第2話
49インチの湾曲モニターの画面の中で、三人の少女たちが手を振っている
背景に映っているのは、人工の光に照らされた無機質な街並み――大穴の最上層、第0層「居住エリア」の出発ゲート前だ。
「最近ホントに増えたわよね~」
動画の音量を少しだけ下げながら、オフィスチェアに深く腰掛けた女性――柳明菜が小さく息を吐いた。 今年で三十八歳。細いフレームの眼鏡の奥にある知的な瞳と、仕立ての良いスーツを着こなす佇まいは、大人の色気と余裕を体現している
彼女が視線を向けた先には、特注のボディスーツに身を包んだ一人の少年がいた。 黒島凪、25歳。彼は黙々と準備を整えながら明菜の言葉に視線だけを返した。
「ここ数ヶ月で、地底飛行士の配信者が爆増しているわ。この子たち……『ニューカラーズ』もそう 彼女たちみたいに、ライセンスを取ったばかりのGランクの新人まで、こぞってカメラを回し始めてる」
「みたいですね。ゲートの周りが騒がしくなるから、俺としては少し動きづらいですが」
「凪くんもやればいいのに。人気配信者だと一晩で同時視聴者数が数十万人規模になるって聞くし 投げ銭だけで、今の年収が倍になるかもしれないわ」
明菜がからかうように微笑むと、凪はあからさまに面倒くさそうな顔をして、息を吐いた。
「明菜さん...... そんな面倒なこと、俺が嫌いって知ってるでしょ? 俺は穴の調査という仕事をして、相応の報酬がもらえればそれでいい。ただでさえ穴は危険だっていうのに他人に一挙手一投足を見られながらなんて、集中力の無駄遣いです」
「ふふ、言うと思った。でも、もし凪くんがやる気になったなら言ってね?うちの事務所もまだまだアピールしていかないとだし~」
そう言うとそこまで本気ではなかったのか視線を画面へと戻し
明菜は配信サイトの急上昇ランキングをスクロールしていく。画面は地底の異界を映し出すサムネイルで埋め尽くされていた。
「でも、なんで急にこんなに配信者が増えたんでしょうね。少し前までは命知らずの専門部隊ってイメージが強かったですけど、最近は完全にアイドルかタレント扱いだ」
凪の純粋な疑問に、明菜は「それはね」と髪を耳にかけながら、分かりやすく噛み砕いて説明を始めた。
「理由の一つは、やっぱり『穴』が生まれて二十年が経ったからよ。地上は宇宙からの有害な放射線で汚染されて、私たちはこうして地下に閉じ込められた。娯楽の選択肢が極端に減った人類にとって、この大穴の未知を暴いていく攻略動画は、今や飢えを凌ぐための最大のエンタメコンテンツなの」
それに、と明菜は指を一本立てる。
「そもそも政府がこういった活動を推奨してるしね~」
と、明菜が肩をすくめる
「アンダーグラウンドノーツとして活動すれば莫大な報酬が手に入るってメディアが喧伝しちゃったこともあって。爆発的に増えた感じね。
しかもランキングが上がれば上がるほど、特権みたいなものまで政府から与えられるから。動画配信は、その知名度とランキング競争をさらに加速させるための、最高のブースターになっちゃったのよね」
特権に関してはあんまり言える立場にないですね、と凪が少し苦い顔で返す
配信画面の中では、件の少女たちが第1階層「第1階層:神谷鉱石洞」へと足を踏み入れ、視聴者のコメントに歓声を上げていた。
明菜は配信画面を閉じると、立ち上がって凪の前に歩み寄った。 凪はすでにすべての装備を身につけ、いつでも自由落下ダイブできる準備を終えている。
「さて、事務手続きと降下許可申請は済ませておいたわ。……凪くん今日はどこまで行くの?」
明菜の問いかけに、黒島凪は、静かに大穴の深淵を見据えた。
「――千葉市川エリアの第3層。ここ最近飛んでなかったので慣らしの意味と、3層の階層構造が変わってるって気になる話も聞いたんでそれの調査に」
「市川の第3層...なるほど、神宮寺会長の件ね 帰還石は持ったの?」
「はい、念のため何個か持っていくつもりです。あとはこいつも」
そういって凪は自分の腰元を指さす。
「凪くん ...あなたのことだから大丈夫だとは思うけど、無茶はしないで
さっきは事務所のアピールなんて言ったけど安全が最優先だからね!」
分かってます、と少し笑みを浮かべると凪は居住エリアの喧騒を背に、漆黒の闇が待つ縦穴へと足を進めた。




