おかえり
『――――我が王子・ルカの婚約者として、王室専属魔女・ミシェル・ウィリアムズが内定したことをここに発表する』
集まった人々の歓声が王都の広場に響き渡る。凄まじい熱気と興奮の渦。
けれどミシェルは、ひとり呆然と立ち屈していた。
「な……なんで」
戸惑いを拭えぬまま、ミシェルは再びバルコニーへと向きなおる。
行方不明扱いになっている自身が、婚約者として発表されるなど信じがたい。
第一、ルカとミシェルが兄妹である以上、子をなすことも結ばれることも許されはしない。例え兄妹関係を示すものがないとしても、例え形だけの婚姻だとしても、王が結婚を許して良いものなのか。いや、あってはならないことだ。
「待って?でも、王室専属魔女って確か……」
群衆の中にもミシェルの失踪を知る者がいたのだろう。方々から上がった口火は徐々に広がっていく。歓声が次第にざわめきへと変わっていくのを、ミシェルは黙って見守ることしかできない。
(どうして?どうしてこんな……)
てっきり別の誰かを見つけたのだと思っていた。ルカと添い遂げることのできる誰かとの婚約を発表するものだと。それなのに。
(ルカ様)
真っすぐにルカを見上げながら、ミシェルは涙を流し続ける。
混乱の広まる広間。国王は穏やかな表情のまま、再び前へ進み出た。
「既に知っている者もいるように、今ミシェル・ウィリアムズは行方が分からない。いつ見つかるのか、生きているかも全く予測不能だ」
王の言葉に群衆の騒めきは増していく。けれど国王もルカも、ただ前を見据え決して動じることは無い。
「けれどルカは、ミシェルと共に生きることを選んだ。このまま彼女が見つからなければ、生涯独り身を貫く。そう決意しているのだ」
(そんな……そんな…………)
それは、このままミシェルがルカの元に戻らなくても、ルカの元へ戻ったとしても、王室がそこで終わることを意味していた。
こうして王がミシェルとの婚約を発表していること。それはつまり、ルカがミシェルとの血の繋がりを知り、その上で王を説得したということだろう。
(ダメ!ダメなのに……ダメだって思ってるはずなのに)
心はどこまでも素直だ。
ルカの気持ちが嬉しかった。もう忘れ去られてしまったと。何も言わずにいなくなる娘など嫌われてしまったかもしれない。そう覚悟していたというのに。
(ルカ様は変わらず、私を想ってくれていたんですね)
手のひらから零れ落ちる涙を、トネールがそっと舐める。
国のこと、王族のことを思えば、喜んではいけないと分かっている。けれど、今だけは。ルカの気持ちだけはミシェルのものだ。
これから先、どうすれば良いのかは分からない。それでも嬉しかった。
「それから王政は――――どのような形であろうとも、ルカの代で終わりにしたい」
王が再び口を開く。
その瞬間、収まりつつあったざわめきが再び沸き上がった。
「王室が無くなる!?」
「国は!?これからどうなってしまうの!?」
群衆の混乱はもっともだ。
もしもミシェルが当事者じゃなければ。何も知らなければ、恐らくはパニックに陥っていただろう。
「王政に変わり、これからは君たち――国民の中から、新しいリーダーを選んでいきたい。そのために今、ルカや政務官たちが様々な準備をしてくれている」
王の言葉に、集まった人々はシンと静まり返っていた。そんなこと、考えたことも無かったのだろう。皆、信じられないという様子で、呆然とバルコニーを見上げている。
(そうか……ルカ様はずっと)
これまでずっと、ルカが必死に国民のために働いてきたことをミシェルは知っている。身を削り、たくさんの時間を費やし、これまでの伝統とは違うことをたくさん取り入れてきたこと。そのどれもがきっと、このため――――王室を終わらせるためにしてきたのかもしれない。そう、ミシェルには思えた。
すぐにということではない。そう王は話したが、そこから先の話は、まだまだ決まっていないことが多いらしい。
きっと王政の廃止については、本来ならばまだ発表する予定はなかったのだろう。もう少し下地を固め、それから徐々に発表していくはずだった。それを崩したのは、やはりミシェルのためだろう。
(私はやっぱり、ルカ様の側にいるべきではない)
彼の力になるどころか、足手まといになる。そんな妃ならば、居ない方がマシだろう。
(ルカ様……ありがとうございました)
ルカに出会えてよかった。嬉しかった。幸せだった。変わらず想ってくれていると知ることができて、本当に本当に。
(いつかきっと、私を忘れられる――――そんな魔法を届けますから)
そんな決意を胸に、ミシェルはバルコニーを見上げる。最後に一目、ルカを瞳に焼き付けたかった。
(……あれ?)
けれど国王の後ろにいるはずのルカが見当たらない。そこにいるのは、彼と同じ服を身に着けた、違う男性だ。
(あれは…………クリス?)
茶色いはずのクリスの髪の毛は金色に染められている。服装は普段着ているものとは異なるものの、あれは確かにクリスだ。
(どうして?いつの間に入れ替わって……)
初め、王と共に出てきたのは、間違いなくルカ本人だった。絶対に見間違いなどではない。けれど、一体どうして、いつの間に入れ替わってしまったのか、ミシェルには分からない。
(ルカ様……)
どうしてもっとずっと、見ておかなかったのだろう。後悔したところで意味などないのだけれど。
今度こそ王都を後にしよう。
そう思った時だった。
「…………っ!」
背中を覆う広い胸、力強く逞しい腕がミシェルをギュっと抱きしめる。
心臓がバクバクと高鳴った。呼吸も上手くできない。けれど鼻を掠める香りはひどく懐かしいもので。
(まさか……まさか…………)
振り向きたい。けれど振り向けない。息も出来ない程に力強く抱きしめられ、まるで時間が止まったかのように感じる。この腕を、熱の主を、ミシェルは知っていた。
「おかえり、ミシェル」
背後から切なげに、懇願するように囁かれたその声に、ミシェルの瞳から涙が溢れかえった。




