ルカからの手紙と、邪悪な笑顔
その日の夕刻のこと。
「では、私はこれで」
「はい、お疲れ様でした!」
研修が終わり、ルカの元へと向かうクリスを、ミシェル達は手を振り見送った。クリスは小走りをして、人の波を掻き分けていく。
「こんな時間からの呼び出しに応じるなんて、クリスもつくづく真面目よね」
アリソンがそう言って小さく笑う。ミシェルもクスクス笑いながら、クリスの後姿を見送った。
「ところでミシェル、さっき戴いたルカ様からのお手紙、もう読んだの?」
そう尋ねたのはディーナだった。研修で凝り固まった身体をほぐしながら、ミシェルをチラリと覗き見る。
「未だです。今から読もうかなって」
大事に仕舞いこんだ手紙を取り出しながら、ミシェルの口元が綻んだ。
「あの男がどんな手紙を書くのか、興味があるな」
ニシシと歯を見せてアリソンが笑う。ディーナもいそいそとミシェルの後ろへと回り込んだ。
ルカから手紙が来るのは珍しいので、興味があるのだろう。口の端が小さく上がっていた。
「早めに読んでほしいってことでしたが、何なのでしょうねぇ?」
逸る心を抑えながら、ミシェルが丁寧に封を開ける。
(……多分、見られても問題の無い内容だと思いますが)
ルカの身分を思えば、贈り先であるミシェル以外の人間に手紙を見せることはあまり宜しくない。けれど止めた所で二人はここを動かないだろう。
(それに、きっとルカ様も二人が手紙を見ることを想定しているはず)
研修での出来事やミシェルの様子は、逐一クリスが報告書を出しているらしい。だから、手紙を贈るタイミングでディーナやアリソンが側にいれば、開封時にも二人は側にいると予想しているはずだとミシェルは考えた。
ミシェルは封筒から丁寧に手紙を取り出した。中に入っているのは小さな紙片が一枚。それも内容は一行しか書かれていない。
「たった一行?」
「何?なんて書かれてるの?」
「えぇっと…………」
******
「なぁクリス、アラン」
夕陽の差し込む執務室の中、ルカが呟く。背後に控える側近の二人は、仕事の面もそうだが、何より人間的に信頼している。ルカが心を許せる、数少ない人間だ。
「何ですか?わざわざ私を呼び出して」
そう答えたのはクリスだ。王族である自分に対して、中々に無礼な態度を取るものの、ルカとしては心地が良い。
この一か月間はクリスたっての願いで研修に出していたが、それも残すところあと一日。ルカにとっては長いひと月だった。
「すまない。二人に聞きたいことがあったんだ」
ルカは目を伏せながら薄っすらと微笑む。
(いかんな……思いのほか平常心でいられない)
ルカにだって不安や分からないことはある。それを素直に打ち明けられるとしたら、この二人以外にいないと思った。けれど、事が事だけに躊躇いと言うものは拭えないもので。
「随分と勿体ぶりますね。普段ならもっとこう、ドーンと構えてバンバン聞きたいことをお尋ねになるのに」
クリスの物言いにルカは思わず噴き出した。
「そうだな。その通り……」
ルカは口元を掌で隠しながら、小さくため息を吐いた。
(私らしくない、か)
自覚はあったが、他者からも言及されるのであればよっぽどなのだろう。
ルカは天を仰ぎながら、二人の方へと振り返った。クリスもアランも、そんなルカの様子を静かに見守っている。ルカは大きく深呼吸をした。
「お前たち……深夜に女性を寝室へと呼び出したことがあるか?」
凛としたルカの声が執務室に響く。
一応オブラートに包んではいるものの、ルカの意図するのは中々に際どい内容で。
「なっ…………!」
クリスは口をあんぐり開けながら顔を真っ赤に染めると、勢いよくルカへと詰め寄った。
「あっ、あっ、あなたと言う人は~~~~~~!わっ、私がミシェル一筋だと知らないわけじゃないでしょう!何なのですか!?私への嫌がらせですか!?」
クリスの頬は真っ赤に染まり、瞳には薄っすら涙が浮かんでいた。予想以上の反響に若干怯みつつも、ここで引くわけにはいかない。ルカは眉間に皺を寄せつつクリスの胸を押し返した。
