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魔女と王都と金色の猫  作者: 鈴宮(すずみや)
引きこもり魔女、森を出る
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魔女と小瓶と小さな太陽

 それから二週間ほど、ミシェルは畑に通い続けた。

 一度に広範囲――――畑全体へ魔法を掛けることも可能だが、個別に掛けるよりもやはり効果が薄い。だからミシェルは、初日に全体へ魔法を掛け、それ以降は一つ一つの作物に魔法を掛けることにしたのだ。

 その間クリスは、トム達の指導の下、農作業を手伝っていた。貴重な若い男手に、平均年齢が高めの町の皆が喜ぶ。



「城でのお勤めなんてやめて、うちで働けばいいのに」



 そんな声が漏れ聞こえるほど、クリスは熱心に作業をしていた。

 肝心な魔法の効果はというと。



「うーーーーん、良くなってきたようには見えるんだがねぇ」



 そう漏らすのはトムだ。ミシェルの素人目にも、初日に比べて随分作物の状態が良くなっていることは見て取れる。けれど、どうやらもう一歩、何かが足りていないらしい。



「やっぱり、あとはお天道様次第なのかねぇ」



 そんな声が上がった。



(お天気……お天気かぁ)



 魔法で天候を操ること、恐らくそれは可能だ。けれど今のところミシェルは、それを試したことが無い。そうすることで、他の場所にどんな影響が及ぶかわからないからだ。



(確かにここの皆さんは助かるかもしれませんが)



 例えばこの場所の上空にある雨雲を他へ移せば、そこの作物が被害を受けるかもしれない。逆に他から雨雲を持って来れば、干ばつが起きることだって考えられる。もしも天候を操るときは、他の地域との調整が必要不可欠になるだろう。



『国を統べるためには、個でなく全体を見ることが必要だ。わかるな』



 以前ルカはそう話していた。彼に出会う前のミシェルならば、何も考えずに風だろうが雨雲だろうが、好き勝手に動かしていたかもしれない。



(なんて、何が正解か私にはわかりませんけど)



 ミシェルはトネールを撫でながら、そっと目を瞑った。



「こんなに状態が悪いのは十六年ぶりぐらいかねぇ? 」



 畑をぼんやりと眺めながら、トムがポツリと漏らした。



「その時はどうしたのです? 」


「う~~ん? どうって……どうしたんだったかなぁ? 」



 トムは首を傾げながら唸り声を上げる。



「あぁそうそう! あの時もな、城から若い魔女さんがやって来たのよ」



 トムはそう言ってポンと手を叩いた。他のメンバーも当時を思い出したようで、口々にその時の話を繰り広げる。



「なぁんか変わった性格の魔女じゃったよな」


「そうそう。美人だし底抜けに明るいんだけど、なんか思いつくとすぐに一人で突っ走ってねぇ」



 抽象的だが、ミシェルの中にぼんやりと人物像が浮かび上がる。



(なんというか、私とは違ったタイプの方だったのでしょうね)



 額の汗を拭いながら、ミシェルはふぅと息を吐いた。



「う~~ん? そう言えば嬢ちゃん、あの時の魔女さんによく似てるねぇ」


「えっ? 私、ですか? 」



 ミシェルはドギマギしながら胸元に手をやった。



「そうそう。性格は全然違うけど」


「でも、あの時の魔女さんは紅髪だったよなぁ~~瞳も紫色じゃなかったし」


「じゃぁ、全然違うんじゃないかい? 」



 ミシェルの意志は余所に、トム達の連想ゲームは続いていく。



「でもなぁ、そん時の魔女さんもすごい男前を連れとったしね」


「男前……ですか? 」


「そうそう。あぁ、丁度あちらさんにそっくりじゃ! 」


(あちらさん? )



 トムが指さした方を、ミシェルとクリスが振り返る。



「「えっ⁉ 」」



 そこには思いもよらぬ人物がいた。

 藍色と金色を基調とした服に身を包み、トレードマークの金の髪と紫の瞳が緑の畑によく映える。



「ルカ様」



 ミシェルとクリスはすぐに深々と頭を下げた。彼が誰かを知らないこの町の皆は、二人を不思議そうに見つめている。



「思いのほか帰りが遅かったので様子を見に来た。首尾はどうだ? クリス」



「はい。良くはありません。ミシェルが魔法を掛けて経過をみていますが、それでもまだ足りないようです」


「そうか。――――ここがそういう状況なら、他の地域でも多かれ少なかれ天候の影響を受けているということだろう」



 ルカは広大な畑を見渡しながら思案顔を浮かべた。ミシェルは顔を上げぬまま、そっとルカの気配を追う。心臓がトクトクといつもより速く鼓動を刻んでいた。



「二人とも、ご苦労だった。もう少し詳しく報告を聞いたうえで対策を立てたい。すぐに引き上げるぞ」


「はい」


「そっ、そんな! 」



 声を上げたのはトムや他の住人だった。ミシェルを見つめながら、絶望的な表情を浮かべている。



「今引き上げてしまうなんて! あと少し……あと少しで活路が見いだせそうなのに」


「……気持ちは分かるが、二人は国のために働いている。このままずっと、この町だけのために注力させるわけにはいかない」



 ルカの言葉にミシェルは眉を下げた。



(確かにルカ様の言う通りです)



