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魔女と王都と金色の猫  作者: 鈴宮(すずみや)
森を出た魔女、王都に生きる
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ドルベルの研修

 次の日、ミシェルはクリスと共に研修へと戻った。

 折よく、今日の研修は政策調整についてがテーマだ。政務官として採用されたものだけでなく、侍女や騎士等も知識として知っておくべきだということで、こういう日が設けられているらしい。


(本当にラッキーでした)


 昨日の話を聞いているのとそうでないのとでは、今日の研修の意味合いは大きく変わってくるだろう。ミシェルは身の引き締まる思いがした。


「それにしても、ディーナはこの研修、パスしても良かったのでは?」


 そう尋ねたのはクリスだ。ミシェルの隣、真剣な眼差しで今日の資料に目を通すディーナに問いかける。


「いえ、実務経験があると言っても私はまだまだ新人ですし。基礎は大事ですから」


 ディーナはそう言って照れくさそうに笑った。

 研修期間を通じて、二人の距離は少しずつ縮まっていた。現にクリスは、ディーナ殿と呼んでいたのが呼び捨てへと変わっている。対するディーナはまだ少し応対が硬いものの、今後少しずつ変わっていくだろうとミシェルは予想していた。


「それに、今日の講師はうちの局のボス。私みたいな下っ端がお目にかかる機会は殆どないから、楽しみにしていたんです」


 資料を抱き締めながら、ディーナがウットリと瞳を輝かせる。ひっそりとクリスが息を呑む音が聞こえて、ミシェルは喜びに胸をときめかせた。


「あぁ、ドルベル氏のことですね。確かに、あの方にお会いするのは中々難しい。さすが、ディーナはよく物事が見えてます」


 咳ばらいを一つしてから、クリスはそう笑いかける。ディーナの頬が、さらに紅く染まった。

 今日の講師、ドルベルはとても厳格な風貌の青年男性だった。黒縁の眼鏡に、きっちりとセットされたブルネット、黒い瞳が印象的だ。彼の風貌に合わせたブラックスーツが良く似合う。けれど、白と金色で華やかに設えられたこの城には、どこかちぐはぐな印象をミシェルは受けた。

 ドルベルの講義中は、ホール全体がピリピリしていた。一字一句無駄のない説明に、凛とした声音、鋭い眼差しが研修生たちの緊張感をあおる。けれど、人数が多ければ、どうしても気の緩むものは現れるもので。


「…………後ろから3列目、右から4番目の騎士、おまえはクビだ。出ていけ」


 午前の研修も中盤に差し掛かろうという所で、ドルベルは突然そう告げた。冷ややかな声音にホールが凍り付く。

 名指しされた騎士の反応が一番遅かった。周りの視線が自身へと向けられてから、ようやく事態を把握したらしい。涎の垂れた口周りを拭いながら、顔を真っ青に染めた。


「もっ、申し訳ございません!もう一度、チャンスを……」

「成すべき時に成すべきことをしなかった者に与えるチャンスはない。去れ。ここはお前がいて良い場所ではない」


 取り付く島もない様子に騎士は諦めたらしい。ガックリと肩を落としてホールから出ていった。


(きっ、厳しいですねぇ~~~~)


 トネールを撫でながら、ミシェルは身体を震わせた。

 マダム・サリバンや他の研修でも似たようなことはあったが、クビにまではならなかったのである。


「良いか。研修と言えど金を貰っている以上、これは仕事だ。それを疎かにする人間はこの城にはいらん。覚えておくがいい」


 ドルベルの言葉に、研修生たちはコクコクと頷いた。

 そこからはまた、ドルベルの講義はよどみなく続いた。それまで以上にピリピリとした空気の中、皆が必死にメモを取る。けれどそれは、彼を恐れるからというだけではない。


(すごい……)


 ドルベルの講義には、国政の基礎、それから国の現状や理想だけでなく、彼の国への想いが詰まっていた。誰かに似ている、そう思った時、真剣な表情で講義に聞き入るディーナが目に入った。


