表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔女と王都と金色の猫  作者: 鈴宮(すずみや)
王室専属魔女、ロイヤルウェディングへの道
61/98

王都、再び

「ルカ」


 先日、久方ぶりにきちんと向き合ったばかりの息子の名を呼ぶ。振り向いたルカは、とても穏やかに微笑んでいた。


「……本当に良いのかい?」


 躊躇い交じりにそう尋ねると、ルカは少しだけ目を見開き、それから力強く頷いた。そこには一片の迷いも、憂いも見えはしない。


(あぁ)


 自分は何もしてやれなかった。けれどルカは、美しく誇り高い、素晴らしい青年に育ってくれた。そう称さずにはいられない。


「――――行こうか」


 ならばこちらも、そんな彼に応えなければならない。

 固く閉ざされた重い扉を開放した先に広がる眩い光。そちらに向かって、ルカと共に足を進めた。



(来てしまいました……)


 城の前に広がる王都の広場。人々のひしめき合うその場所にミシェルはいた。

 王都に足を踏み入れるのも、この城を見るのも、実に半年ぶりになる。ルカの部屋から抜け出したあの夜が最後だった。


「懐かしいですね、エイダン」


 ミシェルが呟くと、チリンと鈴を鳴らしながら黒猫が小さく鳴いた。

 王都も城も、一見何も変わっていないように見える。けれど、ミシェルが知らなかっただけで、王都も、城も、それからここにいる人々の想いも。この半年の間に色んなことが変わってきたのだろう。


(見届けなければ……きちんと)


 ミシェルはグっと拳を握りながら、大きく深呼吸をした。

 今日ルカは、この場所で婚約を発表する。

 当然、それを知った時にミシェルの受けたショックは大きかった。

 ルカとは何度も何度も、想いを確認し合った。生まれてきて良かったと――――幸せだと思った。この気持ちは永遠に変わることは無い。そう思っていた。


(自分で選んだことなのに)


 ミシェルの心臓が大きく軋み、悲鳴を上げる。

 二人が兄弟であると知れば、きっとルカは苦しむ。彼を傷つけたくないと思った。自分のように、深い絶望の淵に立たせたくないと。そう願っていた。

 出会ったことも、生まれたことすらも。何もかも全てが間違っていたかのような苦しみ。ミシェルを襲ったのは、そんな絶望だった。

 だから誰にも何も言わずにミシェルは姿を消した。

 しばらくはルカも悲しむだろう。苦しむかもしれない。けれど、真実を知るよりはずっとマシだと、そう信じた。

 いつかルカの心を救えるような魔法を生み出すこと。それから、彼の愛する国を影ながら支えられる人間になることだけが、ミシェルの心の支えだった。けれど。


(ルカ様はもう、私のことを忘れられたのですね)


 バルコニーを見上げるミシェルの瞳から、涙が零れ落ちた。

 忘れてほしいと思っていた。そう願っていたはずだった。けれど、そんな気持ちは嘘っぱちだったと思い知る。

 ルカが婚約を発表するということは、国王の裁可がおりたということだ。

 ミシェルとの婚約を進めるにあたっては、ルカもある程度時間を要していた。それがこんなにも早く話が進んだのだから、きっと相手は身分的にも申し分ない娘なのだろう。

 ミシェルとは違い、ルカと未来を共にでき、愛し、愛されることの許される誰か。羨ましくないと言ったら、当然嘘になる。


(でも)


 眉間に皺を寄せながら、ミシェルはブンブンと首を横に振った。

 今日この場所に来たのは、未練を断ち切るためだ。自分の惨めさを思い知るためでも、嫉妬に身を焦がすためでもない。

 これから先もきちんと生きていくために。二度と会うことの叶わない愛しい人を目に焼き付けるためだ。

 どんなに苦しくとも、現実を受け止め、前に進んでいかねばならない。ミシェルはそう、自分に言い聞かせる。

 その時、広場に集まった観衆が一斉に湧いた。ミシェルも思わず顔を上げる。


(ルカ様……)


 バルコニーに現れたのはルカと国王の二人だった。彼の婚約者となる人は入り口に控えているのだろうか。姿が見えない。


「国王様!」

「ルカ様、ご婚約おめでとうございます!」


 群衆の中から聞こえる歓喜の声に、国王もルカも微笑みながら手を振る。歓声の渦の中、ミシェルはじっとルカを見つめ続ける。


(ルカ様、少し痩せられたのでしょうか?ここからじゃよく見えないけれど)


 久しぶりに見るルカはどこか儚げで、以前よりも線が細い。

 本当はもう少し前の方に行けばよかったのだろうが、城に近づくほど警備が厚い。顔見知りの騎士がいる可能性もあるため、ミシェルは広場のはずれ、人の少ない位置に佇んでいた。

 けれど、穏やかに微笑むルカは遠目からでも美しく、あまりにも眩しい。


「バカです、私」


 涙が止まらなかった。どんなに自分に言い聞かせても、効果などない。ミシェルの心を占めるのは、悲しみと苦しみ、それからルカへの想いだった。

 戻れないと分かっているのに。忘れた方が良いと、忘れてくれた方が良いと思っているのに。それでも好きで。大切で。あまりにも愛おしくて。


「ごめん……ごめんなさい。本当に」


 どうして謝っているのか、誰に謝っているのかも分からないまま、うわ言のようにミシェルは繰り返す。トネールはみぃと小さく鳴きながら、ミシェルの涙を拭った。

 遠くから微かに声が聞こえる。一度だけ会ったことのあるミシェルの父親。国王の声だ。

 先程声を上げていた観衆たちも、今は国王の声に耳を澄ませ、シンと静まり返っている。けれど、まるで靄が掛かったかのように、ミシェルの耳には国王の言葉は入ってこない。

 目に焼き付けたいと思っていたはずのルカの姿も、滲む涙でもう見えやしない。


(帰りましょう)


 忘れることも、未練を断ち切ることも。何もかも今のミシェルにはできそうにない。

 そう結論付けて、ミシェルが踵を返したその時だった。


「――――我が王子・ルカの婚約者として、王室専属魔女・ミシェル・ウィリアムズが内定したことをここに発表する」


 そんな言葉が、やけにハッキリとミシェルの耳に飛び込んで来た。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