いざ、王室専属魔女試験
「全く……父上は一体何をお考えなんだろうな」
荘厳な広間に、幾らか幼さの残る不機嫌な声が木霊する。声の主は美しいシルクでできた白い装束に身を包み、金色の髪を掻き上げながら、彼の側近をチラリと流し見た。
「さっ、さぁ……。私には何とも」
側近の年若い男は、冷や汗を流しながら、深々と頭を下げた。
主の紫色の瞳は、まるですべてを見透かすかのような光を放っていて、受け答えにはいつも緊張を伴う。
それだけではない。この若く、少し強引な所のある主人は、ひどく美しい容姿を持ち、多くの人間を惑わせる。それ故、彼に仕えることのできる人間は、タフで、美しさや権力といったものに一定の耐性を持つものに限られるのだ。
「だろうな。しかし本当に解せない。十年以上空いていた王室専属魔女を今更公募する必要など、俺には見当たらない」
紫の瞳を持つ青年は、そう言いながら、颯爽と身を翻した。
「まあ良い。父上も選考は俺に一任するというし、相応しいものがいなければ落とすだけだ。――行くぞ」
「はいっ! 」
磨き上げられた大理石を一行が闊歩する。大広間の先にある重苦しいドアが開かれると同時に、男は続きの間へと迷いなく進んだ。
鮮やかな紅い布地に金糸の見事な刺繍が施された椅子に、ミシェルはトネールと二人、ポツンと座っていた。
「やっぱり、クリスがいないと少し心細いですね」
ミシェルが尋ねると、トネールはまるで『全然』とでも言いたげに、そっぽを向いた。思わぬ反応に、ミシェルはクスクス笑いながら、愛猫の背を撫でてやる。
付き添いであるクリスが立ち入れたのは受付まで。彼の父親から預かった推薦状を渡すとすぐに、クリスは控室へと連れていかれたのだ。
ミシェルにとってクリスは、外の世界に出る前も、それ以降も、彼女を助けてくれる頼もしい存在だし、側にいてくれるだけで安心ができる。けれど、どうもこの猫はそれが気に喰わないらしい。
「まぁ、おまえがいてくれるから、ヘッチャラですけどね」
そう囁きかけると、トネールは耳をピンと立てながら、嬉しそうに鳴いた。
「しかし、私以外の皆さんはさすが、顔つきが違いますね」
ミシェルが案内された部屋の中には、彼女と同じか少し上ぐらいの年頃の魔女達が十数人集まっていた。
元々知り合いなのか複数集まって魔法談議に花咲かせるもの、一人黙々と魔術書に目を通すもの、覚えた呪文をブツブツ唱える者等過ごし方は各々違うが、表情が自信に満ち溢れているようにミシェルには見えた。
「私もせめて、魔術書ぐらいは持ってくるべきでした」
トネールを抱き上げながら、ミシェルはそっとため息を吐く。
とはいえ、他の魔女がどうやって魔法を学んでいるかも知らなければ、どんな風に採用者が決まるかも全くわからない。学校に通っていたことすらないミシェルには、対策の立てようがなかった。
(きっと、おじ様たちもその辺はご存じじゃなかったでしょうから)
知っていればきっと、アーサーはミシェルに知恵を授けてくれただろう。そうは思えど、こういう場で何もしていないというのは、何とも居心地が悪いものだった。
(あとどのぐらい待てばよいのでしょう)
ミシェルがもう一度、そわそわと辺りを見回したその時、受験者達が案内されたものと別のドアが、大きな音と共にゆっくり開いた。
魔女たちの視線が一斉にそちらへ集まる。次いで現れたのは、金の髪と紫色の瞳が印象的な、美しい青年だった。
後ろには彼と同じ年ごろの若い男性が数人続く。皆、見目麗しく、一見して鍛えられていることが分かる。
けれど、一番初めに入って来た男性は、その美しさといい、均整の取れた身体つきといい、彼らの全てを凌駕しているようにミシェルには見えた。
(本当に綺麗な人)
思わず見惚れていると、あちこちから感嘆のため息や、黄色い声が漏れ聞こえた。
「今日、この場を任されたルカだ。皆、今すぐ席に着くように」
凛と冷めた声音。会場の空気が一気に緊張感に包まれた。
パタパタと忙しなく足音が鳴り響き、あっという間に用意されていた席に皆が腰掛ける。ルカはそれを見届けると、小さくため息を漏らしながら、部屋の真ん中へと移動した。
「では、今日の流れを説明する。まずは筆記試験。それから面接を行い、見込みのあるものだけが実技試験に挑んでもらう。もっとも」
ルカはそこで言葉を区切ると、不機嫌そうに目を細めながら、部屋の中をぐるりと眺めた。
「俺は王室に魔女など不要だと思っている。故に、俺の一存で採用者なしとなる可能性もあるので、それを頭に入れておくように」
ルカの言葉に、周囲から息を呑む音が聞こえる。
(なるほど……かなりの狭き門、ということですね)
ミシェルは小さく頷きながら、ルカの言葉を反芻した。
と、その時。
ルカの瞳がミシェルを捕えた。
(……え? )
気のせいだろうか。そう思うも、ルカの瞳はなおも真っ直ぐミシェルに向けられている。
ミシェルは小さく身体を震わせながら、恐る恐るルカの瞳を覗き込んだ。すると何故だろう。ザワリと音を立てて、ミシェルの血が騒いだ。
(何なのでしょう、これ)
それはこれまでに感じたことのない昂りだった。心臓が早鐘を打ち、全身へと血が駆け巡る。頭もいつになく冴え渡り、まるでミシェルのことを後押しするかのようだった。
「っ……! ではこれから、筆記試験を配布する」
どのぐらいそうしていただろう。ルカは小さく咳ばらいをし、そう口にする。
すると、彼の部下たちが一斉に会場内を回り始めた。ミシェルの机にも数枚の紙片が並べられる。
(どうしてでしょう。私……ここで働きたい。いえ、そうせねばならないと思うのです)
ミシェルは筆ペンを握りしめながら、何度も深呼吸をした。武者震いとはこういう状態を言うのだろう。そう感じていた。
「全員に行き渡ったようだな。制限時間は一時間。――――では、始め」
ルカの合図を封切りに、一斉に羊皮紙が捲られる。室内に心地よい緊張感が走り、ミシェルの心を揺さぶった。
(よし! )
ミシェルはもう一度大きく息を吸うと、勢いよく筆ペンを走らせるのだった。