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天才設計士の恋愛事情  作者: 滝神淡
その目的は
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第42話

 倉庫エリアの一番奥まで来ると、人が来ることは殆ど無い。

 蚤の市に出店している者やカジノの従業員は倉庫エリアを出入りしているが、それでも一番奥まで来ることは無い。

 だから、一番奥にある部屋は後ろ暗い者たちのアジトみたいなものだ。

 実際問題としてメルグロイたちは後ろ暗い。


 メルグロイは辿り着いてドアを開ける時、中にゴロツキでも溜まっていたら完璧だと思った。マフィアのアジトか悪の組織か、まあ俺達も似たようなもんだ。俺達は正規兵というだけで。『見てくれだけなら(、、、、、、、、)下衆な感じはしない』というのが違いか。

 部屋の中は浅い茶色の丸テーブルが二つ、主役として中央に置かれている。

 天井と床は灰色に緑をわずかに混ぜ込んだ地味な色で、天井にはめ込まれたライトは妙に大きい。

 前方や左右の壁は気まぐれみたいに白や黒など不揃いである。

 だがよく見てみると、不揃いなのは様々なコンテナが敷き詰められているからだというのが見えてくる。

 壁のように見えてそれは壁ではないのだ。

 コンテナを取り除けば部屋は見えている広さの何倍もあるのだろう。

 これがメルグロイたちのアジトだった。


 既に三人が部屋の中で談笑していた。

 テーブルの上に直接腰を下ろしているのは隊長のグウェニー。

 鷲鼻で無骨な顔、威厳のある男性だ。

 椅子に座っている男性もいて、それは副長のロッサといった。

 小柄で眉の端が天を突くように逆立っていて、こちらは威圧感がある。

 もう一人は立っていて、隊員のムラファタという。

 濃い肌の色で高身長、目はつぶらで愛嬌のある笑顔の男性だった。

「来たか」

 大儀そうに重々しくグウェニーが言う。

 しかしそれに特段の意味は無い。

 通常がこの話し方なのだ。

 ロッサは腕組みして深く椅子に腰掛けているだけ。

 ムラファタはニコニコしてメルグロイたちを迎えた。

「やあメルグ、レン。僕は良い事を思いついたんだ! 爪で歯の掃除をする時は右手を左の歯に、左手を右の歯に使うと良い」

 彼は歯にこだわりがあるらしく、ブラッシングだけでは足りないといつも言っている。

 しかし他のメンバーは彼のアドバイスを実践に移したことは一度だって無い。

 メルグロイはてきとうに話を合わせつつ挨拶を済ませる。

「やあラファー、爪で歯の掃除をするなら爪を刷毛の形にカットして使ってみるとより効果的だと思うぞ」

 そうするとムラファタは手を叩いて笑い、さっそく今日試してみようなどと言ってメモした。本当に試すつもりだろうか。いや、試すんだろうな。明日にはこいつの小指は刷毛の形になっているだろう。こいつはやると言ったら本当にやる奴だ、歯に関しては。

 メルグロイが曖昧に笑みを見せていると、レンブラがグウェニーに尋ねた。

「状況は?」

 グウェニーは目を瞑りゆっくり頷く。

 それから三秒間かけて目を開いた。

 国家の一大事のような重大なことを発表する時も今朝の起床時間を答える時も、彼はこうだ。

「地球人の中で宇宙人と親密になり過ぎた者が多くいる。これは想定外だ。作戦(、、)の立案段階でこの話は挙がらなかった」

 補佐するようにロッサが黙ったまま画面を表示させる。

 この画面は〈コンクレイヴ・システム〉ではない。

 地球人にだけ持たされた〈EN〉という全くの別システムで、これは手の甲の中に内蔵された小さな機械から起動する。

 内蔵させるのは当然手術によって、であり、今回宇宙へやってきた者達は全員その手術を受けていた。

 画面には人の名前が列挙されていた。

 それらは全て今回宇宙へやってきた者達の名前。

 そしてところどころ、名前の周辺が赤く染められている箇所があった。

 意味は簡単だ。

『要注意人物』である。

 宇宙人と親密になり過ぎた者がそれに当たる。

 メルグロイは自身の名前も画面の中で見つけた。

 そしてその周辺は赤く染められていた。

 確かにな、とメルグロイは思う。エミリーの件は客観的に見れば危険だ。恋愛は脳を麻痺させてしまう。正常な判断ができなくなる。作戦に支障が出る。それどころか、恋人を守るために裏切るかもしれない。だが、俺のは恋愛ではない(、、、、、、)

 いつの間にかみんなの視線が集まっていることに気付き、メルグロイは説明が必要なのだと思った。

「作戦にはむしろ有効に働いている。彼女は豊かな情報源を持っているし、逆にこちらから流して欲しい情報を渡せば一気に拡散させてくれる。スパイ活動では使われる手段じゃないか、ここは『素晴らしいテクニックだメルグロイ』とほめてもらえるところだと思うが?」

