第27話
「それに、君の態度が気に入らないね。力があれば、何故献身しなければならないんだい?」
「……我が国に生を受け、多くの恩を受け暮しているのだ。その恩に報いるのは当然の事だろう?」
「御影一族を初めてとした旧家の能力者や一般的な無能力者については、あなたの意見は正しいでしょうね。だけど、私達は違う。家族からも国からも見捨てられた孤児の能力者は恩なんて受けていないし、法の下に強制されてここに居るだけよ」
「いい機会だ、話を聞いている諸君! 君達はこの国の未来を憂い自分の意志で選択し、難関を潜り抜けてこの場にいるが、僕達は違う! 職業選択の自由などなく、ただ能力者の義務という法のもとに、強制されてこの場にいるのだ! 義務の対価として報酬は受け取っているが、それ以外に国から恩を受けた覚えはない!!」
「当時は、常時戦時下のようなものだったし、ある程度仕方が無かったとはいえ、寒空の下その日の糧を得る事すら困難な状況だったわ。もし私営の孤児院に拾ってもらえなかったら、あのまま餓死していたでしょうね」
「わかるかい? 僕等は国に義務を押し付けられた事はあっても、恩を受けた覚えはないんだ。僕等の恩の向かう先は救ってくれた孤児院、ひいてはそこを経営している企業なのさ」
「「「……」」」
MC出願から大凡30年。
当時はこの神遊島もなく化物への対策も不十分だったため、最初の10年は地獄の様な有り様だった。
実に人口の4割が喪われ、都市は家を失い、家族を喪った孤児で溢れ返っていた。
だが、旧家等と称される以前から能力を操る体系を確立し国に仕えていた者達に関しては、被害は軽微であり、しかもMC退治の名目で今まで秘さなければならなかった力を大手を振って使え、目に見える形で多くの人々から賞賛を受けたのだ。
本来なら特異な力は忌避の対象になると、陰に生きるしかなかった者達がだ。
ある意味、我が世の春が来た、とさえいえるだろう。
更にはこの場にいる無能力者達だ。
彼等は確かな教育を受け、その能力を発揮できるだけの才能、あるいは研鑽を積んだ優秀な者達だ。 もちろん、行った努力は並大抵のものではない。
並大抵ではないが、その努力を行う事ができたのは、裕福であり、かつ能力者達に護られてきたからに他ならない。
「君達ならそろそろ理解できるだろう? 君達がぬくぬくと勉学に励んできた傍ら、僕達はその日の食べる物にも困窮し、やっと救いの手を差し伸べられたと思ったら、この神遊島で義務という名の戦いを強制されたわけだ。どこに、この国に恩を感じる要素があるんだい?」
「私達とあなたたちでは立脚点がまるで違うのよ。そろそろ理解しなさい。でなければ手遅れになるわよ」
「……手遅れ、とは?」
「まだわからないかい? 無意味な献身を強請り、義務ばかり強いるその愚かさ。国にさしたる恩も思い入れも無い僕等に、いつまでそんな事続けるつもりなんだい? その先にある未来を想像もできない程無能なのかい?」
「馬鹿なっ! この国を、この日本皇国を捨てるというのかっ!?」
「私達はあなた達の奴隷ではないわ。それが理解できないのなら、導かれる未来は自ずと定まってくる。違うかしら?」
「そんな事は許されないっ!!」
「誰が許さないんだい? それに、もしそうなったとして誰が僕等を止めるんだい?」
「……」
「それに、今問題なのはそこじゃない。無為な義務、無駄な奉仕を強いる現状だよ。それを善しとする君等と、否という僕等……。これまでの話からもうそろそろ理解できてもいいんじゃないかな?」
「そう、献身や協力なんてものは恩を受けた側の者がやるべきね。逆に、恩を受けていない者に同調圧力を掛けるなんてもっての外だわ。それに、義務ばかりでなくそれに対する対価、権利の部分を拡充すべきね。私達の常識でなら当然の話なのだけど、あなた達だとちがうのかしら?」
「「「……」」」
正論。まさに正論である。
恩は受けた者が返すべきであり、協力はあくまで自由意思に任せるべきなのだ。
彼女達の生い立ちを鑑みれば、国に不信を抱く可能性がある事を真っ先に憂慮し、改善すべく動くべきなのに、逆に献身こそ誉れだと恵まれた旧家の者の思想を押し付けようとしていたのだ。
不様、あまりにも不様。
今後、絶対に彼女達の協力が必要だというのに、逆に不和を招き兼ねない行為をするなど、唾棄すべき忘恩の徒は自分ではないか!
