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クルーウェル・ワーカーズ  作者: 七篠敏明
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[成長] : 熊と少女

◇◇◇◇◇

暗殺とハンティングは根本的には同じものだ。獲物を狙い、計画し、殺害する。違いといえば特定の個体をターゲットにするかどうか、その一点だけだ。尤も、人間相手のハンティングは無差別殺人という不名誉な呼び名に変わるのだが・・・。幸い、と言っていいのか分からないが、今回の獲物は熊と指定されていた。


可能な限り軽装で山に入り、熊を一頭狩って帰還する。これがその日ルークに与えられたオーダーだった。「可能な限り」との指定通り、装備についてはルークに決定権があった。己の力量を測れ、という趣旨・・・のはずだったのだが、隠れ家で装備を選んでいた時のことだ。


「ルーク様、動物相手にそのような防具は必要でしょうか?私の知る限り熊は雷撃魔法を使ってきたりはしませんぞ。」

「ルーク様、山に水や食料を持ち込むのですか?ルーク様ともあろう方ならば現地調達の妙というものを心得ていると思いましたがな。」

「ルーク様・・・」


結局残ったのはナイフ一本だった。


「ジェンキンスめ・・・」


悪態をつきながら、獣道を歩き続ける。夏とはいえ、木々の生い茂る山中はひんやりとしていた。獣道は野生動物、魔物問わず遭遇率が高い。熊の爪と思われる木の傷も見つけた。獲物は近い。


山に入った後、幸運にもゲルヴァの死体を見つけたので、角を使って即席の弓と矢尻を作った。ナイフで形を削り出し、ナイフケースのストリングを弦代わりに使う。矢は一本だけだ。「初矢を外すのは暗殺者失格ですぞ。」ジェンキンスに言われた言葉を思い出す。


木々は一層生い茂り、辺りが薄暗くなってきた。ここからは物音ひとつ立てず、全周囲に神経を配りながら歩く。と言うのは簡単だが、山や森の中では中々難しい。実際、間抜けな獲物がブッシュを揺らすのを遠目に見つけた。あの揺れ方は小動物ではない。スッと姿勢を低くし、風下から(注1)慎重に回り込むことにした。


そろり、そろりと確実に距離を詰めていく。気配が近い。もうブッシュ一つ隔てたところに獲物がいるのだ。この瞬間には代え難い高揚感がある。ルークは一呼吸置いてから、弓を構えたまま立ち上がって獲物を視界に捉えた!


「・・・?」


「え?」


獲物は随分と小さかった。


「うそ!?見つかった!?」


「熊が喋った。」


「誰が熊だ!」


小さいどころか熊ですらないようだ。そこには女の子がちょこんと座っている。 あまりの想定外な光景に困惑しつつ、ルークは女の子を観察した。暗殺者に一番必要なスキルは観察だ。


短く切り揃えた髪は赤味がかっており、活発な印象を受ける。顔は整っているが、今は目を見開いて、自宅でドラゴンに遭遇した時のような顔をしていた。チェックのシャツにサスペンダー、ショートパンツといった身なりで、ショートパンツからはすらりと細い足が伸びていた。

これらの観察から導き出される結論は・・・。


「そんな軽装で山に入るとは、とんだチャレンジャーだな。」

「アンタだって、ちょっとそこまで買い物に行きそうな格好じゃないの。」

「ちょっとそこまで熊狩りに来ただけだ。似たようなもんだろ・・・お前誰だ?ここで何してる?」


「クレア」


「は?」


「名前よ、クレア・カロライナ。クライアントの顔を拝んでやろうと思ってね。」


よく通る声で少女はクレアと名乗った。謎の自信に溢れた微笑みと共に。


「・・・もし俺のことをクライアントと呼んでるなら人違いだぞ、俺はお前なんて雇った覚えはない。」

「ん?アンタがルークじゃないの?アルバートさんはここにいるって言ってたんだけどなぁ。」


「アルバートって・・・」

誰だ、と言いかけたが、クレアの後ろに動く影を見つけ、出かかった言葉は喉に留まった。


グオ・・・


影はむくむくと大きくなり、ギラリと光る目と牙が見えた。これは・・・熊!?いや、この時期に人の気配を感じて近づく熊はいない。影がゆっくりとクレアに近づく。グレーの体毛、血走った目、口からはみ出す巨大な牙、垂れる黄色がかった唾液には猛毒が含まれる。灰毛魔熊(グリズル)(注2)、コイツはれっきとした魔物だ!少女に気を取られて接近を許してしまった不覚!


「伏せろ!」

ルークは手に弓矢を持っていることを思い出し、咄嗟に構え直す。


「え!?ちょっ・・・何!?」


クレアは動転してキョロキョロしている。


「まぁ、そうなるわな・・・」


クレアが邪魔で狙える箇所は少ないが、一撃で仕留めるしかない。弓を引き絞り、急所に狙いを定める。


もう身の回りの人間が命を落とすのは御免だ。

あの日見たジェンキンスの投げナイフのように、素早く、正確に、致命的に・・・


ルークは矢を放った。


ヒュッ

弓が風を切り、クレアの頭のすぐ上をかすめて飛んだ。


ドス、と鈍い音を立ててグリズルの喉元に矢が刺さる。


「ふぇ?」


ようやくクレアが振り向く。


グアオオオ!


「き、きゃあああああああああ!」


まずい、急所を外したようだ!グリズルが暴れ出した。


「クソ!」


ルークはナイフを取り出してグリズルに駆け寄る。が、駄目だ!間に合わない!クレアの2倍はある巨体から、鋭い爪が振り下ろされる。


「あぁ・・・死んだ、私・・・」


少女が涙目で残酷な運命を呪い終わったとき、突如木の上から剣が降ってきた。


剣はぐさりとグリズルの後頭部から侵入し、脊椎を分断していた。ゆっくりと巨体が沈む。かつて葬儀屋の異名を取った老人、ジェンキンスがグリズルの上で剣を握っていた。


「ルーク様、初矢を外してはいけませぬと、あれほど申し上げましたのに。」


(注1): 肉食動物の習性でもある。風上では自分の匂いが風に乗って獲物に感づかれるため、風下から近づくのが定石。意外と戦場で匂いというものは目立つ。


(注2): その凶暴性と猛毒から、遭遇時の致死率が非常に高い危険な魔物。熊と違い冬眠はせず、冬場は少ない餌を求めて徘徊する。山奥にハイクする場合はグリズル避けの護符を携帯することをお勧めする。

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