At last
腕に抱きとめた華奢で小さな身体が小刻みに震える。けれど、それはルカも同じだった。心臓はドキドキと高鳴り、身体からは震えが止まらない。
(見つけた!……ようやく辿り着いた)
もう二度と逃がしはしない。そんな想いを胸に、ルカは力いっぱい目の前の少女を抱き締める。
「な……何かの間違いではございませんか?」
こちらを振り向かぬまま、黒髪の少女が答えた。彼女の腕に抱かれた黒猫が、チラリとルカを見上げる。咎めるような憐れむような、そんな瞳だ。
「私はミシェルという名前ではありません」
弱弱しく呟くその声は、何処からどう聞いても愛しい人のそれだというのに。ルカは困ったように笑いながら、ミシェルの肩に自身の顔を預けた。
「私がミシェルを間違うわけないだろう?」
ルカの瞳にじわりと涙が滲む。
ずっと会いたかった、ずっと探していた、生涯を共にすると決めた最愛の人。この腕の中にいるのは、ミシェル以外であるはずがない。
「で、でも」
ミシェルの声は困惑に満ちている。
無理もない。今の彼女は以前のような豊かな金色の髪でも、紫色の瞳でもない。おまけに万を超えるこの人混みの中、特定の一人を見つけ出すなど、本来不可能としか思えないのだろう。けれど。
「ここに――――王都の広場にさえ来てくれれば、見つけられる自信があったよ」
どんなに見た目が変わっていても、どんなに大勢の人々の中にあっても、ルカにはミシェルを見つけ出す自信があった。
だからこそ、ミシェルが再び王都に現れることを信じて、婚約発表を断行したのだ。
「私にとってミシェルは太陽だから」
闇を照らし、心を優しく温める美しい太陽。ルカにとってそれがミシェルだった。
「太陽がなければ人は――――私は生きていけない」
小刻みに震える身体を縋るように抱き締めながら、ルカは必死に言葉を続ける。立っているのがやっとだった。もうずっと、崩れ落ちそうな自分を何度も何度も奮い立たせてきた。ミシェルを失ったあの日から、ルカの時間は止まっていたというのに。
「ルカ様には私なんかいなくても大丈夫です!」
ミシェルがそう言うと、黒猫が彼女の腕からヒョイと飛び降りる。
それからミシェルは、ようやくルカの方へ振り向いた。
久しぶりに間近でみる彼女は、あまりにも美しく、そして愛しかった。涙に泣きぬれた瞳も、紅く染まる頬も、桜色の唇も、何もかもが尊く、ルカのために存在しているかのように思えるのに。
「私はもう、ルカ様の側にはいられません」
唇はそんな残酷な言葉を紡ぐ。
「御存じなのでしょう?私にはルカ様の子を産むことができません。触れることだってもう許されない――――。それに私ではルカ様の夢を支えることも、力になることも……何一つできません」
激しく首を横に振りながら、ミシェルが涙を零す。
「私は――――あんな風にルカ様の未来を狭めたくはなかった!ルカ様には絶対に幸せになっていただきたいって、そう願っていたのに!どうして!どうして!?どうして私を婚約者として発表してしまったのですか!?どうして他に妃を娶らない等と……!王政の廃止のことだって!全部全部私のせいで台無しになったのに――――」
普段穏やかなミシェルが感情を剥き出しにするのは珍しい。
ルカにだって、何故ミシェルが急にいなくなったのか、何故誰にも何も言わなかったのか。その行動の理由も気持ちも分かっている。
ルカは正面からミシェルを抱き締めながら、そっと笑った。
「私の幸せの絶対条件はね、ミシェルと共に生きることだよ」
大きく、今は青色をしているミシェルの瞳が大きく揺れ動く。零れ落ちる涙を掬いながら、ルカは目を瞑った。
「もう二度と身体を重ねることが許されなくても、子が成せなくても。他の何を犠牲になっても、そんなのは些末なことだ。ただミシェルと一緒にいたい。一緒に生きていきたい。そうでなければ、私は幸せにはなれないよ」
ミシェルは唇をギザギザに引き結ぶと、ルカの胸に顔を埋めた。じわりと染み込む涙が温かい。ルカは腕に力を込めた。
「この半年間、どれほど私が苦しかったと思う?本当に気が狂いそうだった。ずっとずっと、ミシェルに会いたかった。会いたくて堪らなかった」
ミシェルももう、自分の気持ちに嘘が吐けないのだろう。ルカの腕の中でコクコクと頷いている。
「何があっても絶対、離さない。ずっとずっと側にいて、生涯愛しぬく。そう決めたんだ。誰に何と言われても、これだけは譲る気はない。だからミシェル」
ルカはミシェルを上向かせると、額に触れるだけのキスをした。
「おかえり」
私の元へ――――。
願うように、祈るようにルカが言葉を紡ぐ。想いを乗せた言霊が、二人を二度と離さない。そう信じて。
「ただいま、ルカ様」
まるで呪文を唱えるかのようにミシェルが言う。すると、黒く染まっていたミシェルの髪の毛は夜から朝へと移り変わるかのように金色に輝き、瞳は紫色に移ろった。
「あぁ……やっぱりその色が一番似合う」
太陽を宿したかのようなミシェルの美しい髪の毛。それを撫でながらルカが笑う。すると、ミシェルの肩に金色の猫が飛び乗った。
止まっていた二人の時間が、ようやく動き始める。
ミシェルもルカも溢れかえる涙をそのままに、声を上げて笑った。




