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第8話


「……うそっ……」


 頬を染めた境子のどこか陶然とした声がVIPルームに染み渡った。

 圧勝。

 そう、圧勝だった。

 それほどに、マッスルシャドーに扮する猛の強さは圧倒的だったのだ。

 しかも、あの兄を相手にしてさえだ!!

 落ち零れの自分が叱責される際に、いつも比較対象となった優秀な兄。

 冷静沈着で実力も高く、家の誉れと褒め囃され続けてきた兄。

 それが今はどうだ?

 力の違いをまざまざと見せつけられ、顔を歪め悄然と項垂れているではないか!

 こんな情けない兄の姿など見た事もない。

 観客向けに勝利のマッスルポーズを披露していた猛が、聖也に近付くと何かを耳元で囁いた。

 モニター越しでは聞き取れなかったが、最初は驚き、その後顔色を悪くした様からあまり良い内容ではないのだろう。何かを言い返したそうな素振をしたが、敗者の弁は見苦しいとでも思ったのか、悔しそうに顔を顰めるだけで思い留まったようだ。

 そしてスタッフに促され、渋々闘技場を後にした。


「すごい、すごすぎるよ!! マッスルシャドー、最強じゃない!?」

「うん、うん! あんなに強かったんだね!」


 テンション高く早口になる美華に相槌を打ちつつ、境子も興奮の最中にあった。

 これで晴れて猛の部隊に入れると思うと、純粋にうれしかったのだ。

 そして何より、約束を守ってくれた猛の事を想うと胸が熱くなった。


「でも、何であんなに強いんだろう? あたしの炎も、境子のお兄さんの雷も全く効かなかったよね?」

「……わからないわ。何らかの強化能力を使ったんじゃないかしら?」

「そうなのかな~? あっ、お義父さんなら答えを知ってるかな?」


 物怖じしないというか怖いもの知らずというか、美華はあっけらかんと忍雄剛毅(おしおよしたか)に問い掛けた。

 剛毅も怒る所か、逆に面白いものでも見たかの様に口元に笑みを湛えて答えた。


「もちろんわかるとも。でも種明かしはちょっと待ってくれないかい?」

「ええ~、出し惜しみしないでよ~」

「みっ、美華ちゃん! あんまり無理強いしちゃ駄目よ!」


 ぐいぐい押す美華に引っ込み思案であるはずの境子が、失礼があってはならないと焦って声を出した。

 そんな二人の様を忍雄は僅かな驚きで、一瞬だけ目を大きく見開いた。


「報告では境子さんは非常に内気だと聞いていたが……。案外、美華さんから良い影響を受けているのかもしれないね」

「えっ!? そっ、そうかなっ!?」

「後ろに下がりぎみの境子さんに、前に出る美華さん。相性は良いんじゃないかな?」

「えへへっ、そうかな~。ありがとうっ!!」


 珍しく褒められたせいか、美華は喜色満面になった。

 元々ぼっちで、友達が少ない美華にとっては感激も一入であったのだ。


「それに、男ばかりより、友達の女子がいた方が境子さんもやり易いだろう。案外、義息子が美華さんの入隊を許可したのも、境子さんのために気を利かせたのかもしれないね」

「えっ!?」


 予期しない不意打ち気味の言葉を掛けられ、その言葉の意味する所を察すると、より一層境子の顔は朱に染まった。

 猛がそんなに自分の事を気に掛けてくれたのかと思うと、火照った頬が更に熱を帯びたのだ。

 一方、傍らの和吾と厚一はというと、あの筋肉バカにそこまで深い考えがあるはずないじゃないかと、忍雄CEOもリップサービスが過ぎるよと言った風に、呆れて首や手を捻りまくっていた。

 そんな彼らの様子に仕方ない奴等だと軽く肩を竦めると、忍雄が再び口を開いた。


「さて、話を戻していいかな?」

「あっ、そうそう、早く教えてよ~」

「待ってくれと言ったのは、二度手間を防ぐためなんだよ」

「二度手間、ですか?」

「もうすぐこちらに聖也君が来るからね。一緒に説明した方が、無駄を省けるよね?」

「そうだったんですね」

「あっ、境子のお兄さんが来るのか。それなら納得」

「それに、これからの進行に合わせた方が、理解も進むと思ってね」

「進行?」


 女の子達の疑問を余所に、忍雄は沈黙を続けたままの御影一族の党首、すなわち御影剣護に向き直った。


「過日、お約束した通り、我々に境子さんをお預かりするだけの力量がある事をご覧頂けたかと思いますが、これからエキジビジョンマッチとメインイベントの2戦を予定しております。是非ご子息と一緒に、ご観戦下さい」