やおら椅子を蹴飛ばす様に立ち上がると、榊は深々と頭を垂れた。
「すまない! 君達の心情も顧みず、あまりに独善的で愚にも付かない発言だった」
「「「副指令!?」」」
「いいんだ。皆も良く聞いてくれ! これは、私が間違っていたんだ! 旧家の意識を、強制される立場の能力者達に持ってもらおうなど、侮蔑されて当然の恥知らずな行為だったのだ」
「ええその通り。国の恩恵なんて受けた事ないのに、義務と献身ばかり求められれば、反発が起きるのは至極当然のことよ」
「本当にすまない。私の思慮不足だった……」
再度頭を下げる榊を見て溜飲を下げたのか、どうやら2人も矛を収めてくれたようだ。
もっとも、新たな釘を指す事は忘れなかったようだが……。
「ああ、そうだ。ランキング中の旧家と、僕達新たな能力者である新人類の割合を調査しておいた方がいいいよ」
「もちろん、裏ランキングだけでなく、現行のランキングもやっておくべきね」
「……それは、どの様な意図があって?」
「君達の認識の甘さを。どれだけ旧家が落ちぶれたか理解してもらおうと思ってね」
「まさか旧家の割合の方が多いなんて、そんな夢の様な事考えていないわよね? そうだとしたのなら、立て直せない可能性も出てくるわ」
「そこまで、我々は甘いのか?」
「はあっ、君も聞いているだろう? 災厄の大凶星の話を。もし君達だけで対処できるなら、僕等に話は来ない。君達ではどうにもならないから、陰陽頭が僕達だけが頼りだと言ってきたんじゃないのかい?」
「その、とおりだ……」
「歴史があるのは、良い部分だけではない。淀み、濁り、腐る部分が出るのさ。そして今までなんとかなったのだからと、我々はこの方法でやってきたという、安易な妥協と固定観念に捕らわれる……。現状を正しく認識できなければ、おいていかれるよ?」
「御影はご主人様自らが喝を入れて下さったおかげで、再生のために必死に奮闘しているわ。じゃあ陰陽寮は? あなた達陰陽術師は、此処統合戦略室はどうなのかしらね?」
「……」
否定できる要素はない。
御影一族の話は知らなかったが、御影剣吾、護国の虎が帰ってきたという噂話は耳に入っていた。
彼女の話と合わせれば整合性が取れる。
おそらくは国家危急の予言を奇貨とし、驕れる旧家に危機感を抱かせたのだ。
そしておそらく、その危機感は正しい。
御影一族だけではなく、旧家全体で改革に乗り出さねば流れに乗り遅れかねないのだ。
この世界の新たなパワーバランスに……。
ならば自分のすべきことは、
「忠言、痛み入る」
「ふっ、もうあまり時間はないよ」
「ああ、至急取り掛かる事にする。そして、義務と献身については、直ちに政府に提言し、緩和するよう働きかけるつもりだ」
「緊急事態には私達も動くわ。だけど、普段はそうじゃない。動くべき者が動くべきなのよ。」
「よろしく頼むよ」
「ああもちろんだ!!」
榊の言葉に頷くと、2人は現れた時同様、一瞬の内に消え去ってしまった。
後に残った者達の困惑と衝撃を置き去りにして……。
「私は政府と連絡を取ってくる! 皆はすまないが、先程の話に合った調査を頼む!」
「「はっ、了解しました!!」」
「それと意識改革だ! 自分の意志で来た者と強制された者、そして旧家の驕りだ。戦略課、および参謀課のものは、偏見を解き解し和解に向けた案を議論してくれ!」
「「はっ、直ちに!!」」
「よろしく頼むぞ!」
思い立ったが吉日と、榊は颯爽と統合戦略室を後にしたのだった。
不満への抗議と、その是正に向けた動き。
しかも、今回は旧家の意識だけでなく国の法制度上の問題も絡んだ複雑なものだ。
受け入れられたのは、偏に榊副指令が良識とモラルを兼ね備え、他人の視点に立って物事を判断できる視野の広さを持っていたがゆえである。
それに加えて、旧家の出にも関わらず柔軟で、正しいと思えば他者の意見を受容できる謙虚な姿勢の持ち主だったおかげである。
普通ならこれほど上手く話はいかない。
中には自分の見たいものを見、あくまで自分の視点で自分の感情によって善悪を決め、物事を判じる者もいる。
そんな人間が上の立場に立ったなら、本人だけでなく周囲も不幸に違いない。
後に、ある者によって多大な不幸や迷惑が振り撒かれるのだった。
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