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魔女と王都と金色の猫  作者: 鈴宮(すずみや)
森を出た魔女、王都に生きる
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政務官のお仕事

 数十分後、昼食を終えたミシェル達が戻ってきても、アリソンは未だホールにいなかった。


「困りましたねぇ。……というか、困るのは私たちではなく、彼女自身なんですが」


 クリスはため息を吐きながら、空っぽの席を眺める。


「意地っ張りもあそこまで来ると立派というか。プライド高くて恥ずかしいのは分かるけど、これも仕事なのにねぇ」


 ディーナもトネールを撫でながら、深いため息を漏らしている。ミシェルはというと。


「どうしましょう……このままでは、謝るどころか口説く時間すらありません」


 一人忙しなく歩き回りながら、頭を抱えていた。

 最後に見たアリソンの表情を思い出すだけで、ミシェルの瞳に涙が溜まる。少しだけ距離が縮まった気がしていたというのに、一気にかけ離れてしまった。それがとても悲しかった。


(ルカ様だったら、アリソンさんも『うん』と言って下さったのでしょうか)


 ミシェルとルカでは、立場も違えばこれまでの関係性も違う。そうミシェルも分かっているが、どうしても考えずにはいられなかった。

 本当はルカの元に行って相談できれば良かったのだが、恐らくは昼時ですら公務で忙しいだろう。そう判断して思いとどまった。


(会いたい、なぁ)


 ミシェルはそっと自分の身体を抱き締めた。まだルカの香りが残っている。そんな気がして、元気が湧いた。


「ねぇ、ミシェル。きっとアリソンは私たちが誘っても無駄よ」

「そうですね。私もそう思います」


 そう言ってディーナとクリスが気づかわし気にミシェルを見上げる。ミシェルは唇を震わせながら、俯いた。


「ですが、このままで良いのでしょうか?」


 もしかすると、アリソンの状況に気づいているのはミシェル達だけなのかもしれない。或いは、気づいていて何もせぬ者が多数いるのかもしれない。けれどミシェルは、それが良いこととは到底思えなかった。

 目を瞑ると、森の中、殆ど誰からも存在すら知られず、心を殺した状態で一人佇んでいた自身が思い浮かんだ。あの頃のミシェルにとって、クリスが唯一の光であった。自身を気にかけ、側にいてくれようとしてくれる誰かがいるだけで、心を強く持てた。

 だから、何もできずとも無関心でいたくはない。そう思わずにはいられなかった。


(それに、ドルベルさんのあの言葉……)


 ミシェルは午前の研修を思い返しながら眉を顰める。未だ現れないアリソンが、ただただ気がかりだった。

 結局アリソンが戻ってきたのは、午後の鐘が鳴る直前だった。他の誰かと連れ立っていれば安心もできたが、アリソンの側には誰もいない。ミシェルが改めて声を掛けようにも、そんな時間は残っていなかった。


「では、午後の研修を始める。全員、グループは決まっているな」


 ドルベルは開口一番、そう尋ねた。クリスとディーナが気づかわし気に微笑む。振り返ると、アリソンは暗い表情のまま俯いていた。


「……決まっていないものがいれば、今名乗り出るように。5分だけ時間をやる。ただし、それ以上は待たん」


 その瞬間、ミシェルは勢いよく立ち上がった。クリスたちが止めるのも聞かず、真っすぐにアリソンの元へと向かう。対するアリソンは、怯えたように青ざめた顔を腕で覆っていた。


「アリソンさん」

「なっ、何よ?未だ懲りないの?私のことは放っておいてって……」

「私、まだグループが決まっていないんです。もしよかったらアリソンさん、私とペアになってくださいませんか?」

「……えっ?」


 ミシェルが尋ねると、アリソンはゆっくりと腕を退けた。信じられないものを見るような瞳でミシェルを見つめている。


「ペッ、ペアじゃダメでしょう?3~4人のグループにって言われてるんだから」

「ですから、まだグループの成立していないペアか1人の方を私と探しましょう?そうすれば万事解決です」


 ドンと胸を叩きながらミシェルが笑う。するとアリソンは今にも泣き出しそうな表情を浮かべた。


「うっ、嘘ばっかり!本当はさっきの二人とグループが成立しているくせに!私が一人だからって上から目線で見ないでよ!別に私は一人で良いの。一人でだって、立派に結果を出して見せるんだから」

「グループに入れなかったら、おまえはクビだぞ、アリソン」


 唐突に背後から響いた声音にミシェルは振り返った。そこに立っていたのは研修の講師であるドルベルその人だった。眉間に皺を寄せ、困ったようにため息を吐いている。


「なっ……!」

「さっき言っただろう。成すべき時に成すべきことができない人間はこの城に要らないと。それが分からない、できないようなら、ここにお前にできる仕事はない」

「だけど……だけど兄さん!」


 アリソンはそう言ってドルベルに縋りついた。

 なるほど、言われてみれば二人はよく似ていた。黒い瞳に髪の毛、それから誇り高い風貌。ミシェルだけでなく、クリスやディーナも固唾を飲んで二人のやり取りを見守っていた。


「良いかアリソン。政務官の仕事に『この人でなければ務まらない』というものはない。――我々の仕事は、広く深く知ること、そのために人と関わること、それから人や物との間で調整を行うことだ。一人では決して成り立たない。だから、他者とうまくコミュニケーションをとること、時にはプライドを捨てることが必要になる」


 アリソンは俯いたまま、コクリと小さく頷いた。ドルベルは小さくため息を吐きながら、アリソンの手を引いた。


「それができないなら諦めろ。私の手を取りここから出ていくか、そこの魔女の手を取ってここに残るか。二つに一つだ。おまえはどちらを選ぶ?」


 ドルベルはそう言ってミシェルの隣に並び立った。目を紅くしたアリソンが顔を上げる。それから少しの間、アリソンは何も言わず、ただ佇んでいた。けれど、やがて悔し気に眉を顰めると、そっとミシェルの手を取った。


「よし、これで決まりだな」


 ドルベルは小さく笑うと、満足げに教壇へと戻って行く。


「ミシェル!」


 そう呼んだのはディーナだった。ミシェルは微笑みながら、アリソンの手を引きクリスとディーナの元へと戻る。


「ねぇ、私たちも二人しかいないの。一緒にグループになってくれる?」


 ディーナがそう言ってニカッと笑う。アリソンは瞳一杯に涙を溜めると、口許を緩めた。


「嘘だって分かってるのに。……ホント、バッカじゃないの、あんたたち」


 涙を流しながら、アリソンは笑った。ミシェルもディーナも、クリスも目を細める。アリソンの心に触れられた、そんな瞬間だった。

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