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魔女と王都と金色の猫  作者: 鈴宮(すずみや)
森を出た魔女、王都に生きる
33/98

休日出勤

(なんで私がこんな役を……)


 クリスは憤っていた。本当ならば、今日は久々の休暇になるはずだった。

 けれど、なんの因果か、休日出勤を強いられている。おまけに、休日出勤の内容というのが、想い人のデートの護衛だというのでは、腹も立つだろう。

 目の前ではルカとミシェルが肩を寄せ合って歩いている。クリスは、彼と同じく不機嫌そうな表情のトネールを抱えながら、二人の数歩後ろをゆっくりと歩いていた。

 事の発端は、定期採用試験の試験後に遡る。


「クリス、明後日は非番だったな」


 藪から棒にルカが切り出した。彼の腕の中にはミシェルが収まっている。思っていたよりミシェルが元気なことは幸いだったが、ルカの立ち位置にいるのが自身だったら良かったのにと、クリスはそう願わずにはいられなかった。


「そうです。実にひと月ぶりの休みです」


 嫌味たっぷりにクリスは言った。

 本当はクリスもアランも、休もうと思えば休める。けれど、主であるルカが休みを取ろうとしないのだから仕方がない。


『お前たちは身体を休めろ』


 そう何度も言われたが、クリスもアランも首を縦には振らなかった。


(えぇ、えぇ。休まなかったのは自分自身で選択したことですよ!でも)


 この、完璧なようでいて、どこか生き急いでいる主を支える必要があると、クリスはそう思っていた。恐らくはアランも同じだろう。

 そういうわけで、明後日というのはクリスだけでなく、ルカにとっても久々の休日、ということになるのだ。


「なんなんですか?また仕事を入れ込んだんですか?」


 これまた嫌味たっぷりにクリスが言う。ルカはよく、元々休みの日に新たな仕事の予定を入れる。こういうことが何度も続いているので、クリスとしては慣れっこなのだが、不満の一つぐらいは言いたくなるものだ。


(少しぐらい身体を休めれば良いのに)


 その完璧な仮面を取り繕うために、ルカがどれほどの努力をしているか知っているのは極少数の人間だろう。もしかするとミシェルもまだ、気づいていないかもしれない。


「いや、私は仕事を入れていない。が、クリス。おまえは仕事だ」

「はぁ!?どうしてですか!今までそういうことはなかったのに……!」


 ルカの言葉にクリスは戸惑いを隠せない。クリスの仕事はルカの側近であり、離れて仕事をすることは殆どないからだ。

 ミシェルは困ったようにルカを見上げながら、トネールを抱き締めていた。


「さすがに護衛なしで出掛けるわけにはいかないからな。つまりはそういうことだ」

「……は?」


 珍しく歯切れの悪いルカの物言いに、クリスは眉間に皺を寄せる。


(護衛なしで出掛けるわけにはいかない、って、出掛けるから私に付いてこいということ?でも一体どこへ……というか、ルカ様が出掛けるなんて)


 休みの日でも、ルカは自室にこもっていることが多い。どうやら碌に身体を休めることなく、読者やトレーニングに勤しんでいるらしい。少なくともクリスはそう思っていたのだが。

 その時クリスの瞳が、ミシェルの申し訳なさそうな表情を捕えた。慌ててペコペコと頭を下げるミシェルに、クリスはようやく合点がいった。


「な・る・ほ・ど!つまり、ミシェルとのデートの護衛を私に頼みたいと!そういうことですね!」


 クリスは声を荒げるが、ルカは涼し気な表情のままだ。


「安心しろ。翌日にズレはするが、休みはちゃんと取ってもらう」


 イエスともノーとも言わぬまま、ルカは不敵に笑った。


「~~~~~~~~~~!」


 クリスは歯噛みをしながらルカを睨みつける。どうやら先ほどの見解で正解らしい。クリスはやり場のない怒りに拳を握った。


「すっ、すみません、クリス!ルカ様、やっぱり街歩きは止めましょう!そうすればクリスは休めるのでしょう?」

「…………そうだな。クリスがどうしてもと言うならば仕方ない。ミシェル、私の部屋で二人、ゆっくり過ごすか。あそこならクリスとは別に護衛がいるし」

「何!?」


 思わずクリスは声を上げた。不思議そうな表情のミシェルの隣で、ルカは挑発的な表情を浮かべている。まるで『良いんだな?』とでも言いたげである。嫌だと思っていても、クリスの頭にはルカとミシェルが二人きり、身を寄せ合っている姿が浮かび上がった。


(ミシェルにはその気がなくともルカ様のあの表情……!ミシェルが危ない!)


 なんだかんだ言って、ミシェルは未だ14歳の少女だ。肉体的にも精神的にも、女性として成熟していないだろう。オマケに森の中で人と交わらず育ってきた、世間知らずの箱入り娘ときた。男という生き物を全くわかっちゃいない。


(男がそんな、私みたいに善良だと思ったら大間違いですよ、ミシェル!)


