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魔女と王都と金色の猫  作者: 鈴宮(すずみや)
森を出た魔女、王都に生きる
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兄弟

 初めて訪れたアリソンの屋敷は、クリスの実家に負けず劣らず、豪華で美しかった。ホールを明るく照らすシャンデリアに、高そうなオブジェ。物語に描かれそうな貴族の屋敷の姿がそこにあった。


「ほぁ~~~~!まさかここまでとはっ!」


 そう声を上げたのはディーナだ。王城に慣れたとはいえ、貴族の屋敷を訪れるのは初めてらしい。目を丸くしてあんぐりと口を開けていた。


「どうっ?中々にいい屋敷でしょう!」


 アリソンがそう言って胸を張る。余程嬉しいのだろう。先程から鼻息も荒く、妙に浮足立っている。


「とっても素敵です!」


 ミシェルが笑うと、アリソンはふふんと鼻を鳴らした。

 トネールはキョロキョロと辺りを見渡しながら、ミシェルの腕から降りたそうにしている。


(トネールには申し訳ないけど……)


 心の中で詫びながら、ミシェルはもう一度、トネールを腕の中に抱えなおした。

 気心知れたクリスの両親とは違い、この家の住人はアリソンしか知らない。万が一この高そうな調度類を壊したりしたら、ミシェルの力で弁償しきる気がしなかった。


「アッ……アリソンが!俺の可愛いアリソンがぁ~~~~~~!」


 その時、聞き馴染みのないテノールボイスがホールへと響き渡った。ミシェル達が振り返ると、そこには手をわななかせた妙齢の男性。メガネが特徴的な政務官たちのボスこと、ドルベルが立っていた。


「兄さん!?」


 アリソンが目を丸くして驚いている。ミシェルとディーナは顔を見合わせながら首を傾げた。


(そういえばお二人は兄弟でしたね)


 ドルベルの研修の時に、そんなやり取りがあったことをミシェルは思い返す。その後特に追及することも言及されることも無かったため、すっかり忘れていたのだ。


「なんで今日に限っているのよ!嫁はどうしたの!?嫁は!」


 どうやらドルベルは結婚をして、実家を既に出ているらしい。アリソンが興奮したように頬を紅く染めながら、ドルベルに詰め寄っている。


「喧嘩して追い出されたんだ!そしたらどうだ!可愛い妹がはっ……初めて家に友達を…………!女の子の友達を連れてきているなんて…………!こんな日がくるなんて夢みたいじゃないか!!」


 ドルベルは瞳いっぱいに涙を溜めながら、ガバッとアリソンを抱き締めた。思わぬことに、ミシェルもディーナも面食らう。


「ドルベル氏ってあんなキャラだったのね……」

「いっ、意外でしたね」


 研修の時に見せた厳格な様子からは想像もつかないが、これが本当のドルベルなのだろう。ひそひそと声を潜めながら、ミシェルとディーナが苦笑を浮かべた。


「ちょっと兄さん!やめてよ、恥ずかしい……」

「何が恥ずかしいものか!父さん!母さん!今夜はお祝いだ!!酒を……一番いい酒を出さなければっ」


 尚ももみ合い続ける二人を呆然と眺めていると、いつの間にかミシェルとディーナの側にはお仕着せを着た、可愛らしい老齢の女性が立っていた。


「お二人とも、こちらへどうぞ」


 女性はペコリと頭を下げると、ミシェル達に向かって満面の笑みを浮かべる。


「えっ……でも」


 ディーナが気づかわし気にアリソンの方を見る。けれど、女性はふるふると首を横に振りながら先程よりも目を細めて笑った。


「あぁなったらドルベル様は止まりませんから。先にサロンの方へご案内しますわ」


 二人はチラリと顔を見合わせると、そのまま女性の後ろに付き従った。アリソンへ同情するかのように発せられたトネールの鳴き声が、虚しくホールに木霊した。



「酷いわ、二人とも。私のこと、置いていくんだもの」


 やがて現れたアリソンは、恨みがましくミシェル達のことを睨みつけた。


「ごめんごめん!ここで待つように、って案内されちゃったしさぁ」


 優雅に紅茶を啜りながらディーナが笑う。案内されたサロンでは茶や茶菓子が振る舞われ、ミシェル達はそこでゆったりとした時間を過ごしていた。因みにディーナが味わっている紅茶は既に2杯目。ここへ来て、約三十分ほどの時が経っていた。