「いや……一応貴族のはしくれだし、手ほどき位は受けているかもしれないと」
「受けませんよ!そんなの受けてたらミシェルが嫌がるでしょう!?身綺麗なままミシェルと結ばれるのが私の夢だったんですから」
乙女か、とそんな言葉が一瞬頭に浮かんだが、ルカはそれをぐっと呑み込んだ。
(私がクリスのことをとやかく言える立場じゃないな)
苦笑を漏らしながら、ルカはそっとため息を吐いた。経緯は違うものの、ルカだってクリスと全く状況は変わらない。寧ろ年齢が上な分、ルカの方が分が悪い。
(とはいえ、クリスは今、ミシェルのことで頭がいっぱいで気づいていないようだが)
正直気恥ずかしさもあるため、そちらの方がルカとしてはありがたい。
それに、ミシェルの気持ちが自身へ向いてから随分経つというのに、未だ一途に想い続けられるクリスはすごいと、ルカは思った。
(かといって、譲ってやるつもりはさらさら無いが)
小さくため息を吐きながら、ルカはクリスをチラリと見た。
自身より3歳ほど年下のこの男は、幼いころから護り、心を捧げる相手をミシェルだと思い定めていたらしい。
ルカ自身は、幼いころから、どんな女性にも興味を示せなかった。母親がいないせいだろうか。女性というものを遠くに感じていたし、いつも自身へと向けられる媚びるような笑みが苦手だった。
幸い、父王はそんなルカを咎めることもなければ、婚約や恋愛を急かすようなことも無かった。だから、自身が王族の血を絶やすことになるかもしれない。そんなことを思いながら、自由気ままに生きてきたのだが。
「まぁまぁクリス。ルカ様だってあなたを傷つけたいわけじゃないのです。誰にだって不安な時はあります。それに、たまたま愛した女性が同じだっただけで」
そう口にしたのはアランだった。相変わらず、何を考えているのかよく分からない、柔和な笑みを浮かべている。
「……そんなこと、分かっています。でも、あんなこと言われたら、嫌でも想像しちゃうでしょう?そうするとこう、やり場のない気持ちが……」
クリスは肩を落とし、俯いた。ほんの少しだけ、ルカに後悔の念が生まれる。
(確かに、私がクリスの立場だったら、相当辛いかもしれない)
ルカが眉間に皺を寄せると、アランがポンと肩を叩いた。
「さて、私は何からお話すれば良いでしょう。女性の誘い出し方ですか?それとも行為そのものですか?はたまたそれ以外の……」
満面の笑みを浮かべたアランが、唐突に早口で捲し立てる。思わぬことに、ルカもクリスも口をあんぐりと開け、アランを真っすぐに見つめ返した。
「まっ……待て!まさかアラン……」
正直ルカは、アランは未経験だとタカを括っていた。飄々とした態度に柔和な笑み、かといって女っ気のない生活を間近で見ているだけに、そこまで関係性の進んだ女性がいるとは思えなかったのだ。
それに、クリスよりも早くからルカの側近として働いているアランには、女性と出会うような時間はない。相手はルカの知る範囲に限られるだろう。
普段と何ら変わらぬ柔和な笑みだというのに、ルカにもクリスにも、アランか勝ち誇っているかのように歪んで見えた。
「だっ、だっ、誰なんですか!?あなたと結ばれる奇特な相手は!?」
先程まで気落ちしていたのが嘘のように、クリスがアランへと詰め寄る。奇特とはさすがに言い過ぎだと思ったものの、ルカもクリスと同じ気持ちだった。
言葉を失ったまま、ルカとクリスがアランの次の言葉をじっと待つ。すると、何故だろう。アランの笑みが、意地悪く歪んで見えた。
「大切な人ですよ。つい苛めたくなるほど、可愛くて、意地らしい……お二人もご存じの方です」
アランの言葉にルカとクリスは顔を見合わせる。二人の共通の知り合いは極限られる。今頭に思い浮かんでいるのは、互いに同じ顔だろう。
(まさか……)
ルカはひっそりと頭を抱えながら、息を呑んだ。悩みを打ち明ける前とは別の意味で心臓がざわついている。アランの柔和な笑みがこれまでとは別の意味を持ち始めた、そんな夕方だった。
今回は恋愛メインだけれども、今後の展開の割合を思うとジャンル詐欺な気がしたので、ローファンタジーに変更しました




