎ、耳をつんざくような爆発音が鳴り響く。爆風に煽られて、ルカはミシェルの手から離れてしまった。

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