 物心ついたころからずっと、ミシェルはクリスの想い人だった。これまでずっと、一国の姫が如く大事に護り、慈しんできた。そう簡単に他の男の毒牙にかけるわけにはいかなかった。


「~~~~~~行きます!行きますよ!行けばいいんでしょう!?」


 クリスがそう声を上げると、ルカは満足げに微笑んだのだった。



(とはいえ、これは中々に辛い)


 クリスの目の前で、ミシェルが笑う。けれどその笑顔は、クリスに向けられたものではない。真っすぐ、ルカだけに向けられていた。

 クリスはまだ、ミシェルのことを諦めたわけではない。けれど、ミシェルの気持ちは誰の目にも明らかだ。本当は負けを認めてしまった方が楽なのだろうとクリスも思う。


(無理だ。そんな簡単に捨てられるような想いなら、とっくの昔にそうしている)


 考えながら、クリスは自嘲気味に笑った。腕の中のトネールが、クリスをペロリと舐める。どうやら慰めようとしてくれているらしい。


(思えばずっと、この猫は私の同志だ)


 最初はいがみ合っていた部分もあるが、今ではルカを挟んで同盟を結んでいる。そんな風にクリスは思っていた。


「すまない。あまり遠くに連れていけなくて。正直、これまで城に籠ってばかりで、どういったところに連れていけばミシェルが喜ぶか、まだ良くわかっていないのだ。自分の国だというのに、これではいけないな」


 ルカがミシェルへと囁きかける。聞きたくないと思っていても、クリスの耳には二人の会話が届いてしまうのだ。


「いえ、一緒にいられるだけで、私は嬉しいですから」


 まるで自分自身が言われたかのように、ミシェルの言葉はクリスをときめかせた。


(ミシェル……)


 その笑顔や言葉が誰に向けられたものでも、構わない。そう思えてしまう程、ミシェルは特別な女の子だった。例えばそれがルカではなく、他の誰かだとしても、ずっとミシェルを護っていく。ミシェルを想い続ける。それは幼いころからずっと、クリスが心に決めていたことだった。


(でも、良かった。相手がルカ様で……)


 どこかそう思えてしまう自分がいることに、クリスはずっと気づいていた。

 誰もが焦がれる美しさにカリスマ性、それから内に秘めた情熱や人を見極める瞳は人々を魅了してやまない。ミシェルも、そんなルカに惹かれたのだろうとクリスは思う。クリス自身、ルカのことは尊敬しているし、力になりたいと思って、今ここに居る。


(きっとルカ様ならミシェルを幸せにしてくれる)


 以前はいつも、どこか冷めた瞳をしていたミシェルが、今は心の底から楽しそうに笑っている。ルカだけの功績だとは思わない。けれどやはりミシェルは、ルカといるときが一番幸せそうなのだ。



『どうして護衛に私を選んだのですか?』


 今日の打診をされた試験の日。二人きりになってから、クリスはルカに尋ねた。


『初めて王都を回った時におわかりでしょう?私はアランと違って、あなたの邪魔をしますよ?』


 クリスはそう言ってルカを睨みつけた。小刻みに身体が震えていた。


『しないよ。……クリスは何よりも、ミシェルの幸せを想っているだろう?』


 ルカはそう言って穏やかに笑った。てっきり挑発されるとばかり思っていたクリスは、拍子抜けしてしまった。


『それに、アランだと、もしも何かあった時に私を護ろうとするからな。その点クリスなら安心だ。――――何があってもミシェルを一番に護れ。それが私の願いだ』



 あの日のやり取りを思い返しながら、クリスは笑った。


(ルカ様、今のところ私は、あなたに敵う気がしませんよ)


 花屋の店主に勧められた小さなブーケを手に、ミシェルが笑う。きっと、ルカが彼女に贈ったものなのだろう。


(良かったですね、ミシェル)


 けれど、ミシェルはブーケを手にしたまま、クリスの元へと走って来た。驚きにクリスは目を見張る。


「ミシェル?」

「これ、クリスに!」


 ミシェルはそう言って、クリスへブーケを手渡した。トネールを片手で抱え直しながら、クリスがブーケを受け取る。するとミシェルは、まるで花が綻ぶかのような、可憐な笑みを浮かべた。


「今日のお礼です!お休みの日だったのに、本当にすみません。明日は絶対、ちゃんとお休みを取ってくださいね」


 思わぬことに、クリスは言葉を失った。ブーケをクンクン嗅ぎながら、トネールが何とも言えない表情を浮かべている。


「あ……あの」


 クリスがミシェルを呼び止める。ミシェルの笑顔は今、真っすぐにクリスへと向けられていた。


「ミシェルは今日、楽しいですか?」


 そんなこと、本当は聞かなくても良かったのかもしれない。けれど今、クリスにとってはとても大事なことだった。


「はい、とっても!クリスのおかげです!」


 そう言ってミシェルは、ルカの元へと戻って行った。


(あぁ…………十分だ)


 クリスは胸は熱かった。直接でなくとも、今自分はミシェルの幸せを護れている。それが嬉しかった。

 視界はぼんやりと霞んでいた。けれど、その中で唯一、ミシェルだけがハッキリと光り輝いている。


「大好きですよ、ミシェル。これからも、ずっと」


 本人へ届くことはないと分かっていても、そう呟かずにはいられなかった。

 その瞬間、悪戯な風が大きく吹き荒れる。同時にミシェルがこちらを振り返ったような、そんな気がクリスはした。

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