「……息子の、聖也の敗北も含めて、あなたの予定通りと言うわけか?」

「その通りです」

「……」


 抜身の刃の様に眼光鋭く睥睨する剣護に対し、剛毅は臆面も無く肯定してみせた。

 自分の義息子が負けるはずがないという絶対的な信頼が、短い言葉と表情にありありと篭っていた。

 そんな折、VIPルームの扉がノックされた。

 聖也である。

 まだ敗北の与えた衝撃が冷めやらぬせいか、暗い表情のまま足取り重く入室してきた。

 しかし、剣護を見つけるとソファーに急いで歩み寄ると、深々と頭を下げた。


「ちっ、父上!申し訳ありませんでした」

「……あれほどの実力者相手の勝負、負けても恥ではない」

「それでも、あまりに不甲斐ない試合でした。もし汚名返上の機会が得られるのなら、この雪辱を晴らしてみせます!!」


 頭を上げ真剣に訴える聖也には、復讐を誓う者特有の負の感情を宿していた。

 よほど先ほどの敗北が堪えたのだろう。

 いや、認めなくないといった方が正しいのだろうか。

 一応引き下がりはしたが、過去の栄光からか、それともプライドからかわからないが、あんな道化宛らの筋肉似非忍者に負けた事を認められないのだ。

 もしくは己が惨敗した事実そのものを受け入れられないのだろう。

 そんな聖也を嘲笑う声がVIPルームに木霊した。

 

「ぷっ、ぷははははっ! 雪辱を晴らすだって!? いや、これはうけるね! こんな素晴らしい道化を見るのは久々だよ!! ねえ、和吾?」

「そうだな、虚勢を張っているだけならまだいいが、本当に実力差を理解していないのなら、残念だが護国の盾の一族の未来も暗いようだな」

「何だとっ!!」


 一触即発。VIPルームでは剣呑な雰囲気が流れ出した。

 ただでさえ不甲斐ない敗戦で秀麗な顔を苛立ちで歪ませる秀才に対し、厚一と和吾は遠慮の欠片さえない侮蔑の言葉を投げつけたのだ。

 聖也が腰に下げた2刀に手を掛ける一方、厚一達は豪華なソファーから立ち上がる事すらせずに余裕綽々の笑みと浮かべていた。

 ただ、その瞳だけは一片たりとも笑っていなかったが……。

 何かの拍子に戦いの火蓋が切らそうな危うい最中、場を和ませる様に深いバリトンの声が響いた。


「まあ、落ち着きたまえ。聖也君、君は今冷静な状態じゃない」

「忍雄さん、確かに私が敗戦のショック冷めやらぬ状態である事は認めましょう。ですが、この2人からの侮辱は許せません!!」


 どうやら聖也も雄忍と以前から面識があるようだ。

 おそらく、境子の事で御影本家に面談に行った際にでも顔を合わせたのだろう。

 雄忍は聞き分けのない子供を見る様にロマンスグレーの顔に苦笑を浮かべると、言い聞かせるように、ゆっくりと語り出した。


「それを侮辱と取ること事態が、間違いだと思わないのかね? 2人がただ単純に君を貶めたのではなく、きちんと根拠があるとしたらどうだい?」

「根拠、ですか?」

「その通り。私も彼らの意見に賛成で、例え奇跡が起きたとしても君ではマッスルシャドー、私の義息子には絶対に勝てないと判断しているのだよ」

「そこまで私を貶める積りですかっ!!」

「ふむ、言っても解らないようだね。これは実戦を見た方が早いかな。ああ、ちょうど次の試合の準備が整ったようだね。聖也君も座りたまえ、チャンピオンの次の試合を見れば、私の言葉が正しいと理解できるだろう」

「……」


 渋々、渋々といった体で不満を露わに雄忍に促され、父剣護の隣に腰を降ろすと、モニター越しの大男を食い入るように見だした。少しでも情けない試合をしたならば、扱き下ろしてやるとでん言わんばかりの態度である。

 そんな聖也の姿に、境子は戸惑いを禁じ得なかった。

 あの優秀な兄がこんなに負の感情を表に出すなど初めてである。横に座る美華に視線を向けるが、美華としてもこんな聖也を見た事などないのだから、ただ驚くばかりであった。

 逆に厚一と和吾にいたっては、聖也を滑稽な者でも見るかの様に蔑んだり、憐れみ混じりの視線を寄越していた。

 聖也はマッスルポージングを次々と繰り出すチャンピオンを注視していたので気付けなかったが、もし厚一達の顔を見れば、また激昂したに違いない。

 そうこうする内に、会場では司会が声を張り上げ始めた。


「さて、チャンピオンの素晴らしいマッスルポーズを何時まででも見ていたいですが、ここで次のエキジビジョンマッチの準備ができたようです!」

「次なる試合の相手は……、なんと時空を超え蘇った古代最強種の登場です!!」

「しかもハンデ戦としてチャンピオンには2頭一度に戦ってもらいます! 紹介しましょう、T-REX!!」


 

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