「まっさか兄さんがいるなんてね……本当にタイミング最悪だったわ」


 アリソンは、側にいたメイドに自身の紅茶を申しつけながら、ソファへどかりと腰を下ろした。不機嫌そうにため息を吐きながら唇を尖らせているが、何やら口の端がピクピクと動いている。


「滅多に帰ってこないのよ?お嫁さんと仲良しでね。それなのに……」

「仲が良いんですね、お兄さんと」


 ミシェルが言うと、アリソンはボンっと頬を真っ赤に染めながら、大きく首を横に振った。


「まさかっ!あんなにされたら鬱陶しいだけよ!本当に、嫌なタイミングで帰ってくるんだから……」


 そう言って頬を膨らませるアリソンを、ディーナがニヤニヤしながら眺めていた。あまりの微笑ましさに、ミシェルも目を細める。


(兄弟かぁ)


 ミシェルもクリスも一人っ子のため、これまで兄弟と言うものに触れ合うことが無かった。もしもミシェルに兄がいたら、あんな感じなのだろうか。そんなことを想像する。


「あっ、ミシェル!言っとくけどアレは異常な部類よ!世の兄が皆あんなだなんて、絶対に思わないでよね!」


 まるでミシェルの考えを読むかのようにアリソンが声を荒げる。首を傾げてディーナを見ると、彼女はクスクス笑いながら、コクリと頷いた。


「確かにっ。あそこまでシスコンな人は中々いないかなぁ」


 ディーナの言葉に、思う所があるのだろう。コクコク頷きながら、アリソンは眉間に皺を寄せていた。


「……ディーナも兄弟がいるんですか?」


 ふと気になってミシェルが尋ねる。するとディーナは、紅茶のカップを置きながら、ニコリと微笑んだ。


「うん。うちは弟が一人。少し年齢離れててさ、ヤンチャ盛りって感じで可愛くって。初任給出たときにボール買ってやったら滅茶苦茶喜んでくれた」


 そう言って笑うディーナは、穏やかでとても優しい表情をしていた。


「ディーナ面倒見がいいものね。何となくそんな気がしてた」

「でっしょう~~?なぁんてね」


 そう言って二人は互いに顔を見合わせると、ケラケラと声を上げて笑った。ミシェルも一緒になって目を細める。けれど、ミシェルの心中は少しだけ複雑だった。


(二人が少しうらやましいです)


 肉親と呼べる人が一人もいないミシェルにとって、兄弟という存在はキラキラと輝いているように感じられる。


(なんて、母親すら側にいないのに、兄弟ができるわけないんですけど)


 すると、膝の上で寛いでいたトネールが、そっと背伸びをしたかと思うと、ミシェルの頬を舐めた。


(あっ……)


 温かな身体をそっと抱きしめ、ミシェルはトネールに頬擦りをする。


「私にはおまえがいましたね、トネール」


 そう言ってミシェルはニコリと笑った。

 ミシェルにとってトネールは、弟のような、兄のような、そんな存在だ。羨ましいなどと思っては罰が当たるかもしれない。


(でも、もしも私に兄がいるなら、それはきっと……)


 ふと脳裏に浮かび上がった考えに、ミシェルは首を横に振った。

 窓から見える空はすっかりと夜の帳が降りている。遠くに見える星達が、美しく瞬いていた。


『明日研修が終わったら――――』


 ルカの手紙を思い返しながら、ミシェルがそっと、頬を染める。高鳴る胸を押さえながら、ミシェルは一人、星空を見上げ続けた。

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