第83話
地球への回答まで残り五日。
〈DRS〉とも〈DDS〉とも話はつけた。
後は設計するだけだ。
道が決まってからのモチベーションは高い。
これまで【黒炎】の設計フェーズが終わってしまっていたことで道を見失っていたが、愛佳が新たな道を創り出してくれた。
あくまで設計士として闘うためのその道を、一歩踏み出す。
電志が〈DDCF〉にやってくると、愛佳は真剣な顔で画面と向き合っていた。
「どうしたんだ、真面目な顔をして」
「ボクが真面目でなかったことなどあるのかい?」
「……ほぼ全てがそれに該当すると思うんだが」
「じゃあ電志の目は節穴だね。かつお節でできた穴だ」
「意味が分からない。それより、話はつけてきたぞ。〈DRS〉も〈DDS〉もOKだ」
そう言いながら電志は画面に顔を近付ける。
すると、そこにはこれから設計しようとしている機体が映し出されていた。
愛佳はフフンと笑みを浮かべた。
「だいたいそんなところだろうと思ったよ」
「これは驚いた……既に設計してくれていたのか」
「電志がいない間にね。ボクの隠された力を見せる時が来たようだ」
「じゃあいつもは力を出し惜しみしていやがったのか」
「能ある鷹は爪を隠すと言う」
「必要な時には爪を出すだろう。今までの設計も必要な時だったと思うんだ」
「切り札はとっておくからこそとっておきなのさ。さあよく見てくれたまえ。電志の変態フェチズムな設計の目で仕上がりをチェックしてよ」
「俺は変態フェチズムではないが、チェックはしよう」
電志は自分の画面を出し、愛佳の設計書を確認し始めた。
【黒炎】との通信機材の取り付け……機材の型番は問題無し。搭載するプログラムは名前がまだ決まっていないため空白でOKだ。ただ、機材の取り付け位置が若干よろしくないな。
今回の設計では『【黒炎】と通信をすること』が肝だ。
最初に映像として【黒炎】の姿を捉える必要があるのだが……撮影時に自機が邪魔になるようなことがあってはならない。
しかし愛佳の設計では機材が機体後部の背中に取りつけられている。
すると機材は自機より下方に敵機がいた時、自機が邪魔になって撮影できないのだ。
自身の額をトントンと叩き、考える。せっかく愛佳が作ってくれた設計書なんだよなあ、そこでダメ出しをするとやる気をなくしてしまったりしないだろうか? それとも、思った通りにダメ出しをした方が良いのだろうか。これは迷うところだな。
「どうしたんだい電志、気になるところでもあるのかい?」
愛佳が問いかけてきたので、電志は額から指を離し顎をいじった。
「…………いや、何でもない」
まあ、考えてみればこの設計でも機能が一切使えないわけではない。例えば、ある程度距離が離れていれば自機より下方を敵機が飛行していても撮影は可能だろう。そこまで神経質に取り付け位置に拘らなくても良いか。
そうしたら、愛佳はジト目で睨んでくるのだった。
「電志、言いたいことがあるならちゃんと言ってほしいな。ボクは本気で設計に取り組んだんだ。電志も本気でダメ出しをしてほしい。本当はダメなのに『これで良い』ってフォローされる方が嫌だ」
「そうか……?」
「うん。『仕方なくOK』ってされてしまうと、何だか悔しいんだよ」
「そういうもんなのか。てっきり倉朋は褒めないとしょげるタイプだと思ったんだが」
「ボクはちゃんと出来た時にはちゃんと褒めるべきだと思う。でも言うべき言葉を呑み込んでまで褒めてもらいたいとは思わないね」
「そうか……じゃあ本気で指摘をするか」
電志は要望に応えるつもりで真剣に頷いた。
しかしそれは不吉な予感をさせたのか、愛佳が引きつった笑みになってしまうのだった。
「いや、それは……優しくしてほしいなあぁ……」
「……やっぱりカッコつけただけじゃないのか?」
「……その節は否めない」
「じゃあ本音は?」
「ダメ出しはしてほしい……ただし言葉を選んで」
「難易度高ぇ」
「ここで電志の語彙力を高めるんだ」
「難しい言葉を知ってるな」
「これでも学年主席だからね。むしろ電志よりボクの方がモノを知っているよ」
「イメージと合わねえ……」
「能ある鷹は爪を隠すと言う」
「それはさっき聞いた気がする」
「忘れた。さあボクを凹ませずに指摘を出すんだ」
指摘を出してもらう立場とは思えない態度で愛佳は言った。
電志はしょうがないな、とこぼしながら説明を始める。
愛佳の設計は直すべきところはあるものの、概ね良好だった。
既存機の修正ということでさほど難易度も高くない。
これなら愛佳に全て任せても良さそうだった。
セシオラは迷いを抱えるようになっていた。
何故地球侵攻を止めたいのだろう。
電志という少年と話してからだ、そこに引っ掛かるようになったのは。
別に戦おうがどうしようが関係ないハズなのに。
どうせどうやったって地球艦隊には勝てない。
いや……『電磁爆弾』が使われてしまったら。そうか、それが原因か。わたしが地球に帰れなくなったら困る。万が一にも地球艦隊に勝つ可能性があってはならない。そのためにはおとなしくしてもらっていた方が良いんだ。
でも……しっくりこない。
作戦の理解のような『冷たい論理』じゃなく、何かそれを超越したところにあるものがわたしを突き動かそうとしている。
そういったものには偽の理由をつけて気を逸らすのがよろしいとカウンセリングで言われた気がする。自分と向き合っても良いことは何も無いから、と。
確かに自分と向き合っても良いことは何も無かった。向き合っても良いことが無い人生だったからだ。
それらしい理由をつけよう。そうだ、妙な正義感が疼いているのかもしれない。わたしはまだ子供だから。戦いを止めようとしたって何の得にもならない。それに、戦いを止めたって多くの人が死ぬことには変わりが無い。わたしが助けるのは……あの娘だけだ。
だんだんと心の温度が下がっていく。
冷静になる。
落ち着く。
「どうしたの? 怖い顔してたけど」
目の前のジェシカが不思議そうに尋ねてきた。
そうだった、この人と話していたんだっけ……セシオラは我に返る。
トレーニングルームの近くにある休憩所でお喋りしている最中だったのに、自分の世界に入り込んでしまっていた。
とにかく、これだけは伝えなければ、とセシオラは口を開いた。
「ネルハにことづてをお願いします……」
わたしが助けるのは一人だけだ。他はどうでも良い。
セシオラは悪魔と契約するような気持で決意を固めた。




