おっさんはおっさんを気遣う
これでストックは尽きた……。
山沿いの棚田のような村。それが俺の居たエルフ村の印象だ。背後を山に守られ、下には山間を流れる渓流がある。つまり深い山中にあることを意味している。
タフガイとハードボイルドが如何に肉体的に優れていようと、討伐隊を呼ぶには日にちがかかる。だが、それを解決する方法がひとつだけあった。シンプルな川下りだ。渓流川下り。都会に疲れた大人が、子供のように心踊らせるアクティビティ。舟はなんと、丸太をくりぬいた手作りカヌー(仮)だ。バランス取りが難しそうなんだが、ハードボイルドはカヌーの達人だという。すげえ。口が悪いだけじゃなかったんだな、こいつ。
感動している俺にタフガイが教えてくれた。
「こいつんチ、漁師やってんだぜ。ガキの頃から荒波に揉まれてるから、これくらい全然ヨユーでイケる」
「バッ!? ふっ、……フフン。これくらい、俺の手にかかればヨユーよ!」
ビシッと親指を己に向けるハードボイルド。まずその心意気に称賛を送りたい。
しかし、漁師でカヌー乗るのか?
褒める代わりに小さく拍手を送る俺に、二人はおどけたように笑い返してくれる。気の良いやつらだ。煽るタフガイもそうだし、見栄っぱりなハードボイルドも面白い。俺も俺のままここに参加してたら、コントみたいになってたかもしれんなあ。
細い造りの乗船スペースはやはり狭い。彼らもデカイい体を縮めて体育座りで縦に並ぶ。手作りらしいシンプルさ。中央に通した棒と足の踏ん張り、そして穴の縁だけで体を固定し、エッサホイサと船を漕がねばならん。
どこに俺が座るスペースが……?
困惑しつつ覗き込むと、タフガイが船の後方に乗り、膝の間に俺を招いた。
あ、そういうことか? fmfm……
こいういのは子供の内しか許されぬ所業。タフガイだって俺だって、バディのサイズ感がコレで良かったと思ってる。精神年齢アラフィフ、肉体年齢アラサーとは、今は口が裂けても言いたくない。
とはいえ、俺の乗船難易度はこれで大いに下がった。ワクテカしながらタフガイの膝の間に収まる。
……こやつの大腿周りの筋厚を嘗めていた。かなり狭いし暑苦しい。そして男臭い。もう一度言う。男臭い。元アラフィフが何言ってやがる、と自分でも思う。だが敢えて言おう。“他人”は臭い。
「苦しかねえか?」
俺は首を横に振り、中央に通った棒を掴んでニッコリ笑い返す。愛想笑いってだけじゃない。こんなの遊覧船以来久しぶりだ。この先に夢や希望があるなんて簡単に思えるほど、俺は若くも楽天的でもない。むしろ堅実思考で、周囲には面白味のない男だったろう。だからこそ、小さなところから楽しみを拾ってくのが俺流だ。他人のガキに親心を見せてくれる優しい男の心を、少しでも軽くしてやりたい。無駄な気遣いだと思うか? いいや。こういう細やかな気遣いこそが世渡りのコツ。口が達者でも感じの悪い奴と、しゃべりが不器用でも笑顔を見せてくれる奴、一般的にはどちらが好感度が高いか? 相手に一切嫌な気持ちを抱かせない、なんてほぼ不可能だろう。特別好かれようなんて思わなくてもいい。心がけ程度でも足り得る小さな徳だ。
タフガイは少しだけ安心したように、そして強い声で言った。
「安心して俺達に任せろ。船乗りを楽しんでる内に、あっという間に着いちまうさ!」
俺はナイスガイ達へ強く頷いた。
俺も『彼』も、外見詐欺を除けばまあまあな歳だ。些細なことでガミガミ言うほど、狭量じゃない。だから、素直に言わせてくれ。
……いつ楽しむ暇があった。日本の安全基準と比べるなど愚かだが言わせろ。
体感時間一時間の絶叫系アトラクションなど、心臓に悪いに決まってるだろ……!
時間があれば続きを書くつもりです。