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魔女と王都と金色の猫  作者: 鈴宮(すずみや)
森を出た魔女、王都に生きる
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ハリネズミのジレンマ

(ホント……何なんだろう、この人たち)


 アリソンは深いため息を吐いた。

 横目でチラリと隣の席を見ると、ニコニコとまるで太陽のような笑みを浮かべた少女が座っている。普段は決して埋まることのない席だ。

 父の働きかけで、アランとルカが時折遊び相手になってくれたものの、ルカとは立場もあって明確な壁が立ちはだかっていたし、アランだって結局は異性だ。それに、自ら進んでアリソンと関わろうというものは、これまで一人もいなかった。だからアリソンの隣の席は、いつだって空っぽだった。


(それなのに)


 隣に腰掛けた自身よりも年若い魔女は、自らアリソンの隣にいることを選んだ。彼女が放っておけば、今頃アリソンはこの場から追い出されていた。何度も憎まれ口を利いていたアリソンのことを、きっと目障りに思っていたであろうに。


(バカじゃないの)


 アリソンは俯きながら唇を尖らせる。すると、魔女の飼い猫がアリソンを覗き込み、そっと頬を舐めた。金色の太陽の色をした、美しい猫だ。


「しかし、難しい課題ですね」


 そう切り出したのは、このグループで唯一の男性、クリスと言う名の青年だ。アリソンよりも2~3歳年下らしい。直接やり取りをしたことは殆どなく、以前アランが良いライバルだと話していたのを聞いたことがある程度だ。


「えぇ。まさか『貴族制を廃止するためにどうすれば良いか』なんて課題が出されるとは……」


 続いて口を開いたのは、褐色の肌を持つ、気の強そうな少女だった。この少女は身分はさほど高くないようだが、どことなく高貴で他者を寄せ付けない印象があり、自身と似通ったところがある。そんな風にアリソンは感じていた。


「あの、貴族って侯爵とか男爵とか、そういう爵位と呼ばれるものを指すんですよね?」


 最後に口を開いたのはアリソンの隣に座る魔女、ミシェルだった。この魔女はとにかく社会を知らないらしい。いつだったか、アランがそんなことを話していたことを思い出す。アリソンはそっと顔を上げながら目を細めた。


「爵位を持つものが貴族、その認識は間違っていません。けれど、貴族制というのは、単に爵位という形を指すわけではありません」


 貴族の子息であるクリスがそう説明する。アリソンは、いつの間にか自身の膝で落ち着いてしまった猫を撫でながら、そっと聞き耳を立てた。


「貴族は他者を支配するもの……少なくともわが国では今、そういう立ち位置にいます。権力、領地、領民、そこから生まれる財力……簡単に言えば特権がある状態です。それを撤廃するとなると」

「必ず反発が生まれる」


 思わずアリソンは、そう口走っていた。一同の視線が一斉にアリソンへと向かう。居心地の悪さを感じながら、アリソンはそっぽを向いた。


「……っ、何よ、間違ったことは言ってないでしょう?」


 そんな憎まれ口、利きたくないと思っているのに。口はアリソンの意思とは裏腹に勝手に動いてしまうのだ。


(私のバカ。お情けで入れて貰ってるグループだもの。私の意見なんて誰も求めてないのに)


 そんな風に思うと、目頭が熱くなってくる。アリソンは思わず金色の猫をギュっと抱きしめた。


「……アリソン殿の言う通りです。当然、貴族の中からは反発が出るでしょう。それは避けられません」


 けれど、次に続いたのは、アリソンを否定する言葉ではなかった。

 思わず振り返り、クリスの方を見ると、彼は穏やかな笑みを浮かべていた。ミシェルもディーナも同様だ。


「クリス様とアリソン、様はどう思われますか?もしも今、貴族制が廃止されたら」


 尋ねたのはディーナだった。アリソンの憎まれ口などまるで存在しなかったかのような、穏やかな口調である。


「なるほど……実際に貴族でいらっしゃるお二人のお気持ちが聞けたら、どんな風に進めれば良いのか、考えやすいですものね!さすがディーナ」


 そう言って笑うのはミシェルだ。屈託ない笑みをディーナやクリス、それからアリソンへと向けてきた。


(まったく……理解できないわ)