 困っているのはきっと、この町だけじゃない。それに魔法の力を必要としているのだって、何も農作物の話だけではないだろう。



(魔法はないならば無いなりに生活していける。あれば当然、作業や生活が楽になったりしますが)



 魔法じゃなければ不可能なことというのは、現状そんなに多くはない。攻撃の魔法や移動の魔法というのはまた別だが、基本的には魔法に頼る生活であってはならないとミシェルは思っている。



「…………そうだ! あの時も魔女さんが急に帰らないかんごとなってな! その代わりっつって、わしにアレを渡してくれたんじゃ」


「あれ? 」



 どうやらトムは十数年前にここへ魔女が来た時の話をしているらしい。クルリと踵を返したかと思うと、ヨタヨタと走り出した。



「トムさん、何処へ行くのですか? 」



 クリスが大声で尋ねる。トムははぁはぁと息を切らしながら、申し訳程度に振り向いた。



「わしの家じゃ! すぐに戻るから待っててくれ」



 それから数分後。トムが片手に収まるぐらいの大きさの何かを手に、畑へと戻って来た。



「すまん。随分長い間仕舞いこんどったものだから」


「いえ。それでトムさん、これは一体? 」



 トムが持ってきたのは何の変哲もないガラスの小瓶だった。はぁはぁと息を切らしながら、トムが小瓶をミシェルへと手渡す。ミシェルはそれを受け取りながら、隅々まで観察した。



「それがな、あの魔女さん、別れ際に小さな太陽をそん中に入れて、わしに渡してくれたんじゃ」


「小さな、太陽? 」



 一同は一斉に首を傾げた。トムは息を整えながら、コクリと頷く。



「あぁ。あん人はそう言うとった。このまま天気が悪い日が続くようならこれを使えと。半信半疑じゃったが、わしはそれを信じた。信じて、そしてある日瓶の蓋を開けたんじゃ。そうしたら小さな太陽はこの辺一帯を照らした。まるでどんぐらい日光が必要か予め設定されとるみたいに、必要なだけ照らしたんじゃ。そうして役目を終えたとみると、その太陽は消えた。これはそんときの小瓶じゃ」



 トムは一息にそう説明する。ミシェルは神経を掌に集中させた。



(微かですが、未だ魔力が残ってます)



 魔力の跡にそって、ミシェルは自身の魔力を注ぎ込む。すると、ミシェルを導くかのように、光る線が浮かび上がった。



「……トムさんのおっしゃる通り、この瓶には何やら仕掛けが施されているようです」



 ミシェルは導線に向かって更に魔力を注ぎながら呟いた。どうやら魔力さえ注げば前回と同じように利用ができる仕様になっているらしい。迷いを捨て、ミシェルが一気に魔力を注ぎきると、瓶の中央に小さな太陽のような光の塊が出現した。



「そっ、それじゃ! あの魔女さんが出しなすったのは! 」


「多分、これで前回と同じように利用できると思います」



 ミシェルはそう言って、小瓶をトムに手渡した。トムは嬉しそうに小瓶を掲げながら小躍りをしている。



「これを用意した魔女はきっと、魔操具を作るのに長けた方なのでしょう。それに、十数年も経って未だに魔力の跡が感じられる……。すごく優秀な魔女だったのでしょうね」



 ピリリと心が引き攣る様な奇妙な感覚を覚えながら、ミシェルが口にする。それは感情というものを自覚して、初めて得た感覚だった。



「ありがとうねぇ、ミシェルちゃん。あんたのおかげで希望の光が見いだせたよ」


「いえ、私は何も」



 困ったように微笑みながら、ミシェルは首を横に振った。



「さすがはミシェル! やりましたね! 」



 クリスが満面の笑みを浮かべながらミシェルの手を取る。けれどミシェルはいつものように、うまくは笑えなかった。 

 トムの後ろにボンヤリとルカが見える。彼の視線がこちらへと向いているような、そんな風にミシェルには感じられた。

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