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天才設計士の恋愛事情  作者: 滝神淡
誰が為に地球はあるか
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第85話

 傍から見れば七星とジェシカが夫婦、子供がセシオラという構図と受け取られることもあるかもしれない。

 しかしセシオラは自分のことをそれほど子供だとは思っていないので、そうした構図に見られることはないと思っている。

 自分はどちらかというと大人の方に近いハズだから、と。


 セシオラと七星が最初に出会った休憩所。

 そこはいつも人がいないか、少ないようだった。

 元々七星はそういうところを選んで息抜きをしていたのかもしれない。

 喧騒を離れて静かな場所で落ち着きたい、という者は必ずいるものだ。

 ベンチと、周囲に投影された海の映像。

 微かな波の音。

 思わず目を閉じてくつろぎたくなる空間。

 騒ぎたい集団は自然と足が遠のくようになるのかもしれない。


 ベンチに三人で座るのは初めてだった。

 七星を中央に、そして左右を囲むようにジェシカとセシオラ。

 そこに家族の団らんの空気はなく、代わりに容疑者をどう問い詰めていくかという緊迫したものが存在していた。

「それで、ホシさんはどこで何をしていたんですか?」

 ジェシカが訊ねると七星は疲れた顔で返答した。

「いや、別に大したことじゃないさ」

「大したことじゃないなら言えますよね?」

「俺にも秘密の一つや二つ、ある」

「迷惑料と思って下さい」

「それならジェシカが昔、さんざん俺を蹴ったり怒鳴り込んできたりした分の迷惑料を返してもらってない気がするんだが」

 するとジェシカは一瞬、視線を逸らした。

 それから何事も無かったように尋問を再開する。

「過去にとらわれ過ぎてはいけないと思います。それより、ホシさんはもっと立場を自覚して下さい。今、ホシさんは渦中の人なんですよ?」

「俺を中心に世界が回るなんてことはないさ」

「いいえ、どうやら少なくとも火星辺りまでは太陽の代わりにホシさんが中心になって回っているようです」

「俺、丸坊主にした方が良いかな?」

 軽口で返す七星にジェシカはそろそろ業を煮やしたようだった。

 遂に核心へと切り込む。

「地球侵攻なんて馬鹿なこと考えないで」

 周囲の空気が密度を増したように緊張が走る。

 セシオラは固唾を呑んでそれを見守った。わたしも聞きたいことはジェシカさんと同じだ。行方不明の間に何をしていたのか。地球侵攻の計画を立てていたのか。

 それから、聞きたいのと同時に『やめて欲しい』というニュアンスも多分に含んでいた。

 それもジェシカと同じだ。

 だが、何故やめて欲しいのだったか……つい最近、結論付けたような気がするのに。

 勝てるのなら、計画を実行しても良いのでは……そんな思いが頭をかすめる。でもわたしは地球に帰って人生をやり直したいし。でも、必ずしも人生をやり直すのは地球でなくても……宇宙でも良いのでは?

 何で地球に固執していたのか分からない。宇宙なら七星さんがいるのに。

 そんなぐらつき始めたセシオラをよそに、空気はどんどん張り詰めていく。

 密度を増した空気が圧迫してくる。

 そして限界まで張り詰めた時、七星がふっと表情を緩めた。

「そんなことしないさ」

 あまりにもあっさりした返答だった。

 聞いた方は逆に『そんなバカな!』という気持ちになってしまう。

「じゃあ業務日誌(、、、、)は何なの?」

 ジェシカが食いつくように訊ねる。

 まだ容疑は晴れていない、というように。

 七星はそれにも肩を竦めてみせた。

それ(、、)は気にするな、勢いで書きなぐっただけだ」

「でも、具体的に書いてあったじゃないですか」

「俺は元設計士だ。何にしても細かく書いてしまう癖がある」

「……生活は大雑把なのに」

「うるせー」

 そこで空気が弛緩し始めた。

 ジェシカはなおも食い下がろうと口を開きかけたが、声を生成する箇所が待ったを掛けたようにとどまってしまう。

 それは彼女が七星との空気に張り詰めたものを望んでいないからか。

 その逆を望んでいるからこそ、追及の手を緩めてしまう……そんなように見えた。

 彼女は釈然としない様子で頬を膨らませた。

 何だか二人だけの空気が出来上がっている気がしてセシオラはイラッとした。

 自分の存在が忘れられているようで好ましくない。

 無理矢理会話に入っていくように口を挟む。

「でも、疑われたまま行方不明になるのはなんかおかしいじゃないですか。本当に何をしていたんですか?」

 すると七星は言葉を選ぶようにうーん、と溜めを作った。

「……噂のことはまあ、知っていたよ。でもなあ、それがそんなに広まるもんだと思ってなかったんだよ。だって取るに足らない噂だぞ? 普通なら陰口のように……お喋りのスパイスとして楽しまれる程度で終わるもんだ。それが何でこんなに大騒ぎになった?」

 それには心当たりがあり過ぎてセシオラは視線を泳がせてしまう。わたし達が大騒ぎになるように噂を流し続けたからだ。まさかこのことに感づいているのではないだろうか。

「よく分からないですけど……それならそうと、七星さんも無実を訴えれば良かったじゃないですか」

 そうしたら七星は、その言葉を待っていたかのように口の端を持ち上げた。

「そうそう、それなんだが……そろそろだ(、、、、、)

 セシオラは首を傾げた。

 ジェシカも訝しげな表情になる。

 何がそろそろなのか。

 待つこと数秒。

 艦内放送が入る。

『これより総司令が全艦に向けて緊急会見を開きます。〈コンクレイヴ・システム〉で視聴して下さい。繰り返します……』

 セシオラとジェシカが困惑する中、七星が画面を三人の前に出現させた。

 画面中央には演壇と総司令が映る。

 演説は単刀直入なところから始まった。

『まずこれだけははっきりさせておく! 地球侵攻は無い!』

 それは噂を力強く否定するものだった。


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