 これまでアリソンと関わったものは皆、彼女から離れていった。その理由の一つが、そのキツイ口調にあると、アリソンも自覚している。

 初めは優しい口調で接してくれた人間も、気づけばアリソンへの嫌悪感を露にし、二度と近づいては来ない。そんな日々が続いてきたのだ。ミシェル達を信じられないのは当然だった。


(こいつらだって、ついこの間まで嫌そうにしてたじゃない)


 アリソンは過去のやり取りを反芻しながら唇を尖らせる。最初に会った時も、試験で会った時も、本当はあんな憎まれ口を利く気はなかった。ミシェル達のアリソンに向けた表情を思い返すたびに、本当は心がツキツキと痛んでいたのだ。


「私は貴族制度が廃止されても構いませんよ。そもそも、人の上に人を作るなんて制度自体が理解できませんから。だってほら、私はミシェルやディーナと何も変わらないでしょう?」


 クリスの言葉で、唐突にアリソンは現実へと引き戻された。


(こいつ、本気でそう思ってるのかしら?)


 ついついアリソンの眉が吊り上がった。このクリスという男、誠実そうな顔をしているが、腹の中が見えない。そんな印象を抱いていたのだ。


「確かにそんな気もしますけど……」


 ミシェルが首を傾げながらクリスを見上げる。ディーナも似たような表情だ。


(ムズムズする……)


 喉元まで言葉が出かかっていた。けれどアリソンはそれを必死で飲み込んでいる。


(今口を開いたら、今度こそこの人たちも、私から離れていってしまうわ)


 眉間に皺を寄せ、必死で深呼吸をする。アリソンの心を宥めるように、腕の中の猫が優しく頬擦りを繰り返した。


「案外私のような貴族も多いのではないでしょうか。ですから、鶴の一声……王が一言『貴族制は廃止にする』と言えば――――」

「そんなんじゃダメよ!」


 気づけばアリソンは両手の拳を握りしめ、声を荒げていた。やってしまった、そう思っても時すでに遅し。アリソンの額からはダラダラと汗が流れ落ちる。


(あぁ……もうダメだわ)


 唇を噛みながら、勢いよく拳を振り下ろす。手のひらに爪が食い込み、ズキズキと痛む。けれどそれは、すぐに温かな何かに包まれた。


「聴かせてください。アリソンさんの考え、私は聞きたいです」


 そう口にしたのはミシェルだった。アリソンの拳をてのひらで包みながら、穏やかな笑みを浮かべている。


「私も。っていうか、そのためのグループワークなんですから」


 ディーナもそういってニカッと笑った。思わぬ反応にアリソンは息を呑む。クリスを見ると、彼は二人と同じように微笑みを浮かべながら座っていた。


「良いんですよ、アリソン殿。ちゃんと受け止めますから、思ったまま話してみてください。もしも言い過ぎていたり、直したほうが良い部分があれば、それはお伝えします。私たちを使って少しずつ、他人との付き合い方を勉強していけばいいのです」

「そ……そんなこと」

 

 気づけばアリソンの瞳には涙が滲んでいた。

 これまで、アリソンにそんなことを言ってくれる人間はいなかった。ルカはアリソンが話しかけてもいつも迷惑そうだったし、アランはいつも何を考えているかちっとも分からない。アリソンを受け止めてくれる人間など、いないと思っていたのに。


(良いのかな……)


 いつも自分を守るため、棘だらけの殻に身を包んできた。できる限り人と関わらないようにして、傷つかないよう気を払ってきたのだ。


(変わりたい。少しずつでも)


 アリソンの目には、進むべき道とそれを照らす美しい太陽が見える。そこにいるのはアリソン一人ではない。彼女を誘うべく、手を差し伸べてくれる人がいるのだ。

 爪の食い込んだ手のひらをそっと開いて、アリソンはミシェルの手を取った。じんわりと温もりが広がっていく。アリソンは涙を拭いながら、力強く微笑んだ。

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