 一瞬の沈黙、それからレンブラがメルグロイの背を叩き口の端を上げた。

 ムラファタはニコニコしながら大仰に肩を竦めていて、ロッサは黙したまま頷いた。

 グウェニーは何もリアクションが無く、会話を続ける。

「今のところ作戦の情報が漏れたということは無いが、それは今後の無視できない懸念材料だ。場合によっては適正な範囲で対処(、、)し、それでも食い止められないようなら作戦の開始を早める必要が出てくるだろう」

 それを聞いてメルグロイは視線をコンテナ群の方へ向けた。

『作戦の開始』という言葉から連想するものがあるのだ。

 コンテナの中には地球人にしか開けられない物がある。

 それは今回の作戦のために地球から【アイギス】へ搬入し、【グローリー】にも積み込ませた。

 中身は【アイギス】の総司令だって知らないが、メルグロイ達は知っている。

『作戦の開始』に必要な物が、そのコンテナには詰まっている。

 メルグロイは作戦の開始が早く来ないかと思った。ここからも難しい作戦になるが、それでも巣の破壊作戦よりはマシだ。巣の破壊作戦は慣れない宇宙戦闘機で戦うハメになって最悪だった。パイロットと歩兵は根本的に戦い方が違う、というか要求されるスキルが違うというのが身に染みて分かった。ここまで五人揃って生き残れたのは奇跡と言って良いだろう。だがここからは本業(、、)だ、難しかろうが気持ち的にはだいぶ楽だ。

 巣の破壊は終わりではない。

 始まりなのだ。

 帰ってやる。絶対生きて帰ってやる。既にフレーラには金が渡ったはずだが、やはり生きて帰ってこそだろう。やり直すんだ。俺の人生はここから始まるんだ。そのためなら何だってやってやる……!



 セシオラはとぼとぼと歩いていく。

 俯いて生きるのには慣れた。

 しかし、何故こんなことになるのだろうと思う。

 今までも耐えなければいけないことはあったが、それは自分さえ我慢すれば良いような気がした。

 それでやり過ごしてきた。


 カジノを抜けていく。

 あまりにも華やかで景気の良い音に満ち溢れる空間で、自分の纏うものとのギャップにふっと暗く笑ってしまう。場違いだなあ。わたしなんかが通ってごめんなさい。すぐ通り抜けますから……

『わたしなんかが』は思考の癖だ。

 口にも出している、と思う。

 そういうのやめなよ、と言われたこともあるがやめられない。言われてやめられるくらいなら、最初からそうなっていないんじゃないかな。

 でも……

 でも、あの娘は……


 蚤の市に入る。

 ここでは楽し気な会話に溢れている。

 ここでも場違いな気がして、早く通り抜けたいとセシオラは急いだ。

 それから、親友と呼べる友達のことを思い出した。

 ゴルドーの妹、ネルハを。

 ネルハには根気強く言われた。わたしが『わたしなんかが』と言うとネルハは『そんなことない』と。本当に、すごく良い娘……わたしなんかにはもったいないくらい。親友。向こうも親友だと思ってくれているのかな。なんか不安になってきた……わたしだけが一方的に思っていたりして。

 そんなことを考えていると、ネルハとばったり出くわしてしまった。

「セシオラ!」

 ネルハが人混みをかき分けて近付いてくる。

 セシオラは心の中で叫んだ。ネルハ!

 話したい、抱き締めたい、一緒にいたい。

 でも、だめだ(、、、)

 ぐっと言葉を飲み込む。

 これ以上彼女と一緒にいると彼女の方が危ない。

 喉が潰れそうになるほど苦しんで、涙を堪えて。

「ごめんなさい……!」

 目を合わせてはだめだ、涙がこらえられなくなってしまう。

 一秒でも早く離れなければ、一緒にいたいという気持ちに負けてしまう。

 だから、走り出した。

 ネルハを振り切らなければならない。

 陰湿ないじめを受けていた時に声をかけてくれて、そして彼女まで悪口の対象にされてしまって、でも諦めなくて。だから強い娘なんだろうと思ったけど、そうでもなかった。わたしより先に彼女は泣いてしまったのだ。それなのに、それでも一緒にいようと言ってくれる。弱虫なのに頑張ってくれている。そんな姿に胸を打たれ、わたしも泣いた。嫌なことされても何も感じなくなっていたのに、感情が戻った。

 だめだ、思い出す方が辛い。


 ネルハは胸の辺りを強く握りこみ、嗚咽を漏らして走った。

 今までも耐えなければいけないことはあったが、それは自分さえ我慢すれば良いような気がした。

 それでやり過ごしてきた。

 でも……今回のは違う。

 辛さが今まで味わってきたものとは次元が違う。

 呼びかけに応えてあげたいのに、応えてあげられない。

 何でこんなに辛いんだろう。

 これは自分さえ我慢すれば済むものではない。

 引き裂かれそうだ。


 娯楽フロアを脱出し、よく道も見ず走り続け、そこで見つけた休憩所へ駆け込んだ。

 どん、と大男にぶつかってしまった。

 セシオラが見上げると、そこには七星の姿があった。


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