(そうか)


 ミシェルは気づいた。ドルベルはまるで数年後のディーナの姿のように見えた。そう思うと、何故だか急に親近感が湧いてくるもので。ミシェルの口元が知らず緩んだ。


「さて、これで午前の研修を終わる……が、その前に。午後はグループワークをする。3~4人で一組になって、課題に取り組んでもらうので、私がこの部屋に戻ってくるまでにグループを作っておくように。以上だ」


 そう言ってドルベルがホールを後にした瞬間、昼を告げるチャイムが鳴り響いた。

 途端に研修参加者たちが安堵と歓喜の声を上げる。ミシェル達の3人は静かに顔を見合わせた。


「グループワーク、か」

「私たちは元々3人ですし、良かったです……ね、ミシェル」


 クリスとディーナがそう言ってミシェルに微笑みかける。けれどミシェルには一つ、気がかりがあった。

 二人の問いかけに答えぬまま、そっと左後方へと視線を遣る。そこには今日も一人、ポツンと座ったアリソンがいた。


(以前、クリスたちが話していたことが本当なら、アリソンさんは……)


 アリソンは背筋を正し、威厳ある佇まいを保っている。その堂々とした様子から、一見不安や寂しさを抱えているようには見えない。けれど、ミシェルには何故だかそれが、彼女の精一杯の強がりのように思えた。


「あっ、あの」


 ミシェルの視線がどこへ向かっているのか気づいたらしい。ディーナもクリスも、困ったように笑った。


「誘ってみますか?」


 クリスはそう言って、そっとアリソンを見つめる。ミシェルは思わず立ち上がった。


「良いのですか?」


 二人は顔を見合わせながら、コクコクと頷いた。


「ミシェルが望むなら、それが私の望みです」

「私も、異論ないわ」


 ミシェルは二人に抱き着きたい衝動を抑えながら、ニコリと笑った。二人もミシェルに続いて立ち上がる。それから三人は、一人腰掛けたままのディーナの元へと向かった。


「アリソンさん、こんにちは」

「……っ、何よ、あなた達」


 アリソンは昼食に向かう様子もなく、ただ午前の研修資料を広げたまま、一人座っていた。


「えっと……、お昼ごはん、食べないんですか?」


 いきなり午後の研修のことを切り出すのも気が引けて、ミシェルはそう問いかける。アリソンはパッと頬を染めると、ツイと視線を逸らした。


「そんなの、もう食べ終わったわ」

「えっ……でも」


 まだ午前の鐘が鳴ってから、5分と時間は経っていない。おまけにアリソンの荷物には、食事の跡らしきものも見当たらなかった。


「嘘ですね……」


 アリソンには聞こえぬよう、クリスが小声で囁く。もしかするとこれまでの研修期間、アリソンはずっと昼食すら摂っていなかったのかもしれない。そう思うと、ミシェルは胸のあたりがつっかえる感じがした。


「それで?用はそれだけ?」


 そう言ってアリソンは怪訝な表情を浮かべた。さっさとこの場からいなくなってほしい。そんな目つきだ。


「いえ、午後からの研修のことなんですが」


 ミシェルがそう切り出すと、アリソンはビクリと身体を震わせた。顔色が良くない。クリスたちも心配そうに顔を覗き込んだ。


「もう、グループは決まりましたか?あの、もしも未だだったら、私たちと一緒に……」

「余計なお世話よ!」


 アリソンは眉間に皺を寄せながら、声を荒げた。途端にホールの注目が一斉にミシェル達へと集まる。居心地悪そうにアリソンは身を竦めた。


「私は平気……平気なの!自分で何とかできるんだから、放っておいて」


 ミシェルが止める間もなく、アリソンは荷物を纏めて、ホールを後にした。クリスもディーナも困惑したように佇んでいる。


(あぁ……怒らせてしまいました)


 ミシェルは唇をギザギザに引き結びながら、ガックリと肩を落